なめくじ

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9/28/2024, 6:33:08 PM

「言葉じゃ、案外心って伝わってくれないものだね。」

よく君が寂しそうに言っていた。
真っ直ぐな物言いで、曲がったことが許せない。
好き嫌いもはっきりしている君は、
誤解を招きやすい子だった。

君みたいに、人から言われた言葉を
そのまま素直に受け取れる子は少ないんだ。
言葉の裏に隠されたものはないか探ってしまう。
人間っていうのは君が思うよりずっと、
臆病で、繊細なんだよ。

そうやって偉そうに諭していた僕が、
君にどんな言葉を送れると言うんだ。



最後の日、君はいつものように笑っていた。
飾らない感謝の言葉を淡々と言い放ち、
別れの言葉を軽々しく吐き捨てた。

やっぱり君は不器用だね。
そんな君にかけてやれる言葉が見つからない僕も、
案外似た者同士なんだろうな。

言葉で想いを正確に伝えることは出来ない。
言葉とは、言う人にも、聞く人にも、
その背景や口調にも意味が左右されてしまう。
制御なんて出来たものでは無い、不安定なもの。

自分が発した言葉全てに気持ちが込もっていても、
他人に伝わる想いは何千倍にも希釈したほんの数滴。
だからと言って、何千倍にも濃くした気持ちなんて、
到底言葉にはならない。そして正しくもない。

そんなもので自分の想いを相手に伝えるなんて、
無謀にも程がある。
それなのに伝わっていると思い込むなんて、
烏滸がましいにも程がある。
ましてや言葉に不信感を抱いている君にとっては、
別れ際に放つ言葉なんて無意味なものだろう。

僕たちに必要なのは、君に必要なのは。

僕は無言で君を力強く抱き締めた。
君は黙って僕の背中に手を回した。

きっとこれでいい。
僕たちに言葉なんて要らなかった。
感謝も謝罪も、今までを振り返ることも。
ただ、この温もりだけでよかったんだ。

9/24/2024, 9:45:38 AM

小さい頃。まだ明確な恋心も、熱烈な愛情も知らぬ頃。
私たちはジャングルジムで遊ぶ事が好きだった。

今思えばそこまで大きくはなく、難易度も高くない。
ただギミックが豊富だったのは覚えている。

中でも人気だったのは、鎖で覆われたジャングルだ。
その歳の子は到底手が届かない様な空間。
そこに彼女は陣取っていた。
歳の割に高い身長と柔らかい身体を活かし、
彼女は誰も行けない鎖の中へ囚われるのだ。

誰が言ったのか、彼女はまさに「檻姫」だった。



休み時間になれば教室はガラリとし、
ジャングルジムへ一目散に駆けていく。
チャイムと同時に出たというのに、
彼女は既に囚われていた。

果敢に挑戦する者、怯えて辞退する者。
その場にいた男子全員が鎖に手を掛けるも、
彼女の元へ辿り着いた者は誰一人として居なかった。

正直に言おう。
彼女は子供心にしてもわかる程、可愛らしかった。
大きな瞳、鈴を転がしたような笑い声。
おまけに愛嬌も良いと来た。誰が嫌いになれよう。
静かに本を読む彼から、ヤンチャなあいつまで。
みんな彼女に、いや。「檻姫」に夢中だったのだ。

それでもなお、彼女を救い出せる者は居なかった。



ある日。遂に最後の鎖に辿り着いた者が居た。
運動神経はいいが頭は弱い彼だった。
彼が彼女の居る鎖に手を伸ばした時、
体制を崩し、思い切り鎖を引っ張ってしまった。

檻姫は手を捻り、その日から登ることはなくなった。



ただ、私は知っていた。私だけは見ていた。
彼女が放課後に、
誰も居なくなったジャングルジムに登っていることを。

私はその時、初めて鎖に手を掛けた。
彼女の元へ行きたいという一心で。

何度も何度も挑戦した。
彼女は上から私を見つめていた。
日が暮れてきた頃、遂に私は最後の鎖に手を伸ばした。

私の手が鎖に触れる前に、彼女は私の手を取った。
私は暖かい、微かに湿布の匂いがする手を握った。

「待ってたよ。」

まさに彼女と私は、御伽噺の中にいるかのようで。
あの日の事は夢のように、しかし鮮明に覚えている。

あの瞬間、私は檻姫を救った騎士になれたのだ。

9/22/2024, 5:31:09 PM

どんなに甲斐甲斐しく媚びを売ったって、
自分の価値を認めてもらおうとしたって、
貴方では無理よ。私の瞳には映らないわ。

見向きもされないとわかっていながら、
私に利用されることを望むなんて。
変わった人ね。でもそれだけよ。

私は貴方を求めていない。
求めているのは貴方で、私はそれに応えていない。
それでも貴方は全てを受け入れ、
私に浪費されることを選んだ。

貴方の声が聞こえる。
届かないと分かりきった上での、悲痛で誠実な叫び。
私の役に立ちたいと。立たせて欲しいと。

そうじゃないでしょう?
私は教えたはずよ。
貴方は私の役になんてこれっぽっちも立たない。
精々出来るのは私の気まぐれに振り回されることだけ。

ただ、貴方の一途な想いに少しばかりの賞賛を。
世界一幸せに飼い慣らしてあげるわ。

その口で吠えてみせて。私の犬だ、とね。

9/19/2024, 4:12:09 PM

肩が触れるような距離で話していたい。
膝の上を当然のように座ってみたい。
当たり前のように抱きつきたい。

人気者の彼は、何時だって周りを友達で囲む。
息がかかるほどの距離で笑い合うことに、
飛び付いても受け止めてもらえることに、
どれほど憧れ羨んだことか。

頬を赤らめながら手を繋ぎたい。
強く出張った喉仏に噛みつきたい。
乾燥気味の薄い唇に口付けをしたい。

ふと、誰かの肩越しに目が合う。

時間よ止まれ。
今はただ、この視線を独り占めしていたい。

9/16/2024, 3:21:06 PM

空が泣く。私を見兼ねて。
頑なに涙を流さない私を嘲笑うように、
それでいて静かに私の涙を待つように、
傘を差す間もなく頭から足元までを濡らした。

冷たい雨の筈なのに、頬だけが何故か温かくて。

嗚呼、ついに泣いてしまったのか。
空よ、私の負けだ。泣かせるのが上手い奴め。
一粒溢れたら、もう止まらない。
歯止めを失った涙は気の済むまで溢れ落ちる。



ふと、雨が止む。
否、私の頭上に傘が差された。
ずぶ濡れの私を抱き締める彼によって、
私の涙を雨粒ごと拭った彼によって、
私の雨は泣き止んだ。

冷えた身体は、彼の体温を求める。
彼の優しさは、酷い程に熱かった。

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