「……演奏者くんってさ、子供のときどんなだったの」
ある日の演奏会後、権力者がそう言った
「どんな、とは」
「ん〜、性格とか? ボク、あんまり小さい頃のこと覚えてないからさ、演奏者くんはどーかなって」
子供の頃か。天使だったとか、そういうことは言わない方がいい気がしたから言葉を選びながら喋る。
「……天才だと思い込んでたことはあったな。自分は何でもできて、どんな者にだってなれるって」
「お〜、意外」
「ピアノはその頃からやってて、結構小さな年齢からやっていたから上手い方だとみんなが褒めてくれたのもあっただろうけど」
「なんか可愛いじゃん」
彼女はそう言って笑った。
バカにされてるような、でも新鮮だと感じていそうな顔にイマイチ怒れない僕は続けた。
「まぁ、でも今はとっくに天才じゃないって気づいてるから」
「…………なんだなんだ? 言い訳か?」
「……怒るよ」
権力者はまた笑った。今度はバカにしてるというよりも楽しくて仕方がなさそうな顔で。
その顔がとても可愛くて、なんだか憎めなくなった僕はため息をひとつついた。
「……きみの話も思い出したら教えてくれよ」
「…………………………いつかね」
到底話す気なさそうな声で返されたが、まぁいい。
僕が関わってない過去の期間よりも、僕と過ごした日々の方が絶対に長くさせる自信はあるから。少しの過去なんて気にもとめないほど、長い期間をここできみと過ごしたいなんて、僕はそんなことを考えてしまった。
この世界には時間がない、ことになってる。
街に時計がないから、どこにも時計がないから、昼も夜もないから、だから時間が無いことになってるけれども、この世界には普通に時間が存在する。権力者に向けて時計が支給されてるのがその表れであろう。
だからボクは時計に沿って生活する。
八時に起きて、支度をして、権力者タワーに行く。簡単な点呼と、前回報告後からの変化とかを連絡したらご飯を食べて住人の観察。権力者タワーから見て右側の住人に絞っている。
全員見終わったら大体十二時。自分の家に帰ってご飯を食べる。休憩と称して一時まで休む。
一時を過ぎたら住人の見回り。権力者タワーから見て左側をタワーから1番遠いところから見て回る。
そうすると三時くらいに演奏者くんが住んでる広場にたどり着く。
彼と話して、演奏を聴いてわちゃわちゃと戯れて。
そうして別れたら残りの住人を見て回ってタワーに戻って報告書書いて終わり。
残りも自由時間。
演奏者くんには時間の概念がないから、だいたいで生きてる彼にいい時間で寝かせて、ボクも家に戻って終わり。
寝る時間は十時くらい。
それが今の日常なのだ。
前は違った。
ずっとずっとタワーにいて、ずっとずっと洗脳の訓練をして上手くいかなくては怒られてた。
だから、演奏者くんが来て、ボクの日常は充実してしまった。酷い話だ。
いつか彼がいなくなったら、ボクはどうやって生きていこうか、なんて考えてしまう。
「⋯⋯好きな色とかあるの?」
僕のことを探ろうとしてるのか、質問攻めにしてきた彼女を適当な答えで否してたら、怪訝そうな顔でそう言われた。
「あるよ。黒とか白とか⋯⋯⋯⋯ピンクとかね」
僕は正直に答えた。敵である彼女に有利となる質問はなるべく答えないようにしてたが、まぁ好きな色くらいならいいだろうと思ったのだ。
「⋯⋯⋯⋯なんか理由とかあるの?」
「そうだね、黒や白はやっぱりピアノの鍵盤の色だから。ピンクは⋯⋯綺麗だからかな」
「ふーん」
自分から振ったくせにやけに興味無さそうな声を出されると、やっぱり少しイラつくもので。
「⋯⋯きみは?」
そんなふうに少しだけ刺々しく聞くと、彼女は少しばかり考えたあと言った。
「⋯⋯⋯⋯ないかも」
「ない?」
「ん」
好きな色がない、なんて奴に会ったことはなくて、だからこそ僕はオウム返しにしてしまったけど、彼女は平然とした顔で応じた。
「⋯⋯ないのか」
僕は正直に答えたのに、彼女は隠そうとするのか、なんて思いが浮かんで少しばかりムッとした。
あれからだいぶすぎて、僕と彼女は仲良くなって。彼女のことも少しばかり分かってきて。
だからもう一度聞いてみようと、いつもの演奏会が終わった後に彼女に尋ねてみた。
「権力者は好きな色とかあるかい?」
彼女はあの時と同じような顔で考えた後、困ったような顔で言った。
「ないかも」
ユートピアは特段人の繋がりを大事にはしない。権力者集団の上の方の人は流石に何かあるのかもしれないけど、ボクみたいな底辺の人たちは基本的に使えなかったら切られる運命にあるからと、そもそも交流自体を避ける。変に仲良くなった後に、急に会えなくなって死んでたなんて知ったら嫌だからかもしれない。
もちろんのことながら住人ともそこまでの関係性を持たない。ボクの場合は人形みたいにしちゃうからってのがあるけども、過去を消されただけだったりしても、個性ってのが失われるからあまり変わり映えがせずに交流を辞めるパターンも多いみたいだ。
要するに、ひどく交流のない冷めた場所なのだけれども、ボクは演奏者くんと毎日交流をしている。
それは、迷い子を取り合うとか関係なく、もはや世間話なんかをしてしまってる。
非常によくない、といえばよくない。まともでは無い。権力者としておかしい。
でも、一言も話さなかったらきっと気が狂ってたから。
だから彼がいたからまともでいられる。
そして、彼がいたから生きている。いなかったら、ボクは役立たずで死んでたから。
⋯⋯⋯⋯なんか、嫌だな。
彼に生かされているような気分になって、少々の嫌悪感が湧いてしまった。
(現代パロ・高校生設定)
雨が降っていた。それはもう、酷いほどに。
そして僕は傘を持っていなかった。
そんなわけで、昇降口まで降りてなんなら靴まで履いてしまった僕は、教室で時間を潰すか、ここで雨の降るさまを待つかを考えていた。
「⋯⋯⋯⋯何してんの」
声がかかったのは、諦めて教室に戻ろうという気持ちが固まりかけた時だった。
赤い傘を持って隣列の下駄箱から現れたのは、幼なじみで前世からの知り合いである彼女だった。
「⋯⋯⋯⋯傘を、忘れた」
「昨日から天気予報で言われてたけど」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯知ってるよ」
「その上で忘れたと?」
「⋯⋯⋯⋯まぁ」
呆れたように彼女はため息をついて、昇降口の扉をくぐる。大きな音を立てて落ちる雨にむかって傘を開いた彼女は言った。
「やまないよ、今日中に」
「⋯⋯⋯⋯それは、困ったな⋯⋯」
「入れてあげるから、何か弾いてよ。『演奏者くん』」
彼女は言った。
「⋯⋯仕方ないな」
彼女の隣へと立った僕はそっと彼女の手から傘を奪う。僕の方が身長が高いから、持ってあげた方がいいだろう、なんて気遣いといえるかも分からないことをする。
彼女は少し驚いた顔をしたあと、僕の腕を掴んで自身が雨に濡れないようにしていた。
なんだか僕に全てを任せてしまっているようで、ひどく愛おしく見えた。