いつもの演奏会の後に楽しく談笑をしていたら神様が舞い降りてきて権力者に向かってこう言った。
「お前はこれまで頑張ったから、特別に天使にしてやろう」
訳が分からなかった。いきなりでしゃっばってきてなんなんだ、この人は。こころなしか、前に見ていた時よりも楽しそうな顔をしている。憎たらしい。
訳が分からないと感じたのは、どうやら権力者も同じのようで、『?』と頭に浮かべているようだった。
「……………………誰、ですか」
喉から絞り出されたようなその声は、どう考えても目の前の『神様』を警戒しているようで、僕は拒絶されたことなんてないけどな、という醜い優越感が僕の頭に浮かんでしまった。
「神様、だよ」
無闇に区切って、自分を無理やり信じ込ませようとする図は見慣れた光景ではなかったけれど、なんとなくいつもそんなことをしているんだろうなってそんな気がした。
「………………神様?」
幸いにも権力者は神様のことを信じていないらしくて、どうやら神様の作戦は上手くいかなかったらしい。
「…………何の用だ」
僕が声を上げれば、その時にようやっと気づいたような様子で僕の方を見つめて、軽く鼻で笑った。
「ふっ…………お前は落ちこぼれ。天使の中で最も愚かしい罪をした者。神に話しかける身分ではない。口を慎め」
相変わらず偉そうで気に食わない。今は神様になりたい訳でも、天使に戻りたいわけでもないけれど、権力者が連れていかれるのはどうしたって避けたい事実だった。
再び口を開こうとした時、権力者が言った。
「ボクは、演奏者くんのことをこの世界から追い出すまでここから離れることができない。そして、それはボク自身の力で成し遂げたいことだから、神様の力は借りたくない」
真っ直ぐな意思の強い瞳で神様のことを見据えた彼女に対して、神様は薄く笑った。
「……じゃあ、それが成し遂げられた時、また必ず」
そう言って去っていく神様。
完全に見えなくなった時、権力者は崩れ落ちた。
「……! 大丈夫かい?」
「……はぁ。大丈夫、ギリギリね」
権力者はそう言った。
「怖いね、やっばり。あの人がホントの神様かなんてさ分かんないけど、でもどっちだったとしてもめちゃくちゃ怖い」
「……僕はいつか追い出されてしまうのかい?」
きみのことがどうしても好きなのに、きみにとってはどうでもいいのかい? なんて聞けるはずもなく、ただそれだけを問かければ、権力者は笑った。
「…………追い出さないよ。さっきのはただの言い訳」
その言葉に酷く救われてしまった。
もきゅもきゅ、と音がした。
なんだろうか、この音は。
恐怖を感じて外に出てみれば、権力者がなんともない顔で立っていた。
「…………権力者」
「やっほー、演奏者くん。変な音したね〜」
故意的でなければ鳴りそうも無いような音を聴いてるのに、彼女はいつも通りの顔を僕に向けた。
「………………どこから鳴ったか分かるかい?」
「ん〜、知らない。というかどうでもよくない?」
「なんで」
「ここはユートピアだよ? 変な音くらい鳴るでしょ」
今まで鳴っていなかった音だろう、とツッコミたいが、彼女は権力者だ。もしかしたらもう既に音の発生源とか何もかも知っていて、何らかの理由で僕に真実を伝えたくないのかもしれない。彼女は僕のことを敵視しているような素振りもあるから。
「…………そうかい?」
「そうだよ〜」
そんなふうにニコニコと笑顔を見せるきみの気持ちが分からないけれど、まぁ大体そんなもんでいいだろう。
演奏者くんが出てくる数分前。
『なにか』がいた。
ボクが見たことないような、元々この世界にいなかったそんな物体。
もしかして、もしかして、コレも『迷い子』なんだろうか。
体を左右に揺らしながらボクの方を見つめる『なにか』が不意にこちらに向かって駆け出してきた。
スライムのような形をしていた『なにか』がボクの方へ向かって来ながらありえないとこが開いた時、ああこれはダメなやつだと悟った。
意志を確認できるようなものじゃない。殺さなくちゃいけない。
ガシッと掴んで雑巾を絞るように捻れば『もきゅもきゅ』なんて音がして。
絞れたそれが何故か蒸発した時、演奏者くんが外に出てきた。
彼とそつなく会話をしながら、例え異形の姿であったとしても、『迷い子』を殺しちゃったんだな、と実感した。
きっと偉い人に怒られるだろう。でも、殺さなかったらボクが、演奏者くんが、そして他の仲間が殺されていたかもしれない。
