「さてと、教育といいつつ、全く勉強してないことにはお気づきでしょうか」
この世界の常識の勉強を一区切りさせ昼ごはんを食べたあと、ウィルはサルサに対してそんなことを尋ねた。
「…………え?」
「……お気づきではなかったですか? 常識を知る、というのは確かに教育に入る、という価値観も存在するかとは思いますが、二週間近くかけてやることではありません」
「…………すみません」
「……謝っている理由が分かりませんが」
顔を真っ青にしながら口から謝罪の言葉を捻り出したサルサに向かってウィルは若干驚いたような、困惑したような顔で言った。
「…………えっと、ボクの覚えが悪いのかな……と」
「そんなこと言ってないでしょう。大丈夫ですか。疲れてたりしますか」
彼の頬に手を当てて、体温を測るようにしたが異常は見当たらずにウィルは手を離した。
「…………まぁ、そんなわけでそろそろ実践というかあなたがするべき仕事の教育の前段階に進みます」
「…………はい!」
ウィルは微笑んで立ち上がった。
「ここです」
サルサの部屋からエレベーターで十階へと向かって、そこから五分ほど歩いた場所の部屋の前でウィルは言った。
普通の部屋とは少々ドアの装飾が違っており、漆黒の扉に金色の装飾がついたドアノブがついている。
「…………ここは?」
「入ったら、分かります」
ウィルはそう言いながら扉を開いて中へと入っていく。
中は黒い壁に赤いカーペットで荘厳な様子であり、人が何人か機械と向き合っていた。誰もいない機械の前にウィルとサルサが立つと隣に座っていたアリアが驚いたような顔で口を開いた。
「…………早くない?」
「まだ使えませんけどね、いずれ半年も経たないうちにこれを使うことになるのでしょう? だったら一回くらいは触れた方がいいと思いまして」
「あ〜、それめちゃくちゃ助かる……じゃなくて、いい考えだと思うぞ。私の教育係なんぞはいきなり使ってみろ、とか言ってきたからな」
「…………大変そうですね」
途中で咳払いをひとつ入れて、オフの時の少々高めの砕けた調子から、仕事の時の若干低めで偉そうな口調に切り替えたアリアに対してウィルは冷めた目でそう返した。
「さて、サルサさん」
「……はい!」
部屋の内装を見回していたサルサは、肩をビクッと震わせてウィルの方へと視線を向けた。
「この機械は夢を見れる機械です」
「…………? 眠れる、的な話ですか」
「いいえ。人間が見てる、というか持っている夢を覗ける機械です」
ウィルは微笑んでから機械の前の椅子を指した。
「座ってください」
「は、はい」
赤いベロアの椅子に腰掛けたのを確認すると機械を手で指し示した。機械は顕微鏡のような形をしている。
「下のダイヤルを回すと人を切り替えれます。見たい人を指定することはできません。ここから覗きます。では、どうぞ」
「は、はい……」
サルサは恐る恐る覗いて、少し経ってから顔を離した。
「見えました?」
「は、はい…………」
「よかったですね。……ここで働くことになると夢を書き出してデウス様に選んでもらって叶えてあげたりします」
「……なるほど」
「………………貴方がここで働くことになったのも、実は貴方がここで死なないように、どうか生きれるようにと願った人の夢がたまたま目に止まったからです」
「…………え?」
「だから、その人の夢の続き、ちゃんと叶えてあげてくださいね」
ウィルはそう言うと柔らかく微笑んだ。
1/13/2025, 4:57:01 AM