シオン

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 ボクは今ベンチに座っている。向かいのベンチに演奏者くんが座っている。決して隣ではない。 距離にして数メートルもない。せいぜいテーブル一個挟んだぐらいのそんな距離感だ。
 なんで急にそんなことをしてるのか、目的は何なのか、ボクには全く分からない。演奏者くんが急に提案してきたのだ。
「これ楽しい?」
 僕はそう彼に問うと、彼は少し微笑みながら言った。
「楽しいからやる訳じゃない。近すぎるとわからないこともあるから、たまには少しだけ離れた距離感で会話をしてみようなんてことを考えてみただけだよ」
 彼はカッコつけてそう言ったけれど、微妙に聞こえなかった。普段対面で話すことに慣れてしまっているからか、そこまで遠い距離でもないくせに、あまり声が聞こえなかった。やっぱりやめた方がいいんじゃないだろうか。
 でも、彼は満足そうだった。いつもと同じ向かい合わせで、でも少しだけ距離が離れていて。声も表情も読み取れるけれど、会話しなくては気持ちがわからないような、そんな状況を楽しんでいるのかもしれない。
 彼が楽しいならいっか、なんて僕は思ってしまった。
「……話しづらいね」
 ボクが思ったことを気づけない彼はそう呟いた。
「やっぱりいつもの距離感の方が、きみのことがよくわかっていいかもしれないね」
 近い距離感で話していても僕がどう思うか想像ができない彼が、そもそもこの距離感で僕の気持ちを察しろと言うのは、土台無理な話であろうということに気づいてしまった僕はそっとため息をついた。

8/25/2024, 4:11:18 PM