シオン

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1/12/2025, 9:56:50 AM

⚠書き忘れたお題の話も載せました
お題「ほしのかけら」
「ここまでにしましょうか」
 ウィルの言葉にサルサはそっと息をついた。
「意外と覚えが良いですね」
「ありがとうございます……。せっかく教えて頂いてるのに全く頑張らないというのもダメだと思いまして、復習もしてるので……」
「……だから昨日も今日も起きるのが遅かったんですね」
「う……すみません…………」
 顔を下げて申し訳なそうな顔で謝罪した彼に向かってウィルは眉をひそめた。
「…………別に大丈夫ですよ。七時までに起きればいいんですから。……夜更かししてまで復習してるのはあまり褒められたことではございませんがね」
「すみません……」
「謝って欲しいわけではないのですが…………」
 ウィルはそう呟いたあと、若干の時間考えてから微笑んでからカレンダーを見つめて言った。
「今日は……よし。サルサさん、外に行きましょう。今日は特別な日ですから」
「……え?」
 サルサの困惑した声に全く構わずにウィルは立ち上がった。
「文献を片付けてきますから、その間に支度済ませておいてくださいね」
 ウィルはそう言いながら微笑んだのに、何故か若干の圧を漂わせていて、サルサはさらなる困惑と抗議の声を飲み込んで大きく頷いた。

 魔界の季節というものは人間界とは全くもって準じて居らず、気温は一年中十五から二十度、人間界で言うところの秋頃の温度であった。雨も晴れも曇りも雪も全てデウスの思い通りであり、晴れが好きなデウスのおかげで一年のうち九割ほどは晴れていた。雨が降るのは作物を作っている場所だけである。
 そんなわけで空は青い月が欠けることなく光り輝いていて、満天の星空であった。
「……月、人間界のよりも明るい気がします……」
「そりゃあ人間界のは自分で光り輝いてないでしょう。こっちのは恒星といって、月自体が光り輝いてますから」
「そうなんですか……」
「そうです。まぁ、今日は消えますが」
「…………え?」
 ウィルの声に困惑しながらサルサが空に目を向けると、月が段々と光量を失って、空と同じ色になってしまった。
「………………………………え?」
「……今日は、特別な日ですから」
 ウィルは微笑みながら、でも全くサルサには目を向けずに空を見つめた。
 そのまま二人で月が無くなって星だけになった空を見続けていると、ウィルが突然口を開いた
「…………そろそろ来ますよ」
「何がですか……?」
「…………そうですね。流星群の『この世界バージョン』と言ったら分かりやすいでしょうか」
「…………え?」
 サルサの声と同時に星が空を流れ始めた。白い星が次々と流れていく。
「わぁ、キレイ…………って、痛い」
 サルサが見とれていると、コンっという音とともに何かが頭に当たった。
「…………なにが、落ちてきて…………?」
 地面に落ちたそれを拾い上げるとキレイな白色をした、角が丸くトゲトゲしたものだった。
「なんですか、これ…………」
「『星のかけら』です」
「星の…………かけら……?」
「はい」
 頭に疑問符を浮かべた彼に対して、特に何とでもないかのようにウィルはそう答えた。
「星のかけらです。落とさないと増えていくんですよ、星って」
「…………え?」
 全く分からないといった様子で聞き返したサルサに構わずにウィルは手を出した。そうすると、一つの星のかけらが彼の手に吸い込まれるように落ちてきた。今度は赤色だった。
「……赤色ですか」
「いっぱい色ありますよ。一番多いのは黄色ですけどね。やはり星といったら黄色でしょう?」
 若干弾んだ声でウィルはそう言ったが、サルサは困ったような顔で質問をした。
「…………どういう原理で落ちてるんですか」
「……デウス様が落としてます。『魔法のような力』でね」
「…………増えるんですか?」
「空だと増えます。人間界の星だといずれ星は死ぬのでそんなに爆発的に増えることはないんですが、この世界だと死なないんですよ、星が。でも、増えるんです。一日に五から六個くらい。だから一ヶ月に一回くらい落とさないと空が星で埋まってしまって月が出れなくなってしまいますからね」
「…………すごいですね」
 空からは星が流れながらたまに落ちていく様子が見えた。サルサが両手を伸ばせば、コロンコロンと何個かのかけらが飛び込んできた。ほぼ全て黄色だったけれど、一つだけ虹色だった。
「……虹色?」
 サルサが不思議そうな顔で言うと、ニコニコと微笑みながらウィルは拍手をした。
「レアです。よかったですね。一個しか落ちないから大事にしてくださいね」
「…………どうしたらいいんですか」
「飾っておいてください。要らないなら、今度城下町に向かう時に加工店で加工してもらうなり、換金するなりしましょうか」
「加工……?」
「アクセサリーとかにです。今度行きましょうね」
 ウィルは優しく微笑んでまた空に向き直った。
 空の流れ星はまだまだ勢いを弱める様子はなくて、たまに星を落としていた。

