シオン

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6/15/2024, 3:46:15 PM

(前回と同じ感じの関係性)
 さて、ユートピアの生活というのは基本的に暇である。
 権力者である彼女は、僕のことをほったらかしてしまうレベルにはやることが山積みで、それを僕はあまり良しとはしてないが、それはおいおいどうにかするとして。
 そんなわけでやることがない僕にはとっては、迷い子が来ない限り暇で。僕はこの世界で暇つぶしの能力を持たなくてはならなくなった。
 楽譜の創作、ユートピアの乗っ取り、権力者集団の懐柔や洗脳のやり方、権力者自身との恋の計画⋯⋯⋯⋯などのものに手を出してきたのだが。
 この間他愛もない話をした時に『きみと会えないあいだの暇つぶしが大変』みたいな話をした。僕としての理想の返事は「ボクも同じ気持ちだよ」とか「じゃあもっと会う時間増やす?」とかそういうのだったのだけど、彼女の返答はどれでもなかった。
 「ふーん」なんてただ一言返された。⋯⋯⋯⋯付き合ってるんだよな。
 そんな疑問が頭をよぎったが、さっき会った時に一冊の本を渡された。「好きな本だから君にも紹介したい。読んだら感想教えて」と。
 彼女の好きな本、というか好きなもの自体を知るのが初めてな僕は大分浮かれながらそれを受け取って、今こうして目の前に本を置いているわけである。まだ読んでは無い。
 読んでみたい気持ちは山々なのだが、よく考えたらこれは彼女の私物(仮)であり、それを読むというのはもはや間接キスと同じなんじゃないか、なんて思考が頭を支配してしまったからだ。
 だけれども受け取ってしまったからには、そして彼女から『感想を教えて』と言われてしまったからには読むしかなく、僕は震える手で本を開いた。

6/14/2024, 3:33:08 PM

 いつもは快晴の空模様が、今はなんだかあいまいな空をしてた。断じて雲がかかっているとか、雨が降りそうとかそうじゃなくて、何色とも言い難いそういう意味での『あいまい』だった。
 この空は、ユートピアが始まってから初めてのことらしく、権力者集団が住むタワーの上層部の方では偉い人たちが会議したり、どうにかいつもの空模様に戻ったりしないか色々とやっているらしかった。
 だけれども、ボクはあまりにも底辺だから全然そんな会議に出席するどころか、何かそれについて話をすることすらはばかれるような状況でとてもじゃないけど言及はできなかった。
 だから、何も言わなかったというより、言えなかったのだ。

「演奏者くん」
 いつものように広場のピアノに腰掛けていた彼に声をかけると、いつものように振り向いてボクに笑顔を向けた。
「やぁ、権力者。僕のピアノを聴きに来たのかい?」
 彼はやけに上機嫌で言った。ボクが頷けばそのまま演奏が始まる。
 いつもよりも少し明るい曲が流れ始める。前に聴いたことがある曲だが、大分アレンジがなされているようで音数が増えて、深みのある音楽が生まれてた。
 いつ聴いても、どんな曲を聴いても、絶対に綺麗だななんて感想が浮かぶのはボクがあまり音楽に詳しくないからではない気がする。どんなに暗い曲でも、何故かそこに透明感を見いだせる。そんな不思議な演奏を彼はずっとしていた。
 しばらくして曲が終わった。いつもの通りに拍手をすると、彼はこちらを向いて軽く一礼したあと、ボクが座っていたベンチの隣に座った。そしてボクの肩を掴んで目線を合わせられる
「昨日は?」
「住人の監視に手間取ったあげく、報告書の書き直しをさせられた」
「反省は?」
「してるよ、もちろん。ボクだって毎日君の演奏聴きたいもん」
 そういうと彼は笑った。肩から手を離して右手の人差し指を天に向けてくるんと回すと、空は快晴に戻った。
「きみが反省してるなら許してあげる」
 軽快に笑っている姿は悪魔のように見えなくもないけど、ボクの目の前にいるのは元『天使様』だった。
 自分が元天使で今は堕天使みたいな感じなんだ、なんて話をされたのは少し前の話だった。なんてことないように、凄い過去を語っていった彼は最後に言った。
「僕はきみのことが好きだから付き合わない?」
 全然話の流れと違った。マジで意味わからなかった。ボクも好きだけど、でも身分が違う。断ろうとすれば監禁されかけ、ボクの立ち位置について調べあげたらしいことを淡々と述べられたあとに『身分は確かに違うかもしれないけど関係ない。好きだから付き合おう。断ったら⋯⋯⋯⋯』なんてことを言われた。ほぼ脅しだけど、惚れた弱みなのかなんなのか、そんなイカレ狂った告白にボクは応じてしまったのだ。
 さて、彼と恋人になったわけだけども、演奏者くんはやたらと嫉妬がやばかった。誰かと話してるのを見るのが嫌だ、とかは言わなかったが、彼と過ごす時間を短くすると、彼は嫉妬心を何かにぶつける。今回はそれが『天候の不安定』だったらしい。
 身近に済むもの、できれば弊害を及ばさぬものにして欲しいけど、そんなことを言ったとこで聞くわけがなさそうな彼だけど、ボクはそれでも演奏者くんのことが好きなのだ。
 恋は盲目、ってマジなんだな、なんて思った。

