※2日分のお題を掲載しております
お題「日陰」
「今日は外に向かいましょう」
午後、ウィルの提案で外にやってきたサルサたち。前を歩くウィルにサルサが尋ねた。
「何をするんですか?」
「天気がいいので外で勉強をします」
淡々と答えたウィルに対してサルサはため息をついた。
「……また座学ですか」
「そうですよ?」
ウィルはサルサの方を見ながらニコニコと微笑んだがサルサは酷く嫌そうにため息をついた。
「……座学、覚えるのは得意ですけど、覚えてるだけで何かの役に立つのかな……なんて思ってしまって」
「役に立ちますよ。まずは知識を詰め込むことが大事なので。何も知らないまま実践に進んでも無駄なんですよ」
「そうですか……? それならいいんですけど」
そうサルサが呟いた時ウィルが足を止めて振り返った。
「着きましたよ、サルサさん」
城の庭は広い。端から端まで歩くのにざっと三十分、城の出口から城門までも五分はかかるレベルである。そんな広さの庭は全て同じように整備され、統一感があった。そんな庭の端に二人は立っていた。
大きい木の横にちょこんと設置された白い椅子が二脚とテーブルも空間に溶け込んでいた。木が大きめのおかげで日陰、いや月陰になっていて、涼しい風が吹き抜けている。
「気分転換にもなりそうですし、勉強も集中できそうですよね」
ウィルはそう呟きながら座った。向かいにサルサも腰掛け、そうして外での勉強会が始まった。
お題「まだ知らない君」
その日アリアは、仕事が珍しくない日だった。
「……ん〜。何しよっかな〜」
そんな風に呟きながら、自室から外を見る。
彼女の部屋はサルサの部屋よりも幾分か上の方に存在し、二部屋分が割り当てられているためにだいぶ広かった。
窓から見えるのは城の庭の端の方。昨日ウィルとサルサが勉強していた場所である。あそこにテーブルと椅子を置いたのはアリアだった。
「ん〜、誰もいないか。……まぁ、そりゃそうなんだけどさ」
城の庭の端の椅子の存在を知っているのはアリアとウィルだけであった。だからこそ、二人はあそこに椅子を置いたのだ。誰にも知られぬ秘密基地、そんな風に示し合わせて。
「……なーんか、最近は偉そうだよな〜、あいつ。前はあんなに素直だったのにさ」
アリアは少しだけ頬を膨らませた。
「私だって熱心な『教育係』、とはいかなかったからな〜。だからサルサのはダメだったのかなぁ……」
アリアは若干目を伏せながらそうボヤいた。
「サルサにはなーんにも言ってないんだろうなぁ。何も関係ないフリして、元からいた顔して場に溶け込むの得意だったしな〜」
小さくため息をついて、アリアはミニテーブルに置いてある黒い星のキーホルダーを手に取った。赤い月の光を反射して光る様はとても綺麗とは言い難い。
「……これは私のお気に入りの印。公的な意味では『束縛』とか『監禁』とか……まぁ、あんまり良い意味では無いんだけど」
アリアはそっとそれを手のひらで包みながら呟いた。
「私が、というより地位が高い者が低い者に対して渡す時は『自分の物の印』として渡すことになる」
アリアは不敵に微笑んだ。
「まだなんにも知らないウィルは、その意味を知ったらどうするんだろうね。ま、関係ないけど」
アリアはテーブルの上に置き直すと立ち上がった。
「さーて、折角の休日! 映画でも見てこよーっと!」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、アリアは明るくそう言った。
サルサとウィルが昼ごはんを食べていると、食堂に警備隊の服を着た人達たちが入ってきた。
「あの人たちは……?」
サルサが不思議そうな顔で言うと、ウィルはチラッと横目で見てから答える。
「警備隊ですよ。城の警備をしてる人です」
「……警備隊? どこから警備してるんですか?」
「いくらデウス様が素晴らしい方とはいえども、やはり思想が気に食わないという者はいるんですよ。特に一旦農業や工業に利用されそうになった西や東の人たちは未だにそのことを根に持っているので……」
ウィルはやれやれ、と言いたげにため息をついた。
「ウィルも前はあそこの部隊だったからと、心を入れ込みすぎではないのか?」
二人の前に腰掛けながら、意味ありげに笑ってアリアは言った。
「え……! ウィルさんも警備隊だったんですか?」
「…………あぁ、まぁ」
