「昨日言ったとおり、加工房に行きましょうか」
優しく微笑みながらウィルは言ったが、彼に連れられて城下町を歩いているサルサにはその声が届かなかったらしかった。
カラフルな街並みに並ぶ家々はウィルが言った通り娯楽施設として存在していることも相まって、通りを歩きながら覗ける施設内も非常に楽しそうであった。
あそこの施設は遊園地なのか、門の入口からはコーヒーカップのようなものやジェットコースターみたいなものが見える。こちらの施設は映画館なのか、開いた扉の奥でポップコーンを持った少年の姿が見受けられる。それ以外の施設も、人間界にあるものからなさそうなものまで、娯楽の限りを尽くした街となっていて、働いてる人から楽しんでる人まで全ての人が嬉しそうだった、人では無く、あくまでデウスと同じような存在ではあったが。
ウィルに事前に察知されて腕を掴まれていなければ、きっとサルサはあちらこちらを見回してる間に迷子になっていたことであろう。
「ここです」
ウィルの声でサルサが顔をあげると、木造の素朴な建物が目の前にあった。紺色の看板に『星野加工店』という表記がある。
「入りましょうか」
ウィルに連れられてサルサも中に入る。入ると目の前には大きな茶色の机があって、星のかけらを小さくした形をしたキーホルダーや、ネックレスなどのアクセサリーが並んでいる。壁沿いにもテーブルがあり、そこにも色んな商品が置いてある。
そこに一瞥もくれずにウィルは奥へと行って、奥にいる女性に話しかけた。
「……こんにちは」
「おはよう、にも近い時間ではあるわ。酷い人。こんな時間に押しかけるなんて…………って、後ろの子は?」
爽やかな声でウィルに対して咎めるように言った女性はサルサにとって向けて微笑んだ。
「は、はじめまして…………サルサと申します」
「はじめまして。私はここ、『星野加工店』の店主、ミアと言うわ。よろしくね、サルサくん」
ミアは柔らかく微笑んだ。
「ミア。先日の星の欠片を『例のアレ』に変えて欲しい」
「あら、そういうことなら容易い御用よ」
そう言いながら微笑んだミアとウィルに目を向けられ、サルサは困ったような顔で笑った。
「………?」
「出してください。星のかけらを」
ウィルに優しく諭されるように言われて、サルサは慌ててカバンの中から星のかけらを取り出した。沢山の黄色と一つの白色と虹色がキラキラと店内の照明を反射し始めた。
「あら、虹色。キラキラしてて綺麗ね。でも、今回は黄色を五個だけよ。他は大丈夫なの。せっかく出してくれたのにごめんなさいね」
ミアはそう言いながら、五個の黄色の星を手に取った。
「中にいるうちに閉まっておかないと、イタズラな風に星のかけらがさらわれちゃうわ」
ウインク一つと共にそう言ったミアに対してサルサは首を傾げつつもしまった。
「…………もう、そんな時間ですか。……早く出たはずなんですけど」
「ここはそういうところ。時間を奪う星のかけらに捕らわれちゃっているからね」
「…………なるほど。今回は幾分時間がかかるということですか」
「そんなことないわ。明日には出来ると思う」
「それじゃあ、お代もその時に」
「分かったわ」
ミアの微笑みを無視してウィルはサルサに向き直った。
「ということでまた明日です。今日は帰りましょうか」
「…………わ、分かりました」
「また来てね、サルサくん。ウィル」
ミアはヒラヒラと手を振り、それに対して二人はお辞儀をして店を出た。瞬間、強い風に煽られる。
「うわぁ……!?」
「……『いたずらな風』ですよ。幸い向かい風では無いのでこのまま帰りましょう。力を抜いて」
「え…………?」
ウィルの言葉にサルサは聞き返したが、ウィルは風に吹かれてどこかへと去っていってしまう。サルサも恐る恐る力を抜けば、風に押されて空へと舞い上がった。
「……え」
空から落ちることなく風に押され続けたサルサだったが、ふっとした拍子に下に落とされる。サルサがはギュッと目を瞑ったが、いつまでたっても強い衝撃は訪れず、代わりに『ポスン』という音がした。