お題「未来への鍵」
「今日は休みにしましょう」
 朝の六時きっかりには顔も洗って制服も着ていたサルサに向かって、無慈悲にもウィルはそう言った。
「…………え」
「一番最初の日に教えましたがエレベーター以外に階段もあるのでご自身の足で行けるところには行って大丈夫ですが、くれぐれも城内からは出ないでくださいね」
「は、はい…………」
 サルサが困惑とともに頷けばウィルは微笑んで去っていた。
 こうしてサルサは突然休日を手にしてしまった。

 『ご自身の足で行けるところには行って大丈夫』なんて言われたものの、城内はとてつもなく広い。働いてる職員数が人間界の城と比べれば桁違いに多く、さらにその人たちが全員城内に住んでいる。つまり、階数も部屋数も半端じゃないくらいに多いのであった。
 サルサが住んでいるのは二階であり、外である一階に出るのは一見とてつもなく楽そうに見えるが、エレベーターならばすぐにあるものの、階段は階の端に一つしか存在せず、サルサの部屋は真ん中であったため、階段の方へ向かうのも一苦労、といった感じであった。
 とりあえずどこかに、と思い立って階段へと向かったはいいものの、そこから階段を登る気をほとほと無くしてしまった彼は、ため息をつきながら階段の近くにあったベンチに座り込んだ。
「…………広い」
 そう呟いた声は心底疲れたことが感じ取られるほどに吐息混じりであった。
「…………あれ、もしかして〜『供物くん』じゃない?」
 そう言われてサルサが顔をあげれはそこに立っていたのは、サルサをこの世界に連れてきた少女、アリアだった。
「……供物って呼ぶのダメって聞きました」
「ウィルはね、頭硬いからさ。臨機応変に対応すりゃーいいし、私くらいになれば上の人じゃなきゃ黙らせることだってできちゃうしね〜」
 あっけらかんと言ったアリアはサルサの隣に腰掛けた。
「口調、違いません?」
「……なまいきだな〜。オフみたいなやつだよ。偉そうにするのも畏まるのもどっちもめんどくさいじゃん?」
「…………ボクには分かりません……」
 申し訳なさそうな顔になったサルサに対して若干慌てた様子でアリアは一つ咳払いをしてから口を開いた。
「勉強は順調?」
「…………多分」
「あはは、ウケる。多分か〜。まー、そんな簡単に分かりゃしないか〜」
「……どこまで言ったら順調と言えるか、分からないだけです」
「そりゃそうでしょ。そんくらい分かってるよ?」
 アリアは軽い調子で言ったあとに微笑んだ。
「……名前、なんていうの?」
「あ……サルサ、って付けていただきました……」
「いい名前じゃん♪ デウス様命名なんでしょ、いいな〜」
「……いいんですか?」
「人間にとっても神様だけど、私たちにとっても神様だからね〜」
 アリアは嬉しそうに微笑んでから立ち上がった。そのままサルサの方に向き直って手を取る。
「キミがもーちょい偉くなったら私の下になるんでしょ? 楽しみにしてるからね〜」
 嬉しそうに言ったアリアはポケットから小さい小物を取り出してサルサの手に握らせた。
「……なんですか、これ」
「これはね、黒の星のかけらで作ったキーホルダー。なかなか無いものなんだよ」
「……頂けるんですか」
「うん、あげる。これはね、そーだな……キミの『未来への鍵』だよ」
「どういうことですか?」
「鍵なんだよ。これはね、特別なものだから」
 アリアはそう言って笑うと、ヒラヒラと手を振って去っていった。
 黒い光を鈍く光らせたキーホルダーは、なんだか少しだけ怖く見えるようだった。

