シオン

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8/29/2024, 1:53:04 PM

 演奏者くんはボクに好意を持ってくれたりするんだろうか。そこんところは正直よく分からない。
 ただ、彼はきっとあまりボクに対して悪口は言わないだろう、なんて感じがした。
「…………ボクのこと、嫌い?」
 それなのに、まるでメンヘラのようにボクはそう聞いてしまった。
「……え?」
 演奏者くんは頭にハテナマークを浮かべて、困ったような顔をした。
「…………好き?」
 説明をきっと求めているであろう彼に、重ねるようにそう聞くと、眉をひそめつつ彼は口を開いた。
「…………嫌いじゃないよ」
「…………」
 好きじゃないってこと? なんて口から出そうになったのを止められたのは良かったんじゃないだろうか。
 『嫌いじゃない』、か。
「……きみは」
「……え?」
「きみは、僕のことが好きなのかい?」
 彼はそう言った、ボクの目を真っ直ぐ見つめながら。
 その答えを返そうと口を開いたとき、上からふわっと手で口を塞がれてしまった。
「…………言葉はいらないよ。ただ………………これからの行動で示して」
 彼はそう言って笑った。光のない青色の瞳に吸い込まれそうだと錯覚しそうだった。

8/28/2024, 2:22:48 PM

 まだ演奏会に時間があるし、せっかくだから家で何かしようと思いつつも、特にすることがなくてぼんやりと外を眺めているたらコンコンと扉がノックされる音がした。
 誰だろうなんて疑問が頭によぎったすぐ後に、そもそも意志を持って扉を叩ける人間など権力者しかいないんじゃないかと、そう気づいてしまった。悲しい事実である。
 それでも心のどこかでもしかしたら迷い子が扉をノックしてくれたんじゃないかという期待と共に開けば、最初の予想通り権力者が微笑んでいた。
「来ちゃった」
 彼女はそう言った。
「何しに来たんだい?」
 特に用はないだろうという気持ちを込めてそう問いかければ、彼女はニコニコと笑いながら言ったのだ。
「まあいいじゃん。たまにはさ、外だけじゃなくてお家の中とかさ、そういうところで交流するのもありじゃない?」
「一理あるような無いような……君はいつもそんな感じだね」
「褒めてるようで、褒めてない。そういうところが嫌い」
 むっとした顔で言った権力者になんとなく可愛いなんて感情を抱いてしまって、慌ててその思考回路を首をぶんぶんと振ることによってかき消した。
「どうしたの? 急に首なんて振っちゃって…………大丈夫?」
「ああ、平気さ」
 なるべく表情を取り繕いながら、いつものように接する。それでももう既に浮かんでしまった思考回路というものは、簡単に消えないもので、なんだかんで笑っているだけで、もう可愛いような気がしてくる。
 やはり長い間連れ添っていると、たとえ皮肉しか言ってこないような敵対関係のやつでもそれなりに好意的に見えてしまうんだなということに、少しだけ呆れてしまった。

