こし

Open App
3/7/2024, 2:23:09 PM

月夜の晩は神秘的な力に満ちている。
月は明るいのに夜だから隅々まで光が届かない。でも、柔らかく全てをぼんやりと照らしてくれる。
不思議と現実が混ざり合って、境界が曖昧で、そこかしこに秘密が隠れている。
幾千年も昔からこんな夜があって、その間生まれた秘密たちが積み重なって、神秘になっていったんじゃないかな。

月の光は変わらない。
卑弥呼も清少納言も北条政子も和宮も同じ月夜を過ごしたんだろう。
きっと彼女たちの秘密も、この神秘的な力の源になっているはず。
わたしの秘密もどうかその力の一部として溶けてくれますように。
そして何千年後かの誰かの秘密をそっと包み隠してくれますように。

2/22/2024, 12:21:24 PM

あなたは苛烈な人だった。
どこにいってもその場の中心人物となり、あなたの態度一つで周りは振り回され、言葉一つで周りは萎縮する。
全ての人間関係を焼き尽くし、否応なしに従わせてしまう。
まるで太陽のようだった。
もちろん批判も糾弾も数えきれないほど浴びただろう。
けれど、いつのまにかそれらは下火になり、最後にはあなたの強さだけが残ってしまう。

私はそんなあなたの近くで、まるで太陽フレアのような爆発を浴び続けすっかり弱ってしまった。
だから、もうあなたから離れることにする。
太陽の光を浴び続け、そこで生活することに慣れた私がどれくらい離れて生きられるかはわからない。
それでも、私が燃え尽きる前に、私の輪郭を取り戻すために。
一人でこの世界を生きていくことにするよ。

2/13/2024, 9:10:00 AM

明日私の息子はこの家を出て行く。
自分のやりたいことをやり続けるために、もっと高いレベルでやるために、遠い異国の地へ旅立つのだ。

息子には小さい頃から伝えたいことがたくさんあった。
それは洋服の着方だったり、お箸の使い方であったり、あいさつの仕方だったり。
はたまた、気分が落ち込んだ時の乗り越え方だったり、思考が堂々巡りをしている時の視野の広げ方だったり。
それから、掛け算の仕方やどうして大政奉還が行われたのかだったりもした。
そしてそれ以上に、私がどれだけあなたを愛しているのかをたくさんたくさん伝えてきたつもりだ。

でも、私たち家族に悲しい出来事が起こって、私はあなたに何かを伝える力が薄れてしまった。
それどころかあなたを傷つける言葉を伝えてしまった。
そこから今まで積み上げてきたものが、愛情だったり、生き抜く知恵だったり、が根底から壊れてしまって私の言葉はあなたに伝わらなくなってしまった。
悲しく、もどかしい日々が続く中でいつのまにかあなたは、自分の力で立ち直って生き抜く力を手に入れていた。
子どもは親の想像を超える、とは昔から言われていることだけれど、実際自分の身に起こると本当に奇跡の様だと思う。
そんなあなたを誇りに思う。

そんな息子が今日旅立つ。
あんなに小さかったあなたは、自分の力で世界の様々なことを習得していた。
私があなたに伝えられることはもう何もないのだろうか。

「お母さん、あなたがいつもおかえりといってらっしゃいを言ってくれるから俺は安心してどこにでも行けるんだよ」

そうか。
私が息子に伝えられることはまだあった。
いってらっしゃいとおかえりを伝え続けるよ。
あなたがこの世界を軽やかに過ごせるよう祈りを込めて。 

2/9/2024, 1:56:57 PM

小学生の頃花束をもらったことがある。ピアノの発表会で両親から花束を贈られたのだ。
小さな教室の発表会だから、観客は家族がほとんどだった。
それでも、幼い私にとって花束をもらうなんて初めてのことである。
自分が大層立派なことを成し遂げた気がして、とても誇らしかったのを覚えている。
その当時大好きだったピンク色を中心とした花束は華やかで甘い香りがして、家に帰るまでずっと腕に抱えていた。