お題「あたたかいね」
「……はぁ」
 小さくため息をついたサルサに対してウィルは彼の顔を覗き込んだ。
「…………どうかいたしましたか?」
「え、あ、その……」
 サルサは若干目を泳がせながら言った。
「………………寒いなぁ……と」
「……寒い、ですか」
 外の気温は二十度近く。とてもじゃないが寒いという気温では無い。しかし、なんとなく寒気がするのは確かであり、事実、今日はサルサの隣の隣の部屋である第十二会議室にて、氷系の『魔法のようなもの』の開発会議みたいなことをしていた。その冷気が周辺の部屋にまで届いてしまってたのである。
「…………そうですかね……?」
 しかし、ウィルは全く気づかなかった。氷系の『魔法のようなもの』の冷気は基本的にそこまで強くなく、またその会議はわりとしょっちゅうやっていることから、完全に慣れてしまっていたのだ。
「…………ウィルさんは寒くないんですか……。すごいですね…………」
 カタカタと小さく震えながらへにゃっとした笑顔を見せたサルサの顔を見つめたウィルは小さくため息をついてから立ち上がった。
「少々お待ちください。それから……少しだけ洗面所を借ります」
「…………? はい、どうぞ…………」
 首を傾げ困惑した様子のサルサに対して一礼をしてから洗面所に消えていったウィルはしばらくして赤いコップを二つ持って帰ってきた。
「あれ、それって……」
 洗面所にあるうがいの時に使っているコップと酷似していたことから困惑した声を上げたが、ウィルはテーブルの上に置きながら小さく微笑んだ。
「ご心配なく。使っていたものではなく増やしたものです」
「ああ……!」
「中に入ってるのは暖かいミルクティーです。水をお湯に変えたものに粉末を混ぜました。つまり…………あ、貴方にはまだできません」
「まだ……?」
「いずれできるようになります。我々が使っているのは魔法ではなく『魔法のようなもの』なので」
 ウィルは小さく微笑んでコップに口をつける。
「ありがとうございます……」
 サルサも小さく呟いてからミルクティーをすすった。
 暖かい湯気が上がっているミルクティーは、すごい熱いわけでもぬるいわけでもなく、ちょうどいい温度をしていた。
「あったかいですね」
 サルサはそう呟いた。

1/9/2025, 3:51:45 AM

 朝六時を過ぎてウィルが扉をノックしても、いつも返ってくるはずの返事がなく、五分待っても扉は開かなかった。
「……サルサさん?」
 不安そうな声色で部屋に向かって呼びかけても全く返事は無い。
 鍵は外からしか掛けることができないから開けることは可能なものの、ウィルはドアノブに手を掛けることは出来ずにいた。
 いつもならこの時間には制服に着替えて晴れやかな顔で扉を開けてくれるはずだった。それなのに、今扉の奥からは全くもって音はしなかった。
 嫌になってしまったのか、とか今ちょうど出られないタイミングなのか、とかそういう思考が代わる代わるウィルの脳内に浮かび上がっては消えてく。
 やがてため息をついてもう一度ノックしながら彼は扉を開いた。
「サルサさん………?」
 首を傾げながら彼は一歩部屋へと踏み出した。
 部屋の中はカーテンが閉まっていて赤い月の光が部屋の中を支配していた。テーブルの上にはノートが開いて置いてあって、ペンがその上に出されていた。
 奥の洗面所やトイレも暗くなっていて誰かの気配も感じない。
 部屋の隅に置いてあるベットは一定のリズムで布団が上下していた。
「…………もしかして」
 そんなことを呟きながらウィルがベットを覗けば目を閉じて気持ちよさそうに眠っているサルサが目に入った。少し布団をめくっても全く目を覚ましやしない。
「……警戒心、解きすぎではないでしょうか……」
 ウィルは呆れたようなトーンで言ったが、その表情は愛おしいものを見るような顔だった。
「…………本当はもう少し寝かせてあげたいところですが、今日は教えた常識を覚えてるかどうかのテストをしないといけませんからね……」
 彼は布団を引き剥がすと、ベットの近くに置いてあるベルを振った。『RingRingRingRing……』と音がして、サルサがバッと起き上がった。
「…………な、なんの音……!?」
「朝ですよ、サルサさん。もう六時も十五分を過ぎようとしています」
「…………う、ウィルさん……! す、すみません! すぐに支度します」
「はい、早急にどうぞ」
 慌てたように洗面台の方へ走っていくサルサを見つめながらウィルはそっとため息をついた。