「お疲れ様でした、サルサさん」
ウィルの声が届いて目を開けばバルコニーのようなところでウィルに抱き止められている。
「…………ウィル、さん」
「ここは城です。いたずらな追い風が吹く時間帯はこんな時間で帰ります。向かい風だったら諦めて努力しながら家に帰りましょう」
ウィルはなんでもないことのように微笑んだ。
※二日分のお題を掲載しております
お題「あなたの元へ」
「今日は…………その、オフにして貰えますか」
非常に申し訳なさそうに、そして嫌そうにウィルは言った。
「…………また別件が入ったんですか?」
「……残念、ながら」
眉をひそめて、小さくため息をつきながら言った。
「全く……あまり疑いたくはありませんが、誰かの陰謀としか思えません。教育係以外の仕事は基本的に割り振られることはない、なっていたはずなのですが……」
「……それでも、ウィルさんを必要としなくてはならないようなことになっているのかもしれませんし、どうか気を落とさないで下さい」
「…………はぁ。面倒ですが、行ってまいります。前回の休みと同様に、行ける場所ならどこへでもどうぞ。外には出ないでくださいね」
ため息をついて心底嫌そうに言ったウィルに対して、ゆっくりと大きくサルサが頷けば満足げな顔で去って行った。
それにしても多い方である。まだここに来て二週間弱。その間に三回も別の仕事に追われているとなると、誰かの差し金としか思えないような状況だった。もちろん、そんなわけではないのだが。
さて、どうするか、と言いたげにサルサはテーブルの前に座った。最近教わってるのは専ら社会情勢や、力の均衡の話であり、座学であった。そのため、復習をした方が良いような具合ではあったが、いかんせん、そんなことをするようなやる気が人間に湧いてくるものでない。それはサルサも例外でなかった。
結局、熟考の末にサルサは立ち上がって外へ出た。
サルサが向かったのは先日にアリアに紹介された鏡がある部屋……のはずだった。せっかくならアリアの元へと向かって鏡の話やら、自分に執着されている気がすることへの言及やらをしたかったのである。
しかし、あの部屋は二十一階であって、サルサの部屋は二階であった。階段を使うしか選択肢のない彼は十九階分もの階段を登らなきゃいけないのである。
彼がそのことに気づいたのは階段で五階に上がった時であった。そこまで体力がある訳では無い彼が、後どのくらい登ればいいんだっけ、と踊り場のベンチに座って休憩しながら考えようとした時にその考えに至ったわけである。
「…………やら、かした……」
行けるわけがなかった。とんでもなくむちゃであった。城はとてもデカく、また一階分もまあそこそこでかく、そのために一階分にまぁだいたい六十段くらいは踊り場を挟みつつも存在していた。
「…………もう一歩も動きたくない……」
小さくため息を着きながらそう呟いたサルサは呼吸が荒く、若干虚ろな目をしていた。
アリアの元へと行きたかったのだ。見たことないものを無邪気に教えて貰えるアリアの元へ。それなのに彼女の地位が高いからか、それとも下のエリアは全部居住地なのか、全く彼女に会えるような見込みはなかった。
「…………会いに行きたかったな」
サルサはベンチで背もたれに体重を乗せながらそうこぼした。
サルサが休憩をしてる間も、彼が帰ってからもその階段には誰も訪れなかった。階段なんて不便だからであり、サルサ以外の職員は全員エレベーターにのれるからである。
その日アリアはウィルと同じ仕事に出ていて不在だったことを、サルサは知らない。
お題「透明な涙」
「今日は城下町に行くので、その服じゃなくて、こちらに着替えていただけますか」
部屋を訪れたウィルが持っていたのは、緑のタータンチェックがあしらわれたベストと白いシャツ、紺色の長ズボンだった。
「………城下町、に」
「はい。城の勤務服で行ってしまうと余計な敬いみたいなものが発生します。私たちは若干慣れたところはありますが…………貴方は嫌でしょう?」
