シオン

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6/18/2024, 3:41:32 PM

 落ちていく。どこまでも真っ逆さまに。
 助けなんてこない。演奏者くんだって来れない。
 権力者集団の塔の奥には何があるのか、なんて興味本位で進んだら、塔の奥に行った瞬間に落ちた。
 何の引っかかりもなく、落ちていく。
 下なんてないから、どこまでもどこまでも真っ逆さまに。
 風がどんどんボクの横を通り過ぎていくような感覚がする。
 このまま死ぬのかな、なんて思ったけど、どこかに落下しなきゃ死ねない気がして、ということは一生落ち続けるのかもしれないなんて思った時にふわっと何かに着地した。
「大丈夫かい?」
 聞こえた声をボクは知っていた。
「⋯⋯演奏者くん」
「そうだよ」
 いつもの服の後ろから白い羽が生えていた。
「⋯⋯⋯⋯夢?」
「いや、現実。そこら辺は後で説明する」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんでここに」
「上から落ちてきたからね。このままだと家の屋根に落ちそうだったから助けようと思って」
 ⋯⋯⋯⋯家の、屋根?
 ユートピアの家の屋根に? ボクの身体が落ちそうだった⋯⋯?
 ボクが落ちたのは塔の奥、つまりユートピアの端なのに、それなのに家の屋根に落ちそうになる?
 位置関係、どうなってるのかも分からないし、演奏者くんが今どういうことなのかも分からないけど。助かったことだけは理解ができたから。
「⋯⋯⋯⋯ありがとう、演奏者くん」
「⋯⋯どういたしまして」
 演奏者くんは穏やかに微笑んだ。

6/17/2024, 3:56:30 PM

「⋯⋯未来は何があるんだと思う?」
「ないよ」
 僕の素朴な疑問というか、願わくば『今』が続けばいいなんて思った僕の言葉に対して、ひどく簡潔な、それでいて意味が詰まってそうな言葉が返ってきた。
「⋯⋯ない?」
「ない。ボクに未来なんかないよ」
「⋯⋯⋯⋯どういう意味で」
「ボクにとって『未来』という言葉は、何らかの変化とか進化とかその他もろもろ、とにかく何か変化がなくてはいけないと思ってるの。だからないよ」
「⋯⋯⋯⋯そっか」
 じゃあ彼女のこの先が『変化』したら『未来』が生まれるのか。
「結婚する?」
 言ってから何を言ったか理解した。口に出てる最中に自分が何を言ってるか分からないのは脳死状態で話してる現れだ。
 結婚はできない。そもそもそういう契りを結べるような機関がない上に、そもそも付き合ってない。もちろん僕は彼女のことが好きだけど、彼女は僕のことを好きでは無いだろう。訂正しなくてはと口を開こうとしたら、先に彼女が言った。
「⋯⋯⋯⋯しよっか」
 いいんだ。
 いいんならいいんだが。
「⋯⋯⋯⋯じゃあ、一緒に住む?」
 返事はなかった。代わりに肩が重くなった。
 そっと横を見れば、僕に体重をかけるようにして寝ていた。
 じゃあ、さっきまでのも忘れられてしまっているかもな、なんて少しだけ悲しくなった。
 

6/16/2024, 3:40:21 PM

(前回と同じ関係性)
 こんなに幸せでいいんだろうか、と思ったすぐあとに本当にこれは幸せかと首を傾げるような日々を送っている。
 そんなことを思った時、ふと前にもこんなこと思ったなと思い立った。
 この権力者になったばかりの頃。だから今からだとちょうど一年前くらいになるんだろうか。
 元は暴力で虐げる世界だったユートピア。迷い子だったボクはそんなのが嫌だったから、頑張って言うこと聞いてたら褒められて権力者になった。言い方を変えればボクはいつ殴られるか、そんなことを気にしなくてはならない緊張感から突然解放されたのだ。
 ボクは死ぬほど嬉しかった。こんなに幸せでいいんだろうか、って思った。
 でも、まだ洗脳がなかったユートピアに落ちこぼれも何もなかったから、ボクもすぐに配置が決まって権力者としての仕事が与えられた。
 まだ洗脳がなかった。だから暴力が正義だった。元仲間であるボクの顔を見て嬉しそうに、友のように話しかけてくる彼らをボクは粛清しなくてはならなかった。
 もちろん、元仲間なんだから情がある。だから彼らに向かって酷いことはしたくない。だから、ボクの状況下を伝えて、殴らないように、傷つけないように気を使った。
 それでもままならないことはある。避けられないことはある。
 本当にこれは幸せなんだろうか。ボクが望んだ『幸せ』はこれであっているのかと何度も自問自答した。
 あの時に比べたら、今のボクの状況下なんて、自分の恋が実って、好きな人とそこそこ上手くやれてるんだから幸せなのだ、なんてボクは思うことにした。
 好きな人がこの世界を根本からぶっ壊そうとしてることも、それが無理なら世界の理どころか全ての理をねじ曲げて他の場所で永遠に暮らそうとしてることを見て見ぬふりをすることが、ボクが今生きているこの状況を『幸せ』だと定義付ける前提なのだから。