もう一度花束を抱えたのは高校生の頃、入院した祖母のお見舞いの時だった
自宅で転んで、骨折してしまい緊急の入院だった。
母親と一緒に花屋へ行き、祖母が好きな黄色の花を中心に花束をつくってもらった。
ガーベラを中心に香りの弱いものを選んで、少しでも明るい気持ちになってくれたらと考えながら病院まで抱えた日。
病院のベッドに居る祖母はひとまわり小さくなったような気がして、この祖母を回復させることがはたして花束にできるのだろうかとひどく不安になったものだった。

そして、今大人になった私は自分のために花束を買っている。
その日の気分に合わせて、水色だったり緑色だったり、はたまた紫色だったりする花束たち。
小学生の頃のような誇らしい気持ちや、高校生の頃の不安な気持ちは芽生えないけれど、花束を抱えた時は穏やかで、心が温かくなる。
そうして、自宅で花瓶に生けられた花束を見て明日の英気を養うのだ。

2/4/2024, 2:05:13 PM

付き合ったのはたまたまだった。
親友に彼氏ができて、その彼氏の友達と私と四人で遊びに行くことになった。
「まだ二人で遊びに行くのは恥ずかしいからついてきて」って言うから、しぶしぶ出かけた地元のイオン。
わざとはぐれてあげて、二人きりになった時結構会話が弾んで楽しかったから、「俺らも付き合ってみる?」って。
それがきっかけ。
だから別に好きになってとかじゃない。
うちらも付き合ったらいい具合におさまるかな、みたいな思惑もあった。
でも、共通の趣味もあるし、喋るのは楽しい。
友達の延長みたいな付き合いだと思ってた。
今日kissするまでは。

一緒に帰った日はいつも私の家の近くの公園まで送ってくれて、そこのベンチでお喋りしてからバイバイするのが恒例だった。
今日もベンチで喋ってたら、いきなり彼から
「kissしていい?」
って言われて少しドキッとした。
でも、付き合ってるし、親友がキスしたのは聞いてたからうちらもいよいよかと思った。
「いいよ」
そっと言ってチラッと顔を見た。
いつもと違う表情だった。
びっくりしたような、困ったようなでも、嬉しさも滲んでいるような。そんな表情。
その後、顔が赤くなって、口も目も一回ぎゅっと閉じて。
それは一瞬で終わって、目だけ開けたと同時に私の両手を上から握って
「ありがと」
少し目を伏せたまま小さな声で言ってくれた。
その時点で私の心臓はギュッと一回り小さくなった気がした。
小さいまま、いつもより速く動くから呼吸が上手くできなくなって、握られた手も少し震えたと思う。
顔も上げられなくなってうつむいてしまった。

「じゃあ、するね」
そう言うからゆっくり顔を上げて、彼の顔を見つめて、顔が近づいてくるのを目で追ってた。
目の色が茶色い、まつ毛が結構長い。
唇少しカサついてる……
それを認識した途端耐えられなくなって、両目をギュッとつむった。

ふにっと唇に何か柔らかいものが当たった。
と同時に自分の顔のとても近くに熱を感じた。
何秒かは数えてないからわからない。
呼吸も止めてたのか鼻でやってたのかわからない。
でも息が苦しくなる前に離れて、握られてた両手がゆっくりとはずれて、つむっていた両目をあけた。

顔が見られない。頭の中が彼の初めて見た顔のパーツと柔らかい唇に支配されている。
それと、小さくなった心臓の動きと、酸素を求める肺に耐えられない。思い切り立ち上がった後、
「またね、バイバイ」

結局顔を見れずに走って帰ってきてしまった。
家に帰って鏡をみたら真っ赤で、息が荒くハアハアしていた。
こんな顔見せなくてよかった。
幻滅されたら辛い。
その時、スマホがふるえてLINEをしらせる。

〝ごめん、嫌だった?〟
〝俺はすごくドキドキしたけど、嬉しかった〟
〝キスしたらもっと好きになった〟

膝から崩れ落ちるかと思った。
そこで気づいた。
好きになってるって。
kissで気づくなんて、直接的すぎて恥ずかしいけど。

〝唇かさついててごめん〟
〝次までに治しとく〟

次があるんだ。
再び彼のカサついた唇が思い出させる。
頭の中がいっぱいになる前に返事をしよう。
嫌じゃなくて、緊張して帰ってしまったこと、
次があるって言われて嬉しかったことも伝えよう。
その後親友にLINEしよう。
kissってすごいねって。

Next