伺いをたてるように眉を下げながら問いかけたウィルに対してサルサはゆっくり頷いた。
ウィルはほっとしたように笑って服をサルサに渡して部屋の外へと出ていった。
サルサは新しい服を見つめてため息をついた。いくら今の制服に慣れてきたといっても、身の丈に合っていないと感じる服を着るにはやはり抵抗が生じるのだ。サイズは合っていそうだが、サルサにとってはそういう問題ではないのだ。
供物ということを隠されているというのだから、そもそも彼に対して身の丈に合ってない、などという者はどこにも居ないはずだったが、彼にとって忌避してしまうのはどうしようもないことであった。
だからなのか否か、着替えるのに三十分を要した始末である。
着替えを終えて星のかけらをバックに入れて準備が完璧にできたサルサが扉を開けた時、ウィルはため息をつきながら「……次回はもう少しだけ早く着替えてくださいね」と言った。
城は黒で基調とされていたが、城下町はカラフルな色合いをしていた。
「………わぁ、カラフルで綺麗……」
「娯楽施設が主なので、色んな色が溢れていますね」
ウィルはそう言いながら微笑んだ。
「……で、どこかに行くんですか?」
「…………今日は、見るだけです。星のかけらを加工して貰うのは明日にでもしましょうか」
ウィルは呟いた。
「なんか…………人間界にもないようなカラフルさですね。お城の近くでしか見たことないや……」
サルサがそう言いながらウィルの方を見ると透明な涙を流していた。
「………………ウィル、さん?」
「……ああ、すみません。………………綺麗でしょう」
ウィルは問いかけに対して微笑みながらそう返した。
「……昨日みたいに貴方の教育係を休んでいる時は、この街のことを守っているんです。だから、こうして任務の次の日とかに街を見てしまうと……涙が、出てしまうんですよね。守れてよかった、なんて…………貴方たちに信仰されている者が言いそうなことではまったくありませんが」
ウィルの涙は光を反射してキラキラと輝いていた。
サルサは昼ごはんを食べながら眉をひそめて考え事をしていた。内容は、昨日のことである。
サルサにとって『何を考えているか分からない』、なんてことを言われたのは全く気にはならなかった。人の思考回路は簡単に理解できるものではないし、困惑したりするようなことではなかった。
が、サルサにとって心の中に残り続けたのはアリアのことであった。
一番最初にこの世界に連れてきてくれた人、というだけの人だとサルサは思っていたが、思ったよりもアリアが自分のことを目にかけてくれていることに困惑を覚えていたのである。
「……サルサさん?」
「……ウィルさん? どうしましたか?」
手を止めて考えていたサルサの様子を心配したのか、正面でご飯を食べていたウィルは彼の顔を覗きながら名前を呼んだ。
「…………いえ、大丈夫かな、と思っただけです。手が止まっていたので」
「……あぁ…………ちょっと考え事をしていまして」
そう呟きながら苦笑いを浮かべたサルサに対して、ウィルは首を傾げた。
「……考え事、ですか」
「その………………」
そんな出だしと共に考えてたことを伝えようとしたが、ふと、昨日のウィルがアリアに対して向けていた様子を思い出す。
やたらと強い口調で若干睨みながら話すウィルは今までに見ていた温厚な性格とは真逆であり、初めて見せられた激高している姿であった。
それは少々サルサにとって衝撃的なことであり、一夜明けた今でも鮮明に思い出される。
そうなると考え事の内容を明かしてしまえばきっとまたウィルの調子が崩れるに違いない、と思ったサルサは目を伏せながら言った。
「…………覚えること多いな……、なんて」
「……まぁ、何も知らない状態からなら覚えるのはだいぶ多くなることでしょう……」
ウィルは目を伏せながら言った。
いつものウィルさんだな、なんてサルサはそっと息をついた。
六時になっていつものようにサルサの部屋にノック音が響いた。サルサが扉を開けると目の前に立っていたのはアリアだったのが、いつもと違うところだったが。
