「風が運ぶもの」
今日は雨の中の出勤。上司に腹を立てつつ家を飛び出す。遅刻しつつもなんとか会社についていつも通りに仕事をする。朝から叱られるなんて私の気持ちは地の底だ。
子供の頃は台風が近くなると嬉しくなったことを思い出す。明日休校にならないかなぁと何度も思った。そのくせ学校があると文句を言いつつも笑顔でずぶ濡れで帰ってきたっけ。
少し暗くなった帰路につく。雨は上がっていてただ強い風だけが残っていて、今となっては傘が邪魔だ。少しでも早く帰りたいため近道の駐輪場を抜けようとする。
直後、ガタガタともの凄い音が鳴った。その音の中に私の傘が巻き込まれ、折れた音が混じっていた。風で自転車がドミノ倒しになったようだ。もう傘はどうしようもないので周りの人と協力して自転車をもとに戻す。
全て立て直し、折れた傘を抱え帰ろうとすると低い位置から声をかけられた。小学生くらいの男の子だった。
「お姉さん。僕の自転車のせいで傘壊れちゃった?」
「そんなことないよ。風のせいだよ。」
そういうと男の子はランドセルから折り畳み傘を取り出して私に押し付けた。大丈夫と言って返そうとしたら、もう既に走り出していて返すにも出来なかった。
名前などついていないかなと傘を開くと驚いた。
油性マーカーで落書きがしてあったのだ。雲の模様やドラゴンと思われるものが主でただ一言文字が書いてあった。
「空飛ぶ傘」
みた途端、頭の中が晴れるような気持ちだった。思い出したのだ。昔、風の中傘を広げるのが大好きだった。どこかへ飛んでいけそうだったから。
私自身は飛ぶことは叶わなかった。夢を見ることも忘れていた。でも、少しだけ取り戻した気がする。あの男の子のおかげだ。
もしかしたら、風があの子を運んできたのかもしれない。
そう思いながら男の子の自転車のカゴに折り畳み傘を入れた。雲の形のグミを添えて。
3/6/2025, 3:46:15 PM