1/8/2025, 9:55:38 AM

 赤い月が空のてっぺんに上がる頃、お昼を済ませたウィルとサルサは城の外、といえども門の中にある庭に立っていた。
 庭には花が咲き誇っており、風がサルサたちに向かって吹いていた。そんな様子を見ながらウィルが言った。
「……どうですか」
「…………え」
 ウィルの問いかけに対して酷く困惑したような顔でサルサは答えた。
「どう、と言われましても…………大きいなぁ、みたいな」
「……ふふ、そうでしょうね」
 意味深な笑顔でウィルは笑った。
「さて、今日は少しこの世界にしかない『魔法』のようなものをいくつか披露してさしあげます。貴方がどこかで見た時に不必要に驚いてしまうと、貴方の正体を知らない者に不信感を抱かせてしまいますからね」
「不信感………………?」
「不信感です」
「供物が城内で働いているということを知っているのは一部です。それ以外の職員は新人として採用されている、と伝えられています。なので、浮くようなことをすると不信感を抱かせてしまいます」
「…………え?」
 サルサはひどく驚いたような顔をした。
「信じられないかもしれませんが、そういうことなんですよ。わ、我々も供物とかはあんまり言わないようにするわけです」
「分かりました…………」
「さて、いくつかやりましょうか。……どんなものが見たいとかのご希望はございますか」
 その言葉に、目を閉じて考えたサルサはおずおずと声を発した。
「……空を飛ぶ……とか」
「無理です」
 サルサは提案をキッパリと断られ、悲しそうな顔をした。そんな表情を見たウィルは軽く目を伏せた。
「……言いたいことは分かりますよ。魔法なんじゃないのか、と。ですがね、あくまで我々が使えるのは『魔法のようなもの』なんですよ。だから、空を飛ぶとかまぁいわゆる『零から一を生み出す』という所業ができません」
「…………そう、なんですか」
「さらに、高度な魔法になってくると私ではできなくなります。後日、魔法のスペシャリストのことを紹介しますが、限度というものがあります。高度なものの例としては『石から水を生みだす』などの『個体を別の個体に変える』所業が私にはできません。私にできるのは力や物を増やすことです」
「…………力や物を増やす?」
「実践しましょう。小物とか持ってますか」
「あ、はい!」
 サルサはポケットから消しゴムを取り出してウィルに渡した。彼が手で強く握りしめてから開くと、消しゴムがふたつに増えていた。
「あ、増えてる……!」
「はい。これが『物を増やす』ことですね。じゃあ次に力を増やすことにしましょうか」
 そう言って庭の方に手をかざすと、風が少し強くなって、追い風になった。
「…………風の向きが……」
「これは風力という力を増やしました」
「……なぜ逆に」
「……好みです。前髪、崩れるの嫌なので」
「…………なるほど?」
「それよりも。風が力を増やしたので強くなったでしょう」
「そうですね」
「これが、私たちが使える『魔法のようなもの』です」
 ウィルは優しく微笑んだ。

1/7/2025, 9:24:04 AM

「今日は少々予定がありまして、十七時頃になるまで貴方の元にいけませんので、昨日の復習をしていただけますか?」
 朝六時に顔を出したウィルは申し訳なさそうに眉を下げながらそう断りを入れた。
「大丈夫です……! むしろ、ボクに時間を使っていただけるなんて申し訳なくて…………」
「また、そのようなことを言うのですか。貴方の教育係として任命されてるので、時間を使うべきなのは貴方であり、むしろ今から向かわなければいけない事の方が私の時間を割いていると言えます。分かりましたね?」
 若干の圧を残しながらそう問いかけて答えを聞かずにウィルは扉を閉めて去っていた。どういうわけか、扉の鍵を掛けられてしまったらしく、外からしか鍵を開けられないためにサルサは部屋の中に閉じ込められてしまうことになった。
 が、そこまで気を悪くしなかったらしい。扉が開かないことを確認したサルサは少々不思議そうな顔をしただけで、部屋にあるテーブルの前に腰掛けたのだった。
「……やるか」
 小さく呟いたサルサはノートを開いた。そこには昨日書庫で教わったことが事細かにメモされている。
「月は赤と青があって、赤が太陽と同義……。太陽も赤いから色で統一されてる感じがする。…………まさか、そんなわけないか。デウス様はボクら人間の信仰する対象。そんなお方が合わせるなんてはずはないか」
 サルサは一つため息をついて、窓の外を見やった。赤い月が空の半分くらいの高さで光り輝いている。
「……少しだけど怖いな。まるで、神様が生きてる世界じゃなくて……」
 『地獄みたいだ』そんな言葉が零れ落ちそうになったのを受け止めるかのように口を塞いだ。
「……まさか、ここが……いや、そんなわけがない。だって地獄は悪いやつが来るとこだ。デウス様はボクたちのことを導いてくださる神様。悪いやつなわけがない。だからここは天界。そうだ、きっとそうなんだ」
 まるで言い聞かせるように呟いた彼の顔は微妙に歪んでいる。
 ふと思いついてしまった些細な違和感は気になってしまったら、忘れない限り気になり続ける。そして、忘れるのはなかなか難しい話である。
「はぁ…………」
 ため息をついてノートに向き直るもすぐに顔を上げてしまった。立ち上がってカーテンを閉めれば、景色は確かに遮られたが白いカーテンが赤い月の光を部屋に写した。
「…………ボクはここで生きていかせていただくんだから、変な邪推はしてはいけない……。いけないんだ…………」
 頭を抱えながら座った彼は、少しの間目を閉じた後に首を振ってからノートに向き直った。
「復習をしなくちゃ。…………えっと、ここの世界は一ヶ月が三十日で、それが十二月まであって、十三月が五日間ある。人間界が閏年の時は一日増える……」
 ノートのメモを音読した彼は、ふと眉をひそめた。
「……十三って、悪魔の数字、とか聞いたことが………………」
 今度は口から言葉から零れるのを止められなかったらしい彼は、小さくため息をつきながら、首を振った。
 一度不信感を抱いてしまえばもう駄目なことは誰の目にも明らかである。
「……ウィルさんと一緒に勉強をしていた時はこんな思考が浮かぶことなんてなかったのに」
 サルサは小さくため息をついた。