「…………アリア、さん?」
「うん。来ちゃった」
にこやかな笑顔で言ったアリアはサルサの腕を掴んで部屋の外へと引きずり出した。
「今日の、キミの教育係は、私ってことで。じゃあ、行こっか。まだキミが見たことない景色を見せてあげる〜!」
テンション高めのアリアに腕を引っ張られ為す術なく着いていくことになる。
少々遅れたウィルはもぬけの殻になっている部屋を見つめて静かにため息をついた。
「さぁさぁ、こっちだよ〜!」
エレベーターで二十一階まで一直線で行ってから、色んな曲がり角を曲がる。迷路みたいなその道は、来たばかりで、しかも引きずられるままのサルサには全く理解出来ず、仮に連れていかれた場所で突然置いてかれたら部屋に帰れそうになかった。
「この階段をおりまーす」
突然立ち止まったアリアは目の前の階段を指さして言った。その階段はこげ茶色のステップにオシャレな黒の装飾が施された手すりであり、先日アリアと会った日常使いされている階段とは全く違った。
「ほら、何ぼーっとしてるの? 早く行くよ〜」
立ち止まったまま何を言わずに未だ困惑しているサルサの頬を軽く二、三回叩いてからアリアは階段を降りていく。サルサも腕を引かれているので下に降りることにした。
降りた先はこげ茶色の扉に続いていて、アリアは躊躇いもなく扉を開いた。
その部屋は他の部屋と比べるととてつもなく狭かった。正面の壁に全身鏡が一つついていて、周りに小さなテーブルと椅子、チェストが置いてあるだけだった。
全身鏡は金の枠で豪華な装飾がされていて、鏡にも関わらず全く何も映ってはいなかった。
「どう?」
「…………どう、と聞かれましても……」
「まぁ、そりゃそうね」
アリアは困惑したサルサの声に笑みを浮かべながら若干のスキップを交えて鏡の前へと向かった。
「これはね〜、人間界に行ける鏡なの」
「……え?」
サルサが驚きながら鏡に触れようとしたとき、後ろからグッと身体を引かれ、鏡へと伸ばした手は空をかすった。
「アリア……」
「……ウィルじゃん。やっぱり自分のを取られるのは嫌なのか?」
仕事の時の口調へと切り替えたアリアはトゲトゲしく言葉を吐いた。
「……それを見せるのはもっと後でしょう。何を考えているのですか」
「見せたいと思うのは人の勝手だろ。それとも、そうやって遠ざけないと、コントロールもできないと?」
「何をするかも何を考えているのかも、私には分かりませんから」
ウィルがため息をつきながらサルサのことを見下ろした。
「…………ボクのことですか」
「そーだよ。ウィルは、キミが何をするかも何を考えているかも分からないから、危険になるかもしれないこと全部から遠ざけて洗脳しようとしてるんだって」
「言ってないでしょ、そんなこと!」
アリアの言葉に対していつもの落ち着いた様子はどこえやらといった雰囲気で彼は声を荒げた。
「…………ウィルさん……?」
若干恐怖を感じたような声でサルサが問いかけたのに対して、若干苦い顔をしながらウィルは目を伏せた。
「……貴方には関係ないことです。アリア、彼の教育係は私です。余計なことをしないでください」
「……つまんないヤツだ。…………お前も『前はそうだった』のにな?」
「口を慎め!」
ニヤリと笑って言ったアリアに対して、ウィルは怒鳴るように言った。ウィルに抱きかかえられるようにされていたサルサは間近でその声を聞いてしまい、ビクッと身体を震わせた。
「…………あはは。キミはそうやって私のことを弾圧する過程で、サルサからの信頼を無くそうというわけか」
「そんなわけでは……」
眉を下げてそう呟いたウィルに対して一瞥した後に、サルサの手を取ってアリアは言った。
「怖い怖いお兄さんがダメって言うから今日は辞めておこうね。また来た時にはちゃんと教えてあげるからね?」
「…………わ、わかりました……」
困ったような、でも少しだけ安堵したような様子でサルサは答えた。
「…………行きますよ」
