ユートピアは特段人の繋がりを大事にはしない。権力者集団の上の方の人は流石に何かあるのかもしれないけど、ボクみたいな底辺の人たちは基本的に使えなかったら切られる運命にあるからと、そもそも交流自体を避ける。変に仲良くなった後に、急に会えなくなって死んでたなんて知ったら嫌だからかもしれない。
もちろんのことながら住人ともそこまでの関係性を持たない。ボクの場合は人形みたいにしちゃうからってのがあるけども、過去を消されただけだったりしても、個性ってのが失われるからあまり変わり映えがせずに交流を辞めるパターンも多いみたいだ。
要するに、ひどく交流のない冷めた場所なのだけれども、ボクは演奏者くんと毎日交流をしている。
それは、迷い子を取り合うとか関係なく、もはや世間話なんかをしてしまってる。
非常によくない、といえばよくない。まともでは無い。権力者としておかしい。
でも、一言も話さなかったらきっと気が狂ってたから。
だから彼がいたからまともでいられる。
そして、彼がいたから生きている。いなかったら、ボクは役立たずで死んでたから。
⋯⋯⋯⋯なんか、嫌だな。
彼に生かされているような気分になって、少々の嫌悪感が湧いてしまった。
(現代パロ・高校生設定)
雨が降っていた。それはもう、酷いほどに。
そして僕は傘を持っていなかった。
そんなわけで、昇降口まで降りてなんなら靴まで履いてしまった僕は、教室で時間を潰すか、ここで雨の降るさまを待つかを考えていた。
「⋯⋯⋯⋯何してんの」
声がかかったのは、諦めて教室に戻ろうという気持ちが固まりかけた時だった。
赤い傘を持って隣列の下駄箱から現れたのは、幼なじみで前世からの知り合いである彼女だった。
「⋯⋯⋯⋯傘を、忘れた」
「昨日から天気予報で言われてたけど」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯知ってるよ」
「その上で忘れたと?」
「⋯⋯⋯⋯まぁ」
呆れたように彼女はため息をついて、昇降口の扉をくぐる。大きな音を立てて落ちる雨にむかって傘を開いた彼女は言った。
「やまないよ、今日中に」
「⋯⋯⋯⋯それは、困ったな⋯⋯」
「入れてあげるから、何か弾いてよ。『演奏者くん』」
彼女は言った。
「⋯⋯仕方ないな」
彼女の隣へと立った僕はそっと彼女の手から傘を奪う。僕の方が身長が高いから、持ってあげた方がいいだろう、なんて気遣いといえるかも分からないことをする。
彼女は少し驚いた顔をしたあと、僕の腕を掴んで自身が雨に濡れないようにしていた。
なんだか僕に全てを任せてしまっているようで、ひどく愛おしく見えた。
落ちていく。どこまでも真っ逆さまに。
助けなんてこない。演奏者くんだって来れない。
権力者集団の塔の奥には何があるのか、なんて興味本位で進んだら、塔の奥に行った瞬間に落ちた。
何の引っかかりもなく、落ちていく。
下なんてないから、どこまでもどこまでも真っ逆さまに。
風がどんどんボクの横を通り過ぎていくような感覚がする。
このまま死ぬのかな、なんて思ったけど、どこかに落下しなきゃ死ねない気がして、ということは一生落ち続けるのかもしれないなんて思った時にふわっと何かに着地した。
「大丈夫かい?」
聞こえた声をボクは知っていた。
「⋯⋯演奏者くん」
「そうだよ」
いつもの服の後ろから白い羽が生えていた。
「⋯⋯⋯⋯夢?」
「いや、現実。そこら辺は後で説明する」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんでここに」
「上から落ちてきたからね。このままだと家の屋根に落ちそうだったから助けようと思って」
⋯⋯⋯⋯家の、屋根?
ユートピアの家の屋根に? ボクの身体が落ちそうだった⋯⋯?
ボクが落ちたのは塔の奥、つまりユートピアの端なのに、それなのに家の屋根に落ちそうになる?
位置関係、どうなってるのかも分からないし、演奏者くんが今どういうことなのかも分からないけど。助かったことだけは理解ができたから。
「⋯⋯⋯⋯ありがとう、演奏者くん」
「⋯⋯どういたしまして」
演奏者くんは穏やかに微笑んだ。
「⋯⋯未来は何があるんだと思う?」
「ないよ」
僕の素朴な疑問というか、願わくば『今』が続けばいいなんて思った僕の言葉に対して、ひどく簡潔な、それでいて意味が詰まってそうな言葉が返ってきた。
「⋯⋯ない?」
「ない。ボクに未来なんかないよ」
「⋯⋯⋯⋯どういう意味で」
「ボクにとって『未来』という言葉は、何らかの変化とか進化とかその他もろもろ、とにかく何か変化がなくてはいけないと思ってるの。だからないよ」
「⋯⋯⋯⋯そっか」
じゃあ彼女のこの先が『変化』したら『未来』が生まれるのか。
「結婚する?」
言ってから何を言ったか理解した。口に出てる最中に自分が何を言ってるか分からないのは脳死状態で話してる現れだ。
結婚はできない。そもそもそういう契りを結べるような機関がない上に、そもそも付き合ってない。もちろん僕は彼女のことが好きだけど、彼女は僕のことを好きでは無いだろう。訂正しなくてはと口を開こうとしたら、先に彼女が言った。
「⋯⋯⋯⋯しよっか」
いいんだ。
いいんならいいんだが。
「⋯⋯⋯⋯じゃあ、一緒に住む?」
返事はなかった。代わりに肩が重くなった。
そっと横を見れば、僕に体重をかけるようにして寝ていた。
じゃあ、さっきまでのも忘れられてしまっているかもな、なんて少しだけ悲しくなった。
(前回と同じ関係性)
こんなに幸せでいいんだろうか、と思ったすぐあとに本当にこれは幸せかと首を傾げるような日々を送っている。
そんなことを思った時、ふと前にもこんなこと思ったなと思い立った。
この権力者になったばかりの頃。だから今からだとちょうど一年前くらいになるんだろうか。
元は暴力で虐げる世界だったユートピア。迷い子だったボクはそんなのが嫌だったから、頑張って言うこと聞いてたら褒められて権力者になった。言い方を変えればボクはいつ殴られるか、そんなことを気にしなくてはならない緊張感から突然解放されたのだ。
ボクは死ぬほど嬉しかった。こんなに幸せでいいんだろうか、って思った。
でも、まだ洗脳がなかったユートピアに落ちこぼれも何もなかったから、ボクもすぐに配置が決まって権力者としての仕事が与えられた。
まだ洗脳がなかった。だから暴力が正義だった。元仲間であるボクの顔を見て嬉しそうに、友のように話しかけてくる彼らをボクは粛清しなくてはならなかった。
もちろん、元仲間なんだから情がある。だから彼らに向かって酷いことはしたくない。だから、ボクの状況下を伝えて、殴らないように、傷つけないように気を使った。
それでもままならないことはある。避けられないことはある。
本当にこれは幸せなんだろうか。ボクが望んだ『幸せ』はこれであっているのかと何度も自問自答した。
あの時に比べたら、今のボクの状況下なんて、自分の恋が実って、好きな人とそこそこ上手くやれてるんだから幸せなのだ、なんてボクは思うことにした。
好きな人がこの世界を根本からぶっ壊そうとしてることも、それが無理なら世界の理どころか全ての理をねじ曲げて他の場所で永遠に暮らそうとしてることを見て見ぬふりをすることが、ボクが今生きているこの状況を『幸せ』だと定義付ける前提なのだから。