ねこ

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9/13/2023, 5:25:38 AM

私には、しばらく会えていない友達がいた。

彼女のことは、最も気軽に話せる親友のように思っていた。



__ただし、彼女と私を繋ぐのは、インターネットの糸一本、だった。







ある日私は、大学の友人とわらびもち消費パーティーを開いていた。ちなみに、ハッピー要素はほぼない。
大学祭でかなりの量が余ったわらびもちの廃棄を避けるため、あの手この手でアレンジして食べようということで、友人の家にお邪魔していた。

実はすでに昨日も嫌というほどわらびもちを食べていたので、休憩がてら、ちょうど前から私が勧めていたゲームを友人がやり始めるという話になり、とりあえずフレンドになって遊んでいた。

あっという間に時間は過ぎ、一旦こちらは切り上げようという雰囲気になった時、あるひとつの通知が目に入った。




『Mがオンラインになりました。』











数年前、中学の友人からの勧めがきっかけで、私はとあるスマホゲームをやり始めた。
そのゲームはグラフィックや音楽の美しさがずば抜けていることで有名で、私自身最初はそういう観点から、雰囲気ゲーのようなイメージで楽しんでいた。実際、あの広告と寸分変わりないクオリティには唖然とさせられた。

しかし遊んでいくにつれて、徐々にこのゲームが持つ“目的”は別のところにあるようだと気がついた。

フレンドとの交流を促すデイリータスクや、日々増えていく感情表現用のエモート、そして複数人の協力が必須とされるイベントなど、そこに透けて見える真意はもはや火を見るより明らかだった。

そう、つまりは実質コミュニティゲームなのだ。

もちろん初期の頃は、本編を一周クリアしてからが始まりだと言えるほど衣装集めやイベントクエストが楽しく、ソロでも十分に楽しめるかのように感じていた。

しかし、ログイン回数がもうかなり少なくなった今、このゲームに残されたプレイ動機は、フレンドの存在が大半を占めていた。


Mも、その1人だった。


お互いやけに馬が合い、Mとの会話のノリや温度感は本当に心地よかった。Mがそこまで思っているかはわからないが、少なくとも私はできる限り縁を切りたくないと思っていた。


しかし、おそらく直近2ヶ月ほどはゲームのログインが合うことはなく、別途交換した連絡先にも反応は返ってこなくなった。

私はちょうどこの日そのことに気づき、終わったのか、と静かに悟っていた。
静かに溢れる感情を咀嚼することしかできなかった。
正直全部吐き出したかったが、インターネットを信じすぎるのは良くないと己を諭し、飲み込んだその時だった。

あの通知が、私の背中をぶっ叩いて、飲み込んだはずのものを全部吐き出させた。



ずっと待っていた。ずっと話したかった。
早く話がしたくて仕方がなかった。


結局のところ、この時は一旦夜に約束を取り付けて、なんとか時間を取ることに成功し、久しぶりに一緒に遊ぶことができたが、もう喜びで放心状態だった。

というか、蓋を開けてみるとどうやらチャットアプリのアカウントがログインできなくなったらしく、アカウントを一新していたらしい。

故にMの方もこちらがどうしているのかは気になっていたらしく、お互い愛半分チャットアプリ半分という形で思い合っていたようだ。




....普段こういうことを言うのは本当に嫌だが、今回ばかりは、心の底から、まるで恋をしているかのような気分だった。




























今日のテーマ「本気の恋」

9/5/2023, 3:50:26 PM

あ、やっぱりここにいた。




私の部屋の机には、友人から誕生日にもらった小さい文具棚がある。下には引き出しがあり、上はペンやはさみを斜めに収納できるようになっている。

今私は、引き出しの中の隅っこに目を向けていた。
ここには基本、ホッチキスの替え芯や消しゴムの予備、シャーペンの芯などが入っている場所だ。

その隅っこに追いやられていた私の探し物は、小指の第一関節分くらいしかない、小さな巻き貝だった。

私には昔母からもらった愛用のバッグがあるのだが、日頃あまり荷物の中身をちゃんと出したりする方ではないので、整理する時に改めてひっくり返すと溶けた飴玉から1000円札まで、結構なものが出てきたりするようなタイプの人間だった。