「は、はい……」
サルサの声のトーンは少しだけ下がっていて悲しそうな雰囲気を感じさせた。ウィルは一つため息をついてからサルサの腕を引いて部屋から出ていく。
一人残ったアリアは、その様子を冷ややかな目で見送ったあとに目を伏せてため息をついた。
「可哀想なサルサ。あんなバカにこれからずっと縛られちゃうんだ……」
アリアが鏡に触れると鏡面がまるで水のように波だった。
「私が連れてきて、私の下になるんだから、私が面倒見てあげないと……ね?」
そう言ったアリアの瞳は鈍い青に光っていた。
「さてと、教育といいつつ、全く勉強してないことにはお気づきでしょうか」
この世界の常識の勉強を一区切りさせ昼ごはんを食べたあと、ウィルはサルサに対してそんなことを尋ねた。
「…………え?」
「……お気づきではなかったですか? 常識を知る、というのは確かに教育に入る、という価値観も存在するかとは思いますが、二週間近くかけてやることではありません」
「…………すみません」
「……謝っている理由が分かりませんが」
顔を真っ青にしながら口から謝罪の言葉を捻り出したサルサに向かってウィルは若干驚いたような、困惑したような顔で言った。
「…………えっと、ボクの覚えが悪いのかな……と」
「そんなこと言ってないでしょう。大丈夫ですか。疲れてたりしますか」
彼の頬に手を当てて、体温を測るようにしたが異常は見当たらずにウィルは手を離した。
「…………まぁ、そんなわけでそろそろ実践というかあなたがするべき仕事の教育の前段階に進みます」
「…………はい!」
ウィルは微笑んで立ち上がった。
「ここです」
サルサの部屋からエレベーターで十階へと向かって、そこから五分ほど歩いた場所の部屋の前でウィルは言った。
普通の部屋とは少々ドアの装飾が違っており、漆黒の扉に金色の装飾がついたドアノブがついている。
「…………ここは?」
「入ったら、分かります」
ウィルはそう言いながら扉を開いて中へと入っていく。
中は黒い壁に赤いカーペットで荘厳な様子であり、人が何人か機械と向き合っていた。誰もいない機械の前にウィルとサルサが立つと隣に座っていたアリアが驚いたような顔で口を開いた。
「…………早くない?」
「まだ使えませんけどね、いずれ半年も経たないうちにこれを使うことになるのでしょう? だったら一回くらいは触れた方がいいと思いまして」
「あ〜、それめちゃくちゃ助かる……じゃなくて、いい考えだと思うぞ。私の教育係なんぞはいきなり使ってみろ、とか言ってきたからな」
「…………大変そうですね」
途中で咳払いをひとつ入れて、オフの時の少々高めの砕けた調子から、仕事の時の若干低めで偉そうな口調に切り替えたアリアに対してウィルは冷めた目でそう返した。
「さて、サルサさん」
「……はい!」
部屋の内装を見回していたサルサは、肩をビクッと震わせてウィルの方へと視線を向けた。
「この機械は夢を見れる機械です」
「…………? 眠れる、的な話ですか」
「いいえ。人間が見てる、というか持っている夢を覗ける機械です」
ウィルは微笑んでから機械の前の椅子を指した。
「座ってください」
「は、はい」
赤いベロアの椅子に腰掛けたのを確認すると機械を手で指し示した。機械は顕微鏡のような形をしている。
「下のダイヤルを回すと人を切り替えれます。見たい人を指定することはできません。ここから覗きます。では、どうぞ」
「は、はい……」
サルサは恐る恐る覗いて、少し経ってから顔を離した。
「見えました?」
「は、はい…………」
「よかったですね。……ここで働くことになると夢を書き出してデウス様に選んでもらって叶えてあげたりします」
「……なるほど」
「………………貴方がここで働くことになったのも、実は貴方がここで死なないように、どうか生きれるようにと願った人の夢がたまたま目に止まったからです」
「…………え?」
「だから、その人の夢の続き、ちゃんと叶えてあげてくださいね」
ウィルはそう言うと柔らかく微笑んだ。