「願いが1つ叶うならば」
私は小さい頃から願望が少なかった。元の性格が消極的なのだ。私の親は私のやりたいことをなんでもやらせてくれて、なんでも物を買ってくれて全て叶ってしまう。それはそれでいい人生なのかもしれない。
親は私によく問う。
「やりたいこととか、お願いごととかないの?」
私のやりたいことはなんでも叶えないと気が済まないらしい。それでも私は何にも思いつくことは無かった。
「何にもないよ。」
「何かしらはあるでしょ?」
そう問われるのが嫌いで仕方なかった。みんな私くらいの年齢の子は、生き生きとしていて、アイドルになりたいとか、プロのスポーツ選手になりたいとか願っているのに私は何にもない。
まるで私の心だけがすっぽ抜けているみたいだから。
七夕の短冊も、誕生日プレゼントも、どうでもよかった。だって、私の周りには全て欲しいのものが転がり込んでくるから。私の親がそうするから。願う暇もないから。
でも最近、願いを見つけたんだ。
もしも、願いが1つ叶うのならば、
私はもう願わなくても良い存在になりたい。
「風が運ぶもの」
今日は雨の中の出勤。上司に腹を立てつつ家を飛び出す。遅刻しつつもなんとか会社についていつも通りに仕事をする。朝から叱られるなんて私の気持ちは地の底だ。
子供の頃は台風が近くなると嬉しくなったことを思い出す。明日休校にならないかなぁと何度も思った。そのくせ学校があると文句を言いつつも笑顔でずぶ濡れで帰ってきたっけ。
少し暗くなった帰路につく。雨は上がっていてただ強い風だけが残っていて、今となっては傘が邪魔だ。少しでも早く帰りたいため近道の駐輪場を抜けようとする。
直後、ガタガタともの凄い音が鳴った。その音の中に私の傘が巻き込まれ、折れた音が混じっていた。風で自転車がドミノ倒しになったようだ。もう傘はどうしようもないので周りの人と協力して自転車をもとに戻す。
全て立て直し、折れた傘を抱え帰ろうとすると低い位置から声をかけられた。小学生くらいの男の子だった。
「お姉さん。僕の自転車のせいで傘壊れちゃった?」
「そんなことないよ。風のせいだよ。」
そういうと男の子はランドセルから折り畳み傘を取り出して私に押し付けた。大丈夫と言って返そうとしたら、もう既に走り出していて返すにも出来なかった。
名前などついていないかなと傘を開くと驚いた。
油性マーカーで落書きがしてあったのだ。雲の模様やドラゴンと思われるものが主でただ一言文字が書いてあった。
「空飛ぶ傘」
みた途端、頭の中が晴れるような気持ちだった。思い出したのだ。昔、風の中傘を広げるのが大好きだった。どこかへ飛んでいけそうだったから。
私自身は飛ぶことは叶わなかった。夢を見ることも忘れていた。でも、少しだけ取り戻した気がする。あの男の子のおかげだ。
もしかしたら、風があの子を運んできたのかもしれない。
そう思いながら男の子の自転車のカゴに折り畳み傘を入れた。雲の形のグミを添えて。
「あの日の温もり」
思い浮かぶことはたくさんある。母親のハグとか、友達に貰ったプレゼントとか、猫の体温とか。
最近暖かくなってきた。私の肌をなぞる風に春の香りがする。でも、その温もりが気持ち悪かった。
最近家庭環境が少し悪くなったもので、明日からの休日が少し怖かった。だから、時の移ろいを喜べなかったのだと思う。
今日もいつかは「あの日」になる。そして、冷たい日としても記録されていく。こんなに暖かかったのにね。
あの日の温もりにまた出会える日はいつなのだろうか。
「cute!」
可愛いものは独り占めしたい。だって私は宇宙一可愛いのだから!
なんて言ってみたいものだ。
実際私の顔は中の下…いや、下の上か?だからメイクしないとお外に出られたもんじゃない。体型は可もなく不可もなく。どちらかと言えばあと少し落とした方がいいくらい。声も、仕草も可愛いとは思えない。
可愛いものは好きだけどそれになりきれていない感じ。「かわいい」のではなく、「可愛い」という感じ。
いつからこんなに自己肯定感が低くなってしまったの?いつから「かわいい」になりきれなくなったの?あの子はもっと「かわいい」のに。
考えると、私が一番可愛かったのは小学校低学年くらいの頃。
「cute!」なんて英字で書かれた今となってはだっさいTシャツ。クラスで一番「かわいい」と言われていた子が着ていて駄々こねて買って貰ったのをよく覚えている。大事なのは素材なのに。
それを着て外に出て自分の「可愛い」をひけらかそうとしたら雨が相反して降ってきた。転んで、泥だらけになった。せっかくの「可愛い」お洋服が見るもの無惨な姿になった。どうでもいいやと思って水たまりに飛び込んだ。可愛さのかけらもない行動だった。
「cute!」の文字も見えなくなって顔も泥だらけだったけど、それでも、
もしかしたら、あの時だけは、誰かの殻をかぶったのではない、私だけの「かわいい」で全てが満たされていたのかな。
「さぁ冒険だ」
今日も変わらずコンビニで適当に買ったつまみと共に酒でも飲んで適当に寝ようとした。ただ、今日はいつもよりもその時間が遅い。
今、いとこの子供をうちで預かっているのだ。なんでもこの子の妹さんの方が入院中らしく、そちらの付き添いに両親が行かなくてはならないそう。せめてもの協力だ。
俺は前文でお察しだと思うが奥さんも、ましてや彼女なんて居ない。そのため一人で面倒を見ているのだがそれはそれは手こずる。それでも子供がゲームを持っていて助かったと思った。やっているゲームはRPG。将来の夢は勇者なんだと。
飲むかと冷蔵庫を開けると酒のストックがない。ちょうど昨日切らしてしまったのだ。仕方がないのでつまみだけは食べるかと準備をする。
「おじさん…。寝れない。」
惣菜を電子レンジで温めていたところ子供が起きてきてしまった。まてよ?子供と共に車でドライブをしつつ、酒を買って帰れば一石二鳥では?
「じゃあ、夜のドライブに行こうか。さぁ、冒険しに行こう。」
「なにそれ!たのしそう!」
目を宝石のように輝かせている姿を見るとさっきの考えが恥ずかしくなる。子供心を利用して酒を買う。まったく酷い大人だもんだなぁ。
冷えないようにコートを着させ車に乗って走り出す。
「おじさんおじさん!窓開けてもいい?」
頷くと窓を全開にして外に顔を乗り出す。シートベルトはしているしと少し見逃してやる。なんでもその笑顔はどの星より輝いていたから。
しばらくすると疲れて寝てしまった。まったく助手席で寝るなんて彼女に嫌われるぞなんて冗談混じりに思いつつコンビニにたどり着く。
空気が澄んで雲一つない夜空を見上げる。この子くらいの時は俺もこの瞬間は冒険していた。冒険心を無くすなんて勇者失格だな。そう思いながら酒ではなくサイダーを買う。これはふっかつのくすりだ!これで冒険を再開しよう!なんて思いながら。