僕は権力者のことが好きで、それは紛れもない事実だ。本来ならば、天使というものはそもそも恋心を抱くこと自体を禁じられている。それはそもそも恋心というものは、常に汚れと純真の間にあるという思考回路の元からなるし、また恋心を抱いてあろうことが何か子供を作ってしまった時に、それが一体何になるのかわからないからでもある。分からないのであれば、そもそもその原因は作らないようにするそういう思考のもと、恋心というものを禁じられていた。
人間の恋を応援する天使なんていない。自分たちは禁じられているというのに他人の恋をわざわざ応援する、そんなことをするバカがいてたまるか。天使は元々そんな思考回路があるみたいだった。
そのことから考えるといくら堕天使であろうとも、恋心を抱いているというのは、あまりにも稀有なことで。
できないことができているというのはもしかしたら世界で一番幸せなことなのかもしれない、なんて考えた。
「ということで、僕は世界で一番幸せ者なんだよ」
そう、彼女に伝えたらえらく怪訝そうな顔をされた。
「…………バカじゃないの?」
物言いまで冷たい、両想いだというのに。
「……きみは?」
「世界で一番じゃないかもしれないけれど、大体そんなキザなセリフを吐くような勇気もないけれどまぁ少しは幸せなんじゃないの?」
まるでツンデレのように、そんなことを言った彼女の顔は微妙に赤く染まっていた。
胸がいつもより大きな音を立てて脈を打っていた。なぜかなんで問われれば、それはもう一目瞭然で。権力者が、僕にもたれかかって眠っていたからである。
出会った当初であればこんなことは、絶対にありえなかっただろう。僕と彼女は敵対していて、そもそもそんなに距離感が近くなくて、そもそも僕は彼女に対して、胸の鼓動が早くなったりすることもなかったであろう。
でも、今は彼女のことが好きだと気づいてしまったから、胸の鼓動はこんなに早くなってしまった。僕にもたれかかって安心しきった寝顔を見せている彼女に敵対心ではなく、恋愛の感情を抱いてしまっている。
だがそんな自分を恥じたり、改めようという気はしない。むしろ、彼女に惚れてしまったからにはどうやって彼女を僕に惚れさせるか、そういう思考回路の方が回るものであった、一人でいる時になれば。
だけどいざ、彼女とコミュニケーションを取ろうとしたり、今みたいに接近したりすると、突然言葉がスラスラと出てこなくなり、一人でシミュレーションしていたはずのやり取りを上手く自分で引き出せなかったりするのだ。
まぁでもそれこそが、恋愛だろう。思った通りにはうまくいかないということが少し楽しく感じられて、でもそう思えるのも一人でいる時だけで、そんな曖昧な気持ちを感じながら、今はただ彼女が隣で安心しきっているのを見つめることしかできなかった。
トップの交代が起きて、権力者を統治する人間は入れ替わってしまった。
入れ替わった後の演説で新しい偉い人は言ったのだ。『今までがおかしくて、今からが正当なことなのだ』と。
その『今までがおかしいということ』の証明の先駆けとして行われたのが、演奏者くんの対処だった。
ボクはとっくにその人から見放されていて、偉い人たちが勝手に協議した結果、演奏者くんは殺されることになってしまった。
そのことを知った日、ボクは慌てて彼がいるところに走った。
彼はもう既に襲撃にあっていた。でも、贔屓もなんにもなく、演奏者くんが圧倒的に有利だった。
殺そうと向けられる剣さばきを踊るように避けながら、相手に何かを囁いている。囁かれた相手はどんどんと戦意を喪失していった。
やがて誰も演奏者くんに武器を向けなくなった時、彼はボクに気づいた。
「…………ごめんね」
目を軽く伏せながら彼は言った。
「……なにが」
「きみにとっては僕が殺された方がよかったはずだし、きみのことを知っているのになんにも言わなかったことも」
「…………無事でよかったよ、ボクにとっては」
ボクはそう答えた。だって心の底から本当にそう思ってたから。
彼はボクに向かって驚いたような表情を見せたあと笑った。
「じゃあ、僕はきみのためにこれからも生き続けなきゃ行けないね」
(現パロ)
昼休みの後、五限目の授業は古典でおじいちゃん先生の単調な声が教室に響いていた。
特に誰かが当てられるわけでもなく、グループディスカッションがある訳でもないそんな授業は、どんな時間であっても基本的に眠気を誘うものでしかないのに、昼休みの後なのだからいつもより数倍の威力を持って僕の眠気を誘うのである。
今の時刻は授業開始から十分を過ぎたところで、後四十分は残っているというのに、もうすでに上のまぶたと下のまぶたがくっつきそうであった。
この授業の先生というのが厄介で、寝ている生徒は特に起こしもせずに減点してくるタイプだった。
そんなわけでどうしても眠るわけにはいかず、隣の席のメゾに目を向ければ、目が合った彼女は少し笑ってからメモを寄越してきた。
『眠そうだね。なんかする?』
『そうだな。絵しりとりでもするかい?』
『絵、得意じゃないから』
『じゃあ最近あったことでも書いてくれよ』
『仕方ないな〜』
声ではなく文字で会話をするというのは新鮮で、そしてめちゃくちゃ楽しかった。
会話に夢中になっていたとき、授業終わりの時を告げるチャイムの音が聞こえた。
号令がかかり、慌てて立ち上がって礼をする。座り直す時に彼女がそっと囁いた。
「楽しかったから、またやろうね」
柔らかく微笑んで教室から出ていく彼女を見つめながら僕は大きくため息をついた。
この世界に湖はあるが、果たして海はあるのだろうか? 湖を越えた先に僕は行くことができない。まぁ正確にもできないというか、彼女に止められてしまったので、それ以上の道を進むつもりがないということだ。
だがしかし、知的好奇心なんてものはある。海はあるのか? ここよりも発展している町があるのか? 意志を持っている住人はいるのか?
でも、それを確かめたいとは思うけれど権力者に聞こうとは思わなかった。
聞いてはいけない気がしたのだ、なんとなく。それは僕が踏み込んではいけないタブーのようで聞いたことにより、知られる真実は僕にとって伏せられなくてはならない事実なのかもしれない、なんて、そんなことを思ってしまったんだ。
なんでそう思ったかは分からない。でもなんとなく。
だから、僕はただ想像をするだけにとどめておくことにしたのだ。