若干困ったような顔でウィルは目を逸らす。
「帽子を被った姿が似合ってない、なんてよく話題になってたから、嫌そうなのか?」
「……違います。というか知らないんですけど、その話」
ウィルが怪訝そうにアリアの方を見れば、アリアはそっと目を逸らした。
「まぁまぁ。……じゃあ、そんな後ろめたい過去のように扱うのは何故なのだ?」
「……警備隊はいいものではないので…………」
ウィルは目を逸らしてそれ以上は何も言わなかった。アリアもため息をついて言及を控え、そして話は終わりとなった。
サルサが目を覚ますと知らない天井だった。いや、正確に言うなれば知っている天井ではあったのだが、見慣れない天井だった。そして、目が覚めた瞬間に視界に入れてはいけないような天井だったのだ。つまりはデウスがいつもいる部屋の天井だった訳である。
「……………………え」
そのことを理解したサルサは顔を真っ青にしながら飛び起きると目の前にプロムがいた。
「…………ぷ、プロムさん」
「おはよう。……腑抜けた顔をするな」
プロムはサルサの心情など気にも止めぬ様子でそう言った。
サルサが困惑しながら自分のことを見れば、いつの間にか城内で行動する時の服に着替えていることに気づいた。
部屋の中はいつもデウスに呼ばれる部屋とは違い、机や椅子が置いてあり、サルサは随分豪華な天蓋ベッドで眠っていたようだった。
「……安心しろ。ここはデウス様のお部屋ではないし、謁見の間でもない。俺の部屋だ」
「プロムさんの…………?」
「デウス様に明朝から呼ばれたのはウィルの方だ。随分時間がかかりそうだから今日の教育係が俺に任命された。だから手っ取り早く俺の部屋にワープさせて服もついでに着替えさせたわけだ、分かったか?」
「は、はい……」
困惑しながらもサルサが頷けば、プロムは満足気に鼻を鳴らした。
何故ウィルが呼ばれたのか、などと聞くような雰囲気にはとても見えなかったが、どうしても気になったサルサは小さな勇気を出して尋ねた。
「……ウィルさんは、何故」
「知らん。何故呼んだか、俺には教えて下さらなかった。だが、そうだな……呼んだ時の表情がやたら険しかったようには見えた」
「……そんな!」
サルサは驚いて、声を上げたが、プロムは自分の口元に人差し指を当てた。
「静かにしろ。どちらにせよ、デウス様は俺にとっては尊敬するお方、お前にとっては『神様』だ。決定は絶対で決して口を挟むことはできない。ただ、良い方向に向かうのを祈るのみだ」
プロムは目を伏せてそう言った。
「何故呼ばれたか分かるか?」
同時刻、ウィルは片膝をついてデウスの話を聞いていた。
「…………分かりかねます。申し訳ございません」
「……サルサの教育係になったのは誰だ?」
「私です。デウス様」
「…………お前は本当に教育係としての認識があるのか?」
「…………あります。彼を一人前にしようと努力をして……」
「本当に?」
デウスはウィルの言葉を遮ってもう一度聞いた。ウィルはその追求に言葉を詰まらせる。
「……進みが遅いことに関しては何も言わん。まだ一ヶ月であるからそもそもサルサが馴染めてない現状がある。ただな? あまりにも休みの日を作りすぎじゃないか、と言っているのだ」
「申し訳ございません……」
「お前はサルサに一番近い者として心身のケアをすることも重要だが、教育係としてこの世界に馴染ませることを第一に考えろ。…………来月もこのザマなら、教育係の変更も考えるぞ」
「まさか…………努力いたします」
ウィルは苦しそうにそう言った。
「今日はプロムを教育係にしている。お前は罰としてプロムがこなしていることを代わりにこなせ。そうそう難しいことをしているわけじゃない。ただ単純に仕事量が少々多いだけだからな」
デウスはそう命令し、ウィルは頷くしかなかった。
「サールサくん! ウィール!」
食堂でサルサとウィルが並んで食事をしていると後ろからそんな言葉とともにアリアにトンと肩を叩かれた。
叩かれたことに動揺したのか、ウィルは持っていたスプーンを落とし、サルサはビクッと身体を震わせた。
「わ……。ビックリしました……」
「名前呼んだんだからビックリしないで欲しいなぁ。名前も呼ばずに肩叩いたわけじゃないじゃん?」
「呼ばれることを想定しなければ驚くものです。……で、何の用ですか。わざわざこんな公衆の目前で貴女が素を出してること自体、わりとおかしなものだと思いますけど」
