「カーテン」
「もーいーよー!」
元気よく響く娘の声。家の中でかくれんぼなんて、いつも隠れる場所は決まってる癖に。
「みーつけた。」
「もー!お母さん見つけるの早い!」
隠れていたカーテンから顔を出してくる。まるでドレスのようだ。頬を膨らまして怒る娘。
あぁ。間違えなく貴方は天使なのだ。
「青く深く」
「世界で一番好まれている色は青なんだってさ。何でだと思う?」
「えー。分かんないな。空とか海とかが青だから親近感というか、そういうのが湧くんじゃない?」
「でも、今はどっちも茶色いよ?みんなの大好きな青はもうないよ?」
葵は突然クイズのようなものを尋ねたと思ったら高校生としては一丁前に地球の環境問題について訴えかけてきた。特に深い意味はない。私達にとっては雑談に過ぎない話だ。
「私達のも無くなるよ?」
「私達の?」
「うん。」
私達のってなんだろう。葵はいつも大切な部分だけ言ってくれない。私達の…。そういえばさっきまで私達、青春してるねなんて会話していたっけ。
きこうと思ったけどやめた。だってこの会話には特にそんな意味はない。深い意味なんて込められてない。青春が無くなろうとどうってことない。だって私達どうせ明日には別れるから。葵が引っ越すから。
青春の時期が終わっても無くなっても、深い私達の絆だもん。青いまま変わらないはずだから。
最近鬱っぽいのかなんなのか、会話も文章書くのも支離滅裂になってしまって単語でしかまとめられない。挨拶ですらうまく出来る自信がない。今文章書くのも何度も誤字をして何度もやり直してようやく書いてるから時間がかかりすぎる。落ち込んだ気持ちを抑えるための自分を傷付ける前の防波堤だったはずなのに今じゃもう書くことでもっと落ち込む。
毎朝頭痛で気持ち悪いし、何を食べても吐きそうになる。病院にいかないとまずいなとは思うけど相談できる相手なんかいないし。せめて文章だけでもいつも通り書ければいいのにな。
「もしも君が」
視界が揺らぐ。世界がモザイクがかる。現実感が消える。酷い幻覚が今日も私を襲う。
そんな時私は鏡をみる。そこだけくっきり世界が見えるから。
そこには私じゃない美女が映るから。
小学生の頃、私はクラスの男子にブスだと悪口を叩かれた。親からもウチの娘はむすったくれた表情ばっかしてるもんで。なんて何度も人前で言われた。私は不細工だと認識するのは遅くはなかった。寝る前はよく鏡を見ては落ち込んでいたものだ。
中学生くらいになると思春期で顔にニキビがたくさん出来て、もっと不細工になった私の顔。醜くて醜くて整形したいなんて言おうもんなら思春期なんだからと片付けられる。これは思春期以前の問題にも関わらず。
だんだんと人前に出るのが怖くなり、自然と不登校になっていた。精神が不安定になっていき、幻覚や幻聴が起こるようになった。精神科に行き、薬を貰ったが私は一切飲まなかった。
だって鏡を見ればそこにはくっきりと美女が映っているから。それは私だから。鏡だから。だから、何よりもの精神安定剤なの。これさえあれば私は生きていられるから。
幻覚が終わっていく。現実に戻っていく。そこにはいつのも不細工な私。本当は知ってる。あれも幻覚の一部だって。
ねぇ。もしも、もしも君がさ。私の鏡から出ていっちゃったら私、どうやってこの不細工な私から逃れればいいの?
「美琴!また鏡なんてものに縋るんじゃない!…こんなものっ!」
いつの間にか私の前にはお母さんがいて、その前には鏡の破片が転がっている。君が消えた。
…何言ってるんだろう。私。君なんて居ないよね。
だってそれは私だもんね。
私が割られた。じゃあもうこれは現実じゃないんだ。死んだんだ。私。
もしも君が私だったらなんて何処でそんなこと思ったんだろう。
「雨上がり」
雨が上がった。雲の隙間から青空が覗き、地面が水の反射できらきら光る。
あぁ。なんで雨なんか上がってしまったの。私が惨めに見えるじゃない。
仕事帰りだった。私の仕事は研究職で宇宙の研究をしていた。でも、ついさっき辞めた。私の研究テーマはとことん否定された。でも、最初のうちなんて否定されるのは当たり前だし、気にしないようにして研究を進めた。そして気づいたんだ。無謀なことだったことに。
否定の言葉が頭をよぎる。
「そんな研究うまくいくわけがない。」
実際そうだったんだ。ずっと周りの人間はおかしい。私が正しいと思っていた。ただの勘違いだった。
研究所を辞めてきて、外に出ると雨が降っていた。私の心のようとはまさにこの事で、傘もささずずぶ濡れで帰った。好都合だ。だって、泣いてることが雨でわからないから。
天気は、世間は前に進もうと輝いているのに私は進んでいない。世界に取り残されてしまった。
ふらふらと歩いているとちゃぽ。と足元で音がなった。どうやら水たまりに引っかかってしまったらしい。最悪だ。と足元を見ると、
宇宙が広がっていた。
嘘だと思った。ただの幻覚なんだと。でも引き寄せられてしまった。水たまりを1人、じーっと眺めた。そこには私はいっさい写っておらず、だだ星空が反射しているのみ。夜でも無いのに。
空を見上げた。青い青い何処までも広がる空だった。水たまりはどす黒い私の感情を混ぜたような色なのに。
足がひんやりとしたので自分の靴を見ると、私の足は宇宙に侵食されていた。どんどん広がる宇宙。私の足にされもどす黒く広がっていた。
怖かった。今まで溶け入るように見つめていた水たまりから離れ、必死に遠くへ走った。
気づけばまた雨が降り出した。足元の宇宙はだんだん溶け落ちていく。足が軽くなる。雨のおかげで私は宇宙に取り込まれずに済んだ。
もしかしたら雨は、世間は私の涙も失敗も全部隠して洗い落としてくれる存在なのかもしれない。いい意味でも、悪い意味でも。でも世間に取り残された水たまりたちはただただ私を引き摺り込む。取り残そうとする。
どちらも同じ存在で変わりないはずなのに。寧ろ雨上がりの方が進み出すイメージが強いのに。
雨上がりという爽快な存在は陥った私の敵なのかもしれない。