6/13/2024, 3:34:33 PM

「なんだい、これは」
 団地の近くにある咲いていた花は、普段生えているのとは全然様子が違くて思わず僕はそんな独り言を言ってしまった。
 いつもはパステルカラーの色とりどりな花が咲いている花壇が、別の種類と思われる青色の花で覆われていた。
 一本一本咲いている、というよりも沢山の花が集合で咲いているようなもの。どこでも見たことがなかった。
「⋯⋯あれ? 演奏者くんじゃん」
 軽快な声が彼女のものであることは確認しなくとも明らかで、だから僕は尋ねたのだ。
「⋯⋯これは、なんだい?」
「あじさい」
 そのままこちらに歩いてきたのか、隣に立った彼女はそう言った。
「⋯⋯あじさい」
「地面の成分? とかによって花の色が変わるんだって」
「なるほど」
「アルカリ性だとピンク、酸性だと青だっけ。よく知らないけど」
 彼女はそう言って笑った。
「⋯⋯じゃあ、ここの地面は酸性なんだね」
「まぁ死体って酸性らしいしね」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」
「じゃ、ボク、住人の見回り行ってくるね」
 彼女は平然と言って僕の目の前から去っていく。
 『死体って酸性らしいしね』って言ったか? 死体って何の話だ?
 まさか彼女はこの下に死体が埋まってるとでも言いたいのか⋯⋯?

6/12/2024, 3:32:45 PM

 権力者のタワーでは大体の時間が定められている。ユートピアにはない時間を大体推定で計っているらしい。人間界と同じような時間の流れにしているらしいと誰かが言っていた。
 そして、七と十二と十九の時にご飯が出る。別に食べなくてもこの世界では生きていけるが、食べたいのなら食べてもいい、そんな娯楽的な扱いだった。
 さて、そんなこんなでご飯を食べたボクは、デザートにあったプリンを持って演奏者くんを探していた。
 ボクはプリンが嫌いなのだ。黄色いところは甘すぎるし、黒い部分は苦すぎる。中間ぐらいが欲しい。
「⋯⋯⋯⋯権力者?」
 後ろから声がかかり、振り向くと演奏者くんが立っていた。ボクのことをまるで何か変なものを見るような目で見ている。
「演奏者くん」
「⋯⋯⋯⋯どうしたんだい、その格好」
 彼に言われて、そういえば着替えたんだっけ、と気づいた。
 いつもの格好とはほど遠い、とまではいかないが、白色のTシャツに、黒色の長ズボン。靴だけがいつもと同じもので少しばかり浮いている。
「あ〜、えっとね。もうそろそろ寝ようと思って」
「違う」
 彼はボクの方に来ると、首の辺りに触れた。
「なんだい、これは」
 その時にようやっと識別番号が刻まれている首輪が襟で隠せず丸見えであることに気がついた。
 しまった、なんてことが瞬時に頭に浮かぶ。とんだ大失態だ、これは。ボクが偉い立場ではないことが分かってしまう。慌てるようにボクは言った。
「⋯⋯権力者であるという証明だよ。君とボクが立場が違うことを示すためのやつ」
「⋯⋯⋯⋯首輪、じゃないかい?」
「チョーカーだよ!! 全くもう、君ってやつは」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯そう、なのか」
 全く納得してなさそうな顔で彼は呟いた。
「あ〜、もう! これ、君にあげる! じゃあね!」
 ボクは彼の手にプリンカップを握らせて、さっさと退散した。
 それにしても、彼が首輪に触れた時、心臓が大きく鼓動した。
 ⋯⋯⋯⋯好きな人にあんな近い距離で触られたら、そうなるのも当然だけど。

6/11/2024, 4:07:22 PM

 気まぐれで降り立った場所に広がっているのは街とかそういうものよりも廃墟と言った方が正しそうだった。
 コンクリートでできた団地がたくさんある。でもそこに生活感というものは一ミリも存在しない。
 そもそもここの住人は全員生きているのか、存在するのかすら不明だった。
 しばらくそんな廃墟街を進めば開けた場所に出た。
 そこまでは灰色コンクリートの地面だったところが、突然色がついているコンクリートに変わり、カラフルな屋根がついた一軒家が五軒ほど立ち並んでいて、中央に少し高くなった木の地面、そしてそこにグランドピアノが置かれていた。
 高くなった場所を囲うように花壇がそんざいしていた。花は流石に生えてなかったが、かつては住人たちの憩いの場だったことが伺える。
 グランドピアノに触れれば綺麗な音が流れた。
 と、同時に急に暖かな風がふいて、僕の髪を揺らした。何も生えてなかったはずの花壇に色とりどりの花が咲いた。
 まるで廃墟が目を覚ましたかのような感覚に少しだけ楽しい気分になりながら僕は演奏を続けた。
 同時刻、別の場所で元の世界に帰りたがっていたのに洗脳されかけていた男の子がこの世界から突然消えたことも、この世界の理が壊れてしまったこともまだ何も知らなかったのだ。

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