あの日も確か、何の気無しにバッグの中身をひっくり返していたんだと思う。
ポケット部分に雑に手を突っ込んで中を探っていた時、不意に指先が小さな固いものに触れた気がした。小さい頃、近所で見つけたお気に入りの石を持ち帰る癖があったので、多分そのうちのどれかかもしれないと思いながらもう一度触れて掴み上げると、想像とはまるで違う、綺麗なねじれが目の前に現れた。

それはもういつ拾ったのかも思い出せなかった。
ただこれは、海を目の前にしてなお砂浜の石を吟味していた幼い私が、なんかこれもきれいだなぁくらいの気持ちで鞄に突っ込んで持って帰ってきたのだろうということだけは容易に想像できた。

それからというもの、成長と共に石集めの気持ちも収まり、手持ちの石もある程度自然へ返して身軽になっていた。
けれど、未だ返さずにいる子がいた。それがまさに、この巻き貝である。
私の地元は海無し県で、隣の県を突き抜けなければ海へはたどり着けない場所だった。
だから正直、この巻き貝をどうしてあげればいいのかわからなかった。特別思い入れがあるわけでもなく、とはいえその辺にポイしてしまうのも何だか忍びなくて、気づけば今までずっと私の世界の端っこで生き続けていた。

引っ越し前に一度断捨離をしたはずなのだが、なぜかこの子は私と共にあり続ける方へと転んでいた。

とはいえ、私にとってこの子が特別である理由はやはりない。日常生活の中でこの子が頭によぎることはまずないし、捨てろと言われれば多分捨てられる。その程度の関係値だ。

じゃあなぜわざわざこうして部屋の光に晒したのかというと、「貝殻」という単語を聞いて最初に自然と思い出したのがこの子で、それは文具棚の引き出しの中に入っているというところまで簡単に思い出すことができて、何となく久しぶりに見たいと思ったからだ。

こうして改めて考えてみると、これはとても不思議なことだと思う。特段大事にしているわけでもなく、明らかに適当に仕舞われていたはずなのに、なぜかそれはそこに居るという確信が私にはあった。


どうやら長年の付き合いによる勘というのは、人間に対しても貝殻に対しても、そんなに大差ないらしい。



















貝殻ひとつ、されどそこに居る。














今日のテーマ「貝殻」

9/4/2023, 11:27:25 PM

3日ぶりに早朝のゴミ出しをした。

玄関のドアを開けた瞬間、凛とした涼しい空気が皮膚の上を撫でて、夏の湿度に抱かれっぱでいた私の首元から汗を奪っていった。

昨夜、意味もなく人生初のオールを決めたこの部屋の空気は、いつのまにか秋めいた外界の季節から置いて行かれていたらしい。

しかし、徹夜の眠気と気怠さの狭間では身なりを整える気力など起きず、寝巻きのまま外へ出たため、まるで悪事でも働いているかのようにそそくさと早足でゴミを放り投げて部屋へ戻った。

中に入ってすぐ目に入ったのは、昨晩久しぶりに懸命に片付けた結果、そこそこな量になった可燃ごみとプラごみの袋の山。
こちらはまだ収集日が先なので、しばらく同居する予定だ。

次に目に入ったのは、流し台の横で雑に干されている皿たち。
朝、生ゴミを捨てに行くという目的ができてやっと洗う気になった。そもそも、今日の日付になってから初めて頑張ったことがこれだ。

おそらくもうその次あたりに目に入ったのはスマホかベッドだったと思う。そして、意味のないオールが完成した意味を再度自分に叩きつける結果となった。

正直、これを踏まえて今の自分の生活が輝いているかと問われたら、光輝くどころか何の影もないと答えるだろう。

何でこうなったのかといえば、まずこの大学のえげつなく長い夏休みに対し、周りとの人間関係が少ないことに加え、1人での過ごし方がよくわからなかったことが主な原因だろう。そしてこれは親に顔向けができない話だが、何かやりたいことをやるだけの熱意も足りなかったという追い打ちもある。
それは怠惰を招き、生活の質を落とし、スマホ中毒になり、昼夜逆転を引き起こし、部屋の状況も家主の状況もボロボロにした。

そんな状況の中から何かひとつでも自分のためにしてあげられることはないかと、昨日少しだけ躍起になって流れを断ち切り、片付け大戦争を勃発させた。

髪の毛が落ちた床やカーペット、ベッドのシーツに布団カバー、物をかき分けないと使えない机、タンスの中等、片っ端から全部ひっくり返して掃除した。さっき皿を洗うことができたのもこの流れのおかげだ。

なