シオン

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2/10/2025, 12:28:53 AM

 ウィルとは一緒にいないことを確認すれば、先日の図書館での出来事がフラッシュバックし、彼女の心をざわめき立てた。
 図書館の一件はもう二度とあってはならないことであり、受付係はデウスから重たい罰を与えられた。それは決してたった一回の無断欠勤という目で見れば酷く重たいように見えるかもしれないが、彼の職場が奥にいけば行くほど自我も記憶も失う終身刑よりも重たい罰の為の施設だとすれば、むしろそこまで重くないかもしれない、と考えられる罰だった。
 もちろん、そうそうあることではない。もちろんそうそうあっては困ることなのだが。
 それでもアリアはなんとなく悪いことが起こりそうな予感を捨てきれずに後ろからそっと着いていくことにした。
 そうして、予感は的中してしまったのだ。
 サルサはトイレを済ませて書庫に戻るところだったが、今度は道に迷っていなかった。その足取りは確実なもので正しい戻り道を辿っていた。
 だがしかしサルサが一本の分かれ道を通り過ぎたあと、そこから飛び出してきた男がいた。男はサルサの背中目掛けてナイフを振りおろそうとする。
 アリアが小さく何かの言葉をつぶやけば、男は光の糸でぐるぐる巻きに巻かれてしまった。ナイフが彼の手から零れて地面にキズを作った。
「ちっ……」
「随分と偉そうな態度だな」
 サルサの方を向きながら舌打ちした男に対してアリアが厳しい口調で言えば、男は顔を真っ青にした。
「あ、アリアさま…………」
「あの者はデウスさまのお気に入り。それを傷つけようなど言語道断だが……どうやら貴様はデウス様から直々に叱られたいようだな」
「い、いえ……」
「うるさい」
 アリアは口答えをしようとした男の言葉を一蹴すると指をくるんと回した。途端に男はアリアの目の前から消えた。
「行き着く先は牢屋の中……なんてね」
 アリアはそう言うとポケットから手鏡を出した。鏡面に触れながら何かをつぶやけば、瞬く間に書庫を映し出す。
「うんうん。無事に着いたようでなにより。守れてよかったよ、君の背中」
 アリアは明るく呟いてその場を後にした。

2/9/2025, 3:54:11 AM

 遠くで小さな音が聞こえた。ベルのような心地よい音色はサルサを穏やかな気持ちにさせる。
 続いて肩が揺さぶられる。穏やかな気持ちに水がさされて少しだけ不快感を顕にした。
 しかし、彼の気持ちは届かず肩の揺さぶりは続く。正式に抗議をするためにサルサは目を開いた。
「おはようございます」
 眼前に現れた男はそう言った。礼儀正しく落ち着いた口調で響いた低音はサルサにとって素晴らしいものに聞こえた。
「…………ん……?」
 抗議の声を上げようとして口を開いたものの、言葉は意味の無いものとして発せられた。
「……もう朝です。六時、過ぎてますよ」
 心地よい低音はそんな音色を紡ぎながら、遠ざかった。二拍ほどおいてカーテンが開く音と共に赤い光が差し込んだ。
「まぶし…………」
「サルサさん、起き上がってください」
 そうして男がサルサの名前を呼んだ時、はじめて夢から現実に意識を持ってくることに成功したのであった。
「……ウィルさん」
 サルサがそう呼びかければ呆れたような顔でウィルは彼の布団を剥がした。
「夜更かしは褒められたものではありませんよ」
「……して、ません」
「…………してなきゃこんなザマにはなってないと思いますが、まぁ貴方がそう言うならそうなのでしょうね」
 ウィルは目を伏せながらそう言った。
「着替えてきてください」
「……はい!」
 勢いよく起き上がって洗面所の方にかけていくサルサを見ながらウィルはふとため息をついた。
「…………確かに昨日の夜更け、遅くまで電気がついていた部屋はサルサさんの部屋だったはずですが……まぁ遠くなので見間違えても致し方ありませんね」
 ウィルは微笑みながらサルサの支度が終わるのを待つことにした。

2/8/2025, 9:59:41 AM

 その日の終わり、プロムは自室でため息をついた。
 実技の練習は慣らすために一週間に一回にするべきだと提言したのは彼であった。それは実際に言葉通りの意味合いも存在したが、デウスの側近の業務が本業である彼がサルサに付きっきりになることは決して好ましいことではない、と考えていたからであった。無論、デウスからは『我のことを気にする必要はないぞ』とは言われていたが、そんな一言でプロムが言葉通りにする訳がなかった。
 だが、先月にウィルが何度か休みにした、という事実はプロムに取って引っかかる事案ではあったのだ。それが彼の元同僚からの仕事の手伝いを投げかけられたからという理由であってもサルサの教育係を第一に考えず、ほいほいと頼みを受け入れてしまうという所に苦言を呈されたことは紛れもない事実であった。
 もちろん、彼に対して手伝いを要求した者たちはデウスから直々に罰を受けたと言えども、押しに弱いことや頼みを直ぐに引き受けてしまうところは教育係として目に余る。
 そんなわけで、プロムは仕事合間に彼らの様子を見ていたわけだったのだが……。
「……あいつは本当に一年でサルサを一人前にできるのか……?」
 そんな結論を彼は導き出してしまったのである。
 今日の勉強もいつものものと変わらずに、座学が中心だった。そのことについての異論はない。座学にも覚えなきゃいけないことは様々あり、アリアの後輩としてのレベルを目標としているのであれば、座学はこの世界の者の中でトップレベルにならなくてはならないレベルの物が求められることになる。
 が、内容はまだまだ初歩的以前の話であった。
「……人間界でいうところの初等教育にも入り切ってない。常識の勉強をいつまで続けるつもりなんだ、あいつは」
 プロムは頭を抱えながら唸る羽目になり、書類仕事中に覗いていたことで、デウスから『どうした。休憩にするか?』と尋ねられる事態に発展したのであった。『大丈夫です』とうわ言のように呟いたプロムに対してなおも心配そうなデウスに迷惑をかけぬよう、プロムはそれ以上覗くのを辞めたのだった。
「…………成果が出なかったら、どちらも殺すことになるんだぞ……」
 プロムの言葉は静かな部屋に馴染んで消えていく。
 それは誰も、デウス以外は知らない秘密であった。プロムも本当は知らないはずだったのだが、デウスの側近として内緒で教えてもらった事項である。
「……危機感が足りんが…………それを直接的に伝えることもできない」
 プロムは頭を抱えながら呟いた。

