シオン

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 いつもは快晴の空模様が、今はなんだかあいまいな空をしてた。断じて雲がかかっているとか、雨が降りそうとかそうじゃなくて、何色とも言い難いそういう意味での『あいまい』だった。
 この空は、ユートピアが始まってから初めてのことらしく、権力者集団が住むタワーの上層部の方では偉い人たちが会議したり、どうにかいつもの空模様に戻ったりしないか色々とやっているらしかった。
 だけれども、ボクはあまりにも底辺だから全然そんな会議に出席するどころか、何かそれについて話をすることすらはばかれるような状況でとてもじゃないけど言及はできなかった。
 だから、何も言わなかったというより、言えなかったのだ。

「演奏者くん」
 いつものように広場のピアノに腰掛けていた彼に声をかけると、いつものように振り向いてボクに笑顔を向けた。
「やぁ、権力者。僕のピアノを聴きに来たのかい?」
 彼はやけに上機嫌で言った。ボクが頷けばそのまま演奏が始まる。
 いつもよりも少し明るい曲が流れ始める。前に聴いたことがある曲だが、大分アレンジがなされているようで音数が増えて、深みのある音楽が生まれてた。
 いつ聴いても、どんな曲を聴いても、絶対に綺麗だななんて感想が浮かぶのはボクがあまり音楽に詳しくないからではない気がする。どんなに暗い曲でも、何故かそこに透明感を見いだせる。そんな不思議な演奏を彼はずっとしていた。
 しばらくして曲が終わった。いつもの通りに拍手をすると、彼はこちらを向いて軽く一礼したあと、ボクが座っていたベンチの隣に座った。そしてボクの肩を掴んで目線を合わせられる
「昨日は?」
「住人の監視に手間取ったあげく、報告書の書き直しをさせられた」
「反省は?」
「してるよ、もちろん。ボクだって毎日君の演奏聴きたいもん」
 そういうと彼は笑った。肩から手を離して右手の人差し指を天に向けてくるんと回すと、空は快晴に戻った。
「きみが反省してるなら許してあげる」
 軽快に笑っている姿は悪魔のように見えなくもないけど、ボクの目の前にいるのは元『天使様』だった。
 自分が元天使で今は堕天使みたいな感じなんだ、なんて話をされたのは少し前の話だった。なんてことないように、凄い過去を語っていった彼は最後に言った。
「僕はきみのことが好きだから付き合わない?」
 全然話の流れと違った。マジで意味わからなかった。ボクも好きだけど、でも身分が違う。断ろうとすれば監禁されかけ、ボクの立ち位置について調べあげたらしいことを淡々と述べられたあとに『身分は確かに違うかもしれないけど関係ない。好きだから付き合おう。断ったら⋯⋯⋯⋯』なんてことを言われた。ほぼ脅しだけど、惚れた弱みなのかなんなのか、そんなイカレ狂った告白にボクは応じてしまったのだ。
 さて、彼と恋人になったわけだけども、演奏者くんはやたらと嫉妬がやばかった。誰かと話してるのを見るのが嫌だ、とかは言わなかったが、彼と過ごす時間を短くすると、彼は嫉妬心を何かにぶつける。今回はそれが『天候の不安定』だったらしい。
 身近に済むもの、できれば弊害を及ばさぬものにして欲しいけど、そんなことを言ったとこで聞くわけがなさそうな彼だけど、ボクはそれでも演奏者くんのことが好きなのだ。
 恋は盲目、ってマジなんだな、なんて思った。

6/14/2024, 3:33:08 PM