「だから言ったでしょう! 思考回路を一部塞いでないとめんどくさいことになると!」
 そう問い詰めるように言ったプロムに対してデウスは若干目を逸らしながら言った。
「……あまりにも従順だったから良いかと思ったがやはりダメか」
「当たり前でしょう。アイツだってダメだったんですよ」
「あぁ……分かった。これからは掛けるのを忘れぬようにしよう」
「……そうですね」
 プロムは満足気にそう言った。

1/6/2025, 5:01:27 AM

 きっかり六時にサルサの部屋にやってきたウィルは「今日からそろそろこの世界の常識とかをお教えしましょうね」と言った。
 しかし、そこからすぐに勉強会が始まるわけではなく、部屋の外へと連れ出されエレベーターを待つことになっていた。
「…………どこに、行くんですか……?」
 サルサが沈黙に耐えきれず恐る恐るそう尋ねれば、ウィルは軽く微笑みながら答える。
「先程言った通り、常識とかをお教えするためのお部屋に行きます」
「そんな部屋まであるんですか……!?」
「ないです」
「…………え」
 淡々とした声で否定され、困惑と共に固まってしまったサルサに対してウィルは楽しそうに笑った。
「……嘘ですよ。文献がある方が勉強しやすいでしょう? だから、書庫に行こうとしてるだけです」
「な、なるほど…………」
 サルサの返事とワンテンポずれてエレベーターが到着した。
「行きますよ、サルサさん」

「ここが書庫です。どうですか?」
「…………広い、です」
 高さ二メートルくらいの本棚に本がびっしり詰まっている。それがどこまでもどこまでも奥まで続いていた。
「はい、とても広いです。でも、いずれ奥が見えます。覚えておいてくださいね」
「…………え?」
 意味深な言葉を吐いたウィルはサルサの困惑に対して答えを明示することなく、書庫の奥まで進んでいく。しばらく歩けばテーブルが並んでいるスペースへとたどり着いた。
「ここが勉強スペースです。今日はここでやりましょうか。文献を持ってきます。少々お待ちください」
 窓の近くのテーブルを指し示してウィルはその場を離れた。おずおずと座って辺りを見渡せば窓の外に目が入った。
「わ…………」
 綺麗な夜空だった。レグヌス王国の夜空とは確かに様子が違い、赤色の月が煌々と光り輝いていたが、赤色の月と深い紺の空が反対色でありながら綺麗な光景になっていた。
「……空、綺麗でしょう」
 本をテーブルに置きながらウィルがそう呟いた。
「…………あ、はい……!」
「ここは窓が大きいですからね。……貴方はまだ遠慮してるというか、お客様……供物、でしたっけ。そんな態度ですからね。綺麗なものを見せるのもいいかと思いました」
「あ、ありがとう、ございます…………!」
 嬉しそうに目をキラキラさせながらウィルの方を見やったサルサに対して、慈しむような顔を見せたあとに一つ咳払いをした。
「さて、そろそろ始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします……!」

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