2/7/2025, 9:29:17 AM

 いつもの通り、サルサが目を覚ませば、いつものように夜明け前であった。
 髪をとかし、顔を洗い、服を身につけてもまだまだ時間がある。部屋の壁に掛けられた時計は五時を示していてまだまだ時間があった。
「……いつもより、早い」
 小さく呟いたサルサは、さてどうしようかと窓の外を見つめる。
 青い月が出ている。
 ウィルは前に『人間界と共通しているのは青の方』なんて説明をしたが、サルサにとっては青い月も見慣れないことに代わりはなかった。人間界の月は光こそ青白い、などと表現されることがあろうとも、基本的には白く見えるのだから。
 赤い月ほどの怖さも圧迫感もないにしろ、青い月もまた不気味な見た目をしている。
 サルサはため息をついて窓から目をはなし、テーブルに向かうことにした。
 ノートを開いて昨日のことをまとめる。
 実践は少しずつ少しずつ進めていくために、一週間に一回にする、と伝えられたことを思い出す。まだ『魔法のようなもの』に慣れる段階だから、毎日やればかならず身体を壊す、と補足したのはプロムの方だったらしい。厳しい言葉の中に優しさを見出せる人だ、などとサルサは思った。
 昨日の勉強は『魔法のようなもの』についてであった。基本的に備わっている能力が高い者はそのまま、そうじゃない者はサルサのように星のキーホルダーで使うということ、星のキーホルダーにも相性があるから持っていても使えないことや一回使うだけで術者自身が疲れたり星のキーホルダーが壊れることもあることをウィルは至極丁寧に説明した。『貴方と貴方の星の欠片の相性が良くてよかったです』と微笑まれたことをサルサは思い出した。
「……相性が悪かったら何度も作り直すことになる、って言ってたな……」
 星の欠片が降るのは毎月十二日、キーホルダーになり得るのは黄色の星の欠片を五個だとすれば簡単だとサルサは思っていたが『使う星の欠片の種類と数によって効果は異なるんですよ』とウィルに窘められたのだった。
 相性が悪くて作り直せば時間も材料もどんどん莫大になっていく。あまりに時間がかかるようならそこでここでの生活を終わりにされる可能性もあった。つまりはサルサは幸運だったのだ。
 そんな思考を巡らせてる間に空の色は青と赤が混じってきた。静かに静かに夜明けが訪れようとしていたのだ。
「…………夜明けは、綺麗なんだけどな……」
 サルサは部屋に差し込んできた光に気づいて窓の方に目をやった。
 赤が青を押し倒すように段々と空を赤が覆い尽くしていく。音もなく、世界が朝になろうとしていた。

2/6/2025, 3:52:35 AM

 今日の勤めを終えて、自身の部屋に戻ってきて一息をついていたウィルは自身の部屋がノックされる音を耳にした。
 サルサはウィルの部屋を知らない。ということは、なんて来客を予想しながら扉を開ければ、アリアが立っていた。
「…………タイムスリップしました? もしかして」
「……それが年取って見えるって意味なら殴る。この光景がタイムスリップしたみたいに見えるって意味なら違うと否定してあげる」
「…………出会い頭にそんなこと言うわけないでしょう。後者ですよ」
「だよね〜。ってことで入れてよ。キミにだーいじな話があるんだ」
「……はぁ」
 煮え切らない、納得のいかない様子で曖昧な返事をしつつも、扉を大きく開いてアリアを部屋に招き入れる。椅子に腰掛けたアリアに対して、二つ椅子があるわけではないからとウィルはベットに腰掛けた。
「……どうしました?」
「んとね、色々あって」
 アリアは指を一本立てながら言った。
「一つ目。サルサくんの図書館の件についてケアとか説明とかはしましたか?」
「……一応。怒られなかったことに対して見捨てられたのではないか、と怯えていましたが、一応違うと伝えた上で説明もしました」
「おっけぃ。ただ、もーちょい早い方が良かったかも。図書館は気軽に入れる地獄への入口だからね。受付係がいない間に施錠がされてなかったという事実についてはデウス様から処分が下っているからもう起こらないとは思う」
 アリアは若干目を細めながら言った。指を一本増やして続ける。
「二つ目。教育係は順調? 実践の方は……プロムに頼んだんだっけ?」
「そうですね。貴女でも良かったんですけど、これからの季節は忙しいでしょう?」
「そーだね。そろそろ大仕事の時期だから忙しい。……一年は一月から始まるのに何故か『神託』とかは四月に要求されるのマジ意味不明すぎて」
 口を尖らせながらアリアはボヤき、ウィルはゆっくりと瞬きをした。指がさらに増える。
「三つ目。……最後なんだけど、ウィルはいつ、サルサに言うの?」
 アリアはゆっくりと一言一言を噛み締めるようにそう尋ね、ウィルは何拍か遅れて口を開いた。
「…………いつか」
「……まだ、むり?」
「………………言っても、なれますか。教育係であれますか」
「わかんない」
 アリアはそう呟いて外を見る。青い月の光が辺りを照らす様は幻想的に写った。
「……いつか、言いなよ。腹を割って心と心で分かり合えるように、言いなよ」
「…………いつか、なら」
 ウィルは小さく呟いた。

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