8/27/2024, 3:18:30 PM

(現パロ)
 学校から出たら、雨が降っていた。雨の予報が出ていたらしい。最近は全くテレビを見ていないから、天気予報がよく分からない。
 たとえ天気予報を見ていたとしてもとりあえず、今の天気は雨で僕は傘を持っていない、それだけが明確な事実だった。
 さてどうしようか。雨が止むまで待っているというのも一つの手だけれども、残念ながらこれはゲリラ豪雨ではないらしい。僕が佇んでいるロッカーに来た同級生が『天気予報見て、傘を持ってきてよかった』なんて言葉を吐きながら、傘を広げて帰っていったのを見たからだ。
 天気予報で予想されるゲリラ豪雨なんていうのは、ゲリラとは言わない。つまりそういうことで。雨が止むまで待っているとなると、リアルに何時間かかるかはわからない。もしかしたら、最終下校時刻を過ぎてしまうかもしれないのだ。
 職員室で傘を借りれるなんて話も聞いたことがあるが、最近は傘の返却のマナーがなっていないらしく、そもそもそのルールが今まで適用しているかどうかもわからない。
 要するに詰んでいる。完全なる詰みだ。
 まぁ、いつ止むかわからないとはいえども、とりあえず、ギリギリまでは待っていた所存である。その間の暇つぶしはどうしようか。学生らしく、勉強でもするか。
「嫌だな……」
「何が?」
 自分で考えたその案を自分で嫌だと感じてつい口にそれが漏れた時、タイミングよく来たクラスの同級生がそう聞いてきた。
 隣の席の女子生徒だった。名前は…………何だったっけ。席替えをしたばかりで、名前を覚える気がなかったからまだわからない。少なくともすれ違ったぐらいで挨拶もしないだろうという仲ではある。つまり、僕の発言を拾われたこと自体が既におかしく、そのことで面食らうレベルには、仲がいいとは言えなかった。
「…………雨が降っているからさ」
 自分の発言が拾われてしまったからには、せめて何が答えなくてはならないという思考回路から僕は正直に自分の気持ちを述べた。
「天気予報で言ってたじゃない。見てないの?」
「生憎にも」
 そう呟くと、彼女はやれやれと首を振りながら自分の傘を広げた。紺色に猫のモチーフが描かれた傘。一人で使うには、少々本当に大きいんじゃないんだろうか。
 彼女は少々考える素振りをした後、そっと呟いた。
「傘がないならば、入れて行ってあげようか?」
「大丈夫だよ」
 そこまで仲が良くないクラスメイトに傘に入れてもらうほど、まだ危機的状況ではないだろうなんて、思考回路が働いて僕は丁重にお断りをした。が、彼女には、その答えが気に入らなかったらしい。
「…………本当に?」
「ああ。いつまで降るか僕は知らないけれど、きっとすぐに止むだろうと思うからね」
「…………やまないよ。今日の夜まで降り続けるって、弱くなったりもしないって天気予報で言ってたよ」
「…………それなら困るかもしれないな」
「そうでしょ。ならさ、ボクの傘入れば」
 そこまでして入れたい理由はなんだなどと聞きたい気持ちが少しだけ生まれてしまったけれど、でも夜まで降り続けるんだったら、断るということも良くないのかもしれない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて入れてもらおうかな」
 僕がそう言うと、彼女は若干嬉しそうな顔をした。
 雨は僕が家に着いて数分後に止んで、天気予報を見た家族曰く『予報よりも少しだけ長引いた』とのことだった

8/26/2024, 3:47:49 PM

 青色の表紙のリングノート。それが、僕の日記帳だった。
 権力者がユートピアからいなくなってから書き始めた日記帳はこのノートですでに二十冊を越えてしまった。
 毎日毎日、彼女のことを思い出しながらエピソードを書いていく。彼女はどう思ったのか、どういうことを考えたのか、そんなことを予想しながら。
 でも、もう既に分からなくなってきた。
 彼女が消えた後にやってきた権力者ともそれなりに交流をした。もしかしたらそいつと彼女との思い出のように書き連ねてるかもしれない。
 …………それを確認するすべももうないけれど。

8/25/2024, 4:11:18 PM

 ボクは今ベンチに座っている。向かいのベンチに演奏者くんが座っている。決して隣ではない。 距離にして数メートルもない。せいぜいテーブル一個挟んだぐらいのそんな距離感だ。
 なんで急にそんなことをしてるのか、目的は何なのか、ボクには全く分からない。演奏者くんが急に提案してきたのだ。
「これ楽しい?」
 僕はそう彼に問うと、彼は少し微笑みながら言った。
「楽しいからやる訳じゃない。近すぎるとわからないこともあるから、たまには少しだけ離れた距離感で会話をしてみようなんてことを考えてみただけだよ」
 彼はカッコつけてそう言ったけれど、微妙に聞こえなかった。普段対面で話すことに慣れてしまっているからか、そこまで遠い距離でもないくせに、あまり声が聞こえなかった。やっぱりやめた方がいいんじゃないだろうか。
 でも、彼は満足そうだった。いつもと同じ向かい合わせで、でも少しだけ距離が離れていて。声も表情も読み取れるけれど、会話しなくては気持ちがわからないような、そんな状況を楽しんでいるのかもしれない。
 彼が楽しいならいっか、なんて僕は思ってしまった。
「……話しづらいね」
 ボクが思ったことを気づけない彼はそう呟いた。
「やっぱりいつもの距離感の方が、きみのことがよくわかっていいかもしれないね」
 近い距離感で話していても僕がどう思うか想像ができない彼が、そもそもこの距離感で僕の気持ちを察しろと言うのは、土台無理な話であろうということに気づいてしまった僕はそっとため息をついた。

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