たまに、本当にたまに疲れすぎて住人の住んでない家から外を眺めることがある。
住人がいるとこを選ばないのは、人形になって自由を失っている彼らの近くで、自由を持っているにも関わらずぼぉっとするのは申し訳ない気がするからだ。
窓の外を見てるのは普段生活している分には変化がないように見えるこの世界が、実は小さく風で木が揺れていたりだとか、そういう様子が見えるから。
今日も疲れてしまって、アパートの一室から外を眺めてると、演奏者くんが歩いてるさまが見えた。
彼はきょろきょろと辺りを見回していた。色々な場所を覗くような動作もしてるから、もしかしたら何か探してるのかもしれない。
演奏者くんが捜し物するなんて珍しいな、なんて重いながら窓越しに眺めていると、演奏者くんが顔をあげた為、バッチリ目が合ってしまった。
バレてしまった、なんていうまるでストーカーのような思考が浮かんだが、彼の方はボクの姿を確認したあと、満開の笑みで笑った。そして、足取り軽く去っていく。
…………もしかして、探していたのはボクのことか? なんて自惚れた考えが浮かんで頬が熱くなっていくのが分かった。
運命の赤い糸、なんて概念があって。
どうやら運命の相手と小指にある見えない赤い糸て結ばれてるらしい。
さて、僕にはその糸が見える。そして、権力者に結ばれてる赤い糸がどうも僕に繋がれてないように見える。
どうするか、などという考えは愚問で、彼女の赤い糸を特殊なハサミで切って僕の赤い糸と結びつけて、つなぎ目を丁寧に撫でると元から繋がっていたように見える。
本当は良くないかもしれないが、仕方ない。
僕は彼女の運命が欲しいから。
(前回と同じ時空現パロ)
「みて、入道雲」
「え、あ、本当だ」
彼が指さした窓の外を見れば、確かに立派な入道雲ができていた。
ということは雨なのだろうか。入道雲が出たら雨みたいな話を聞いたことがある。
ところでこの男はボクに好意を抱いているらしい。当然だけど勘違いではないのだ、多分。クラスの友達も『いつもはクールなのにボクを見る時だけ嬉しそうな顔をしてる』ってそんなことを言ってたし、ボクもそう思うのだ。
ボクと話しているときに顔が赤いこと多いし、何かが好きだというと何故か大げさに反応するし。
この男、少々隠すのが下手くそではないか。
でも、ボクにはわからない。一体ボクのどんなとこに惚れただろうか。ボクはお世辞でも可愛いとはいえない。どう考えても可愛いとはいえず、しかも彼が惚れてるらしいと友達が勘づいたのはボクが彼と仲良くなる前だったらしい。
どういうことなのだろうか、この男は何したいんだ。
何もわからないけど、ヤバいやつではなく、いまのところいい人間だ。だからもう少し仲良くなっておきたい。
(現パロ)
夏だった。
正確には暦の上とやらでは夏ではなく、ギリギリ春とかなのかもしれないが、ともかく夏みたいな暑さだった。
快適な温度であるユートピアと違い、現代社会というものはことごとく快適な温度というものが存在しない、いつもいつも暑すぎるか寒すぎるかの二択だった。
「アイス食べたい…………」
「僕もだよ」
クーラーの壊れた教室でボクの前に座っている少女がそう声を上げた。
彼女の現代社会での名前はさておき、彼女はユートピアでは『権力者』を名乗っていた少女だった。かく言う僕も、ユートピアでは『演奏者』を名乗っていたが。
つまり僕と彼女は前世からの友人である。
が、しかし。彼女は前世の記憶を失っていた。一方の僕は完璧に覚えてるどころか、ユートピアで彼女を手に入れられなかった悔しさを今世の彼女にぶつけることに決めていた。
だから、覚えていようとなかろうと、一旦自分のものにしようとしてる最中である。
今の所、その計画は良好で、こうして彼女の隣で親しげに話すことができている。区分でいう所の親友に値するのだろうか。それを恋人まで上げられるのもせいぜい時間の問題だろう。
「学校にアイスの自販機を置くべきでは?」
「僕もそう思うが、現実的に考えるのは無理だろう」
「え〜」
不満をもらす彼女の顔はあの頃と変わらず可愛くて、あの頃よりも好意的な表情を向けてくれる彼女にもっと気持ちが溢れそうになった。
「…………顔赤いよ? 熱中症?」
「……熱中症ではないが、暑いからね」
「水分とかとってね〜」
……溢れそうでなく、溢れてたみたいだが、まぁなんと都合のいい言い訳が存在するのか。全くもっていいところはないが、たまには役に立つ季節だな、なんて僕は思った。
やっぱりボクは、演奏者くんのことが好きだ。
何度も何度も押し殺そうとしたけれど、それでもやっぱり彼のことが好きだった。
そもそも好きな人とわりと結構な時間一緒にいて、恋心という気持ちを押し殺すなんて無理な話だろう。
彼のことを少しづつ知って、彼のことをもっと好きになって、それではいけないと思う日々。
ここではないどこかなら、ボクと彼は対等だったのかもしれない。そうしたら、恋心だって押し殺さなくて済んだかもしれない。
でも、ここではないどこかなら、ボクと彼は知り合わなかったかもしれない。
………どっちがいいのだろうなんてしょうもないことを考えながらボクはため息をついた。