そう考えると、ボクの行いは誰かの為になったんだな、なんて思った。
演奏者くんのことを閉じ込めてしまいたい。
彼が傷つくことがないように。
誰かに汚されることがないように。
でも、それは到底無理な話なのだ。
ボクはそもそもそんなことを出来るほど彼より強いわけでも、偉い人から彼を隠し通せるわけでもない。
それでも少しだけもしかしたらを期待して、いつの間にか鳥かごを作ってしまっていた。人間が入るレベルの鳥かごを。
で、見られた。
「………………なんだい、これ」
引いてる、というより困惑しているような顔で問いかけられた。
「ん〜、鳥かごかな」
「それはそうだろうね。外からは鍵がかけられるけど…………中からはダメそうだね」
演奏者くんは若干怪訝そうな顔をしながらあらかた見たあと言った。
「………………ちょっと入ってみてくれないかい?」
「いいよ〜」
頷いて中に入る。格子状とはいえ、少しだけ圧迫感があって閉じ込められてる感があるな、と思った時、演奏者くんがカチャンと鍵を閉めた。
「………………え?」
「きみが僕のことを理解してなくて助かった」
そう言った彼の顔は薄く微笑んでいた。
「僕はきみのことが好きだからね、どこにも行かないように閉じ込めておきたかった」
歪んだ笑みを向けられて、ボクは閉じ込められてしまって、偉い人に見つかったら大変なことになる、まさに危機的状況だってのに、ボクは演奏者くんが同じ思考を持っていたという事実に、気持ちが舞い上がってしまっていた。
「友達なのかな、ボクらって」
彼女がそう呟いた時、僕はなんと答えたか、それだけが思い出せなかった。
言われた時、何もかもがひっくり返りそうだった。
友達なんじゃないの?
敵対してるんだから友達なわけなくない?
言葉で言い表せない関係だよ。
そんな言葉が頭の中に浮かんでは消えて最終的に言葉にしたのは何だったのか。言われた彼女はなんと返したのか、そこら辺の記憶が曖昧だった。
もちろん本心はどれでもない。
『友達のままで終わりにしたくない』が本心だ。
僕は彼女のことが好きで、あわよくばというより絶対に自分のモノにすると決めている。
だから友達でいたくない。それ以上の関係性を求めている。
でも、どう言ったっけ、どう返したんだっけ。
僕の言葉を聞いて、なんと彼女は返してくれたんだっけ。
そんな疑問を抱えながらいつもの演奏会の為にピアノに向かうと彼女が待っていた。
「やぁ、権力者」
そう言って僕が微笑むと、少し面食らった顔をした後言った。
「……………………バカ」
「……何が」
「………………昨日自分が提案したくせに」
「…………何の、話だい」
「いいよ、君がそうならそれで。思い出すまで悶々としてろ」
酷く不貞腐れた様子で彼女は言った。
顔が赤いような、なんとなく拗ねているような態度の彼女を少し撫でると彼女は言った。
「…………友達のままじゃやだって。好きだって言ったくせに」
「…………………………え!?」
花が咲いていた。よく権力者がいるところを見かける、そんな場所で咲いていた。
花は生えない土地だった。というより生きているもの自体をあまり見かけないような場所だ。
住人はいるけれど、全員が自分の意思をなくした人形に成り果てていて。それは到底『生きている』と称することは難しいように感じていた。
花は生えてない。木々もない。動物どころか虫さえも見かけられたらラッキーレベルの希少性だった。
それだからきっと花を生やすのも大変だったのかもしれない。この世界に来た迷い子を全員意思のない人形にしてしまう彼女が甲斐甲斐しく花を育てる意味がよくわからないけれど。
キレイな花だなと思いつつ、僕は広場にいくためにその場所を離れた。
花が咲いていた。
ボクが頑張ってお世話した花だった。
この世界には花とか木々がない。それは偉い人の趣味というよりはこの世界を創造する時にそこまで手が回らなかったらしい。
だから植物の面はボク等に一存されている。育ててもいいし、育てなくてもいい。個人の自由ってやつだ。
でも、花を育てるような土地も、環境もなかった。
綺麗な花を育てようと思ったら毎日毎日必ずしっかり水を上げて、日の光をずっと当たらないように調節して………………と、やることが多い。
でも頑張った結果が出た。花が咲いていたのだから。
頑張って良かった、とボクは微笑んだ。