6/15/2024, 3:46:15 PM

(前回と同じ感じの関係性)
 さて、ユートピアの生活というのは基本的に暇である。
 権力者である彼女は、僕のことをほったらかしてしまうレベルにはやることが山積みで、それを僕はあまり良しとはしてないが、それはおいおいどうにかするとして。
 そんなわけでやることがない僕にはとっては、迷い子が来ない限り暇で。僕はこの世界で暇つぶしの能力を持たなくてはならなくなった。
 楽譜の創作、ユートピアの乗っ取り、権力者集団の懐柔や洗脳のやり方、権力者自身との恋の計画⋯⋯⋯⋯などのものに手を出してきたのだが。
 この間他愛もない話をした時に『きみと会えないあいだの暇つぶしが大変』みたいな話をした。僕としての理想の返事は「ボクも同じ気持ちだよ」とか「じゃあもっと会う時間増やす?」とかそういうのだったのだけど、彼女の返答はどれでもなかった。
 「ふーん」なんてただ一言返された。⋯⋯⋯⋯付き合ってるんだよな。
 そんな疑問が頭をよぎったが、さっき会った時に一冊の本を渡された。「好きな本だから君にも紹介したい。読んだら感想教えて」と。
 彼女の好きな本、というか好きなもの自体を知るのが初めてな僕は大分浮かれながらそれを受け取って、今こうして目の前に本を置いているわけである。まだ読んでは無い。
 読んでみたい気持ちは山々なのだが、よく考えたらこれは彼女の私物(仮)であり、それを読むというのはもはや間接キスと同じなんじゃないか、なんて思考が頭を支配してしまったからだ。
 だけれども受け取ってしまったからには、そして彼女から『感想を教えて』と言われてしまったからには読むしかなく、僕は震える手で本を開いた。

6/14/2024, 3:33:08 PM

 いつもは快晴の空模様が、今はなんだかあいまいな空をしてた。断じて雲がかかっているとか、雨が降りそうとかそうじゃなくて、何色とも言い難いそういう意味での『あいまい』だった。
 この空は、ユートピアが始まってから初めてのことらしく、権力者集団が住むタワーの上層部の方では偉い人たちが会議したり、どうにかいつもの空模様に戻ったりしないか色々とやっているらしかった。
 だけれども、ボクはあまりにも底辺だから全然そんな会議に出席するどころか、何かそれについて話をすることすらはばかれるような状況でとてもじゃないけど言及はできなかった。
 だから、何も言わなかったというより、言えなかったのだ。

「演奏者くん」
 いつものように広場のピアノに腰掛けていた彼に声をかけると、いつものように振り向いてボクに笑顔を向けた。
「やぁ、権力者。僕のピアノを聴きに来たのかい?」
 彼はやけに上機嫌で言った。ボクが頷けばそのまま演奏が始まる。
 いつもよりも少し明るい曲が流れ始める。前に聴いたことがある曲だが、大分アレンジがなされているようで音数が増えて、深みのある音楽が生まれてた。
 いつ聴いても、どんな曲を聴いても、絶対に綺麗だななんて感想が浮かぶのはボクがあまり音楽に詳しくないからではない気がする。どんなに暗い曲でも、何故かそこに透明感を見いだせる。そんな不思議な演奏を彼はずっとしていた。
 しばらくして曲が終わった。いつもの通りに拍手をすると、彼はこちらを向いて軽く一礼したあと、ボクが座っていたベンチの隣に座った。そしてボクの肩を掴んで目線を合わせられる
「昨日は?」
「住人の監視に手間取ったあげく、報告書の書き直しをさせられた」
「反省は?」
「してるよ、もちろん。ボクだって毎日君の演奏聴きたいもん」
 そういうと彼は笑った。肩から手を離して右手の人差し指を天に向けてくるんと回すと、空は快晴に戻った。
「きみが反省してるなら許してあげる」
 軽快に笑っている姿は悪魔のように見えなくもないけど、ボクの目の前にいるのは元『天使様』だった。
 自分が元天使で今は堕天使みたいな感じなんだ、なんて話をされたのは少し前の話だった。なんてことないように、凄い過去を語っていった彼は最後に言った。
「僕はきみのことが好きだから付き合わない?」
 全然話の流れと違った。マジで意味わからなかった。ボクも好きだけど、でも身分が違う。断ろうとすれば監禁されかけ、ボクの立ち位置について調べあげたらしいことを淡々と述べられたあとに『身分は確かに違うかもしれないけど関係ない。好きだから付き合おう。断ったら⋯⋯⋯⋯』なんてことを言われた。ほぼ脅しだけど、惚れた弱みなのかなんなのか、そんなイカレ狂った告白にボクは応じてしまったのだ。
 さて、彼と恋人になったわけだけども、演奏者くんはやたらと嫉妬がやばかった。誰かと話してるのを見るのが嫌だ、とかは言わなかったが、彼と過ごす時間を短くすると、彼は嫉妬心を何かにぶつける。今回はそれが『天候の不安定』だったらしい。
 身近に済むもの、できれば弊害を及ばさぬものにして欲しいけど、そんなことを言ったとこで聞くわけがなさそうな彼だけど、ボクはそれでも演奏者くんのことが好きなのだ。
 恋は盲目、ってマジなんだな、なんて思った。

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