(現パロ)
昼休みの後、五限目の授業は古典でおじいちゃん先生の単調な声が教室に響いていた。
特に誰かが当てられるわけでもなく、グループディスカッションがある訳でもないそんな授業は、どんな時間であっても基本的に眠気を誘うものでしかないのに、昼休みの後なのだからいつもより数倍の威力を持って僕の眠気を誘うのである。
今の時刻は授業開始から十分を過ぎたところで、後四十分は残っているというのに、もうすでに上のまぶたと下のまぶたがくっつきそうであった。
この授業の先生というのが厄介で、寝ている生徒は特に起こしもせずに減点してくるタイプだった。
そんなわけでどうしても眠るわけにはいかず、隣の席のメゾに目を向ければ、目が合った彼女は少し笑ってからメモを寄越してきた。
『眠そうだね。なんかする?』
『そうだな。絵しりとりでもするかい?』
『絵、得意じゃないから』
『じゃあ最近あったことでも書いてくれよ』
『仕方ないな〜』
声ではなく文字で会話をするというのは新鮮で、そしてめちゃくちゃ楽しかった。
会話に夢中になっていたとき、授業終わりの時を告げるチャイムの音が聞こえた。
号令がかかり、慌てて立ち上がって礼をする。座り直す時に彼女がそっと囁いた。
「楽しかったから、またやろうね」
柔らかく微笑んで教室から出ていく彼女を見つめながら僕は大きくため息をついた。
この世界に湖はあるが、果たして海はあるのだろうか? 湖を越えた先に僕は行くことができない。まぁ正確にもできないというか、彼女に止められてしまったので、それ以上の道を進むつもりがないということだ。
だがしかし、知的好奇心なんてものはある。海はあるのか? ここよりも発展している町があるのか? 意志を持っている住人はいるのか?
でも、それを確かめたいとは思うけれど権力者に聞こうとは思わなかった。
聞いてはいけない気がしたのだ、なんとなく。それは僕が踏み込んではいけないタブーのようで聞いたことにより、知られる真実は僕にとって伏せられなくてはならない事実なのかもしれない、なんて、そんなことを思ってしまったんだ。
なんでそう思ったかは分からない。でもなんとなく。
だから、僕はただ想像をするだけにとどめておくことにしたのだ。
一般的に人間の顔は、光り輝いていることなんてない。だけれども、時にキラキラと輝いているように見える時がある。それは自分に向けられた満面の笑みだったり、何か楽しいことをしている時に見せる綺麗な笑顔だったり、恋をしている相手の表情だったり。
そんな一瞬の気まぐれのようなきらめきを閉じ込めることは、基本的にできない。だけれども、それは閉じ込めたいと思ってしまったのだ、僕は。
だけれども、まぁ、現実はうまくいくわけがない。きらめきというものは、永続的ではなく、それを保ち続けるにもエネルギーがいるし、何より、相手との信頼関係が必要なのだ。
「…………どういうつもり」
警戒がにじみ出る声音でそんなことを呟いた彼女の表情が、まさか光り輝いてるわけがなく、むしろ、最初に会った頃のように、まるで敵を見ているかのように睨みつけていた。
「だから、最初に言っただろ。君の笑顔が、いや君の顔がとても光り輝いて見えたからさ、いつでも見えるように閉じ込めようと思ったんだよ」
「…………こんな真似許されると思ってるの? ボクは権力者なんだよ」
だから何なのだと言ったら、彼女のプライドを傷つけることなど、百も承知で。まさかそんな言葉を吐いてまで、彼女の輝きをさらに遠ざけたいとは思わないから、僕は曖昧に微笑んだ。だけど、その態度が逆に彼女の機嫌を損ねたらしい。さらに不機嫌な顔でこちらを見つめた。
「…………ずっと一緒にいて、少しは君のことわかってきたと思ったんだけど」
「相手の本質をそんなたかが数ヶ月にも満たないような年月で測ろうなんてのもおかしな話じゃないかい?」