「ん〜、というかね、今日は誰も居ないよ?」
「は?」
ウィルが怪訝そうに辺りを見渡せば確かにアリアの言う通りに誰もいなかった。
「…………いないじゃないですか」
「いや言ったじゃん? 今日は誰もいないよ〜って」
「なんでですか」
「え、んーとね休みだから」
アリアは当たり前でしょ? とでも言いたげな顔で二人の方を見て、その言葉にウィルはため息をついた。
「ちなみに補足をしておくと、ウィルはサルサくんの教育係なのに、オフの日パカパカ作ったから教えて貰えなかったみたいだよ。私は単純に仕事の関係で城にいるだけだよ」
「…………聞きたいことを全部説明されました。……で、そんな状況下で何の話をしたいんですか?」
「ふふん。そりゃもちろん、デウス様にどんな話をされたの? って話!」
「貴女がそんなに興味を見いだすような話はしてないですが」
ウィルは目をふせながらそう呟いた。サルサはアリアから目を逸らす。
「…………はぁ、でしょうね。そもそも黙秘主義? 的なアレがあるんでしょー。つまんないの」
アリアは頬をふくらませながらそう言った。
「……ふ、よい。アリアが聞きたくなるのもおかしくない事だ」
「……え? ………………わぁ!!!」
アリアが後ろを振り返れば、ニコニコしながらデウスが立っていた。
「デウス様、なぜここに………………」
「隣の図書室に用があったものでな。すぐに離れるから楽しい『らんちたいむ』を過ごすんだぞ」
そう言ってデウスは食堂から出ていった。数分の沈黙の後、大きく息を吐き出したアリアは呟いた。
「死ぬかと思った」
「私もです」
ウィルが目を伏せながら再び落としたスプーンを拾い上げるのだった。
サルサが深いため息をついたことに驚いたようにウィルは瞬きをした。
「……どうしたんですか」
「昨日の緊張がようやく解けてきたような気がして……」
「…………今ですか」
今は一夜明けてから数時間が経っている昼過ぎである。ウィルの困惑も驚きも至極真っ当なものだった。
困惑している顔で見つめられてウィルは目を逸らした。
「……デウス様はボクらにとっては神様ですから、簡単に、とまではいかなくてもご尊顔を拝見する機会があるというだけでだいぶ緊張するんです」
ウィルはその言葉に全くピンと来ない顔ではあったが、視界をあっちゃこっちゃにやったあげく『よし』と呟いてサルサに対して微笑んだ。
「要するに夢心地ということですか? だったら一つ私のお気に入りの場所に行きましょう」
ウィルが立ち上がって出口に向かって歩き出す。サルサが本を開きっぱなしなことを気にしてそっと呼びかける。
「……本、置いたままですよ」
「サルサさんのノートだけ閉じといて下さい。近い場所ですけど、念の為」
ウィルはニコニコと微笑んだ。
書庫から数分歩いた先にはバルコニーが存在する。花がプランターに植えられていて、透明な屋根がついている。バルコニーの柵は丁寧な装飾が施されていて、オシャレなパラソル付きのテーブルと椅子が二脚セットしてあった。
「……オシャレ、ですね」
「でしょう!」
サルサが圧倒された感じで言うと、ウィルは自慢げにそう言った。その様子はまるで無邪気な子供みたいで、笑顔もいつものような大人な微笑みではなく、満面の笑みであった。
「ここでたまに休憩をするんです。外を眺めたり、飲み物とお菓子を持ってきてつまんでみたり、 本を読んだりすることもあります」
青い月が光る空は晴れていて、柔らかい風が吹いている。一年中気候が変わらないこの世界では、どんな時にやってきても心地が良さそうに見えた。
ウィルが椅子に座ったので、サルサも向かいの席に座るとウィルは口を開いた。
「……少なくとも一年間はサルサさんはこの世界にいるんですよ」
「……え? は、はい」
「だから、その間にデウス様に呼ばれることだってまたあるんです。だから、そんなに緊張してはいけませんよ」
ウィルは空を見ながら続ける。
「……きっと、上手くいかなくても死んだりはしません。あの方は優しい方ですから。だから、貴方の……そうですね、格好つけた言い方をするならば、人生という名の物語はまだ当分終わらないので、気楽に生きていきましょうね」
優しい口調で言われたサルサはそっと微笑みながら頷いた。柔らかい風が二人の間を吹き抜けていった。