「………………そうかもしれないけれど。でも、まさかそんな馬鹿げた理由で、ボクのこと鳥かごに閉じ込めるなんて思わなかった」
白い鳥かご。網目模様になっているけれどせいぜい手しか出ないような、そんな細い隙間が無数に空いている、そんな鳥かごに彼女は閉じ込められている。
手にしたかったきらめきは自分がその芽ごと潰してしまったらしいけれど、彼女が反抗的な態度をしながらも、こちらに対抗するすべがなくて鳥かごの中に収まっている様子を見るのは、少しだけ優越感を感じて。
だから、当社の目的は達成できていないというのに、彼女のことを解放できないのだろうなんて、僕は自分のことを嘲笑った。
(現パロ)
こちらから連絡を送った数分後、『ピコン』という軽快な音が返事が来たことを伝えてきた。
通知に見える文字は『フォルテがスタンプを送信しました』という文字だけ。
普段なら何の連絡が来たのだろうとすぐに気になって開いてしまうけれど今日ばかりは、いいや今だけはそのメッセージを開くことができなかった。
別に特段忙しいわけでもない。返せない状況なわけでもない。さっきまでしていたことといえば、ぼーっと漫画を読んでいただけで、キリが悪いとかでも全然なくて、ちょうどぴったり話と話の間だった。
それでもボクはメッセージを開くことができない。
ついさっきメッセージ上で告白をしたばかりか、直接的な言葉をかけられるのが嫌だからという理由だけで、返事はスタンプで書いてほしいなんて言ってしまったから。
だから、今の通知は、その告白の返事なのだ。
軽はずみに、深夜テンションで、その場のノリで、告白をしてしまったのだ。
命がかかっているとかプロポーズとか、まぁともかく格好つけなければいけない場面ではなかったかもしれないけれど、少なくとも、そんな勢いで話すようなものではない。
それの返事なんてものを開くには、ちょっとだけ勇気が足りなくて、もう少しだけ寝かせることにしてしまった。
(現パロ)
ふと彼女が隣の席に座った時甘い香りがした。
香水なんてつけるタイプだっただろうか? いや、そんなはずはなかった。昨日までの香りだってこんなシトラスのような香りではなかったし、もっともっとフローラルなまるで柔軟剤のような香りをしていたのだ。
そんなことを思ってから我ながら気持ち悪いなと、そう思ってしまった。いくら好意を寄せている人間とはいえ、クラスメイトになったばかりの隣席の少女の香りを覚えているだなんて、まるで、不審者のようじゃないか。
そんなことを自虐的に考えてしまったとしても、とにかく気になることは気になるもので、まるで、彼女に誰か彼氏でもできたんじゃないかなんて、思考がぐるぐると回った。
それでも尋ねることはできない。それはさっき、自虐的に考えてしまったということも片棒を担いでおり、そこまですごく仲良くない異性から『今日は、香水つけてるんだ。珍しいね』などと、急に言われるのも甚だ、不審者のようにしか見えないだろう。そんなわけで、結局真実も知れないままモヤモヤすることしかできなかった。
「…………あれ、今日香水つけてない?」
友人にそう問いかけられた。
「……ああ、うん。なんとなく」
そんな下手な誤魔化しで友人は納得してなるほどねー、なんて言葉を呟いた。
意味のない行動はしないとは言えないけれど、少なくとも、香水はつけてきたのには、理由があって。
姉から押し付けられたこの香水はどうやら恋を叶えてくれる作用があるらしい。それで、まぁ恋をしている隣席の彼にジンクスが作用すればいいなんて淡い期待と共につけてきた。彼がどう思ってるかボクには分からないし、それを問いかける勇気もないけれど何も言ってこないってことは嫌じゃないのかもしれない、なんて、ポジティブな思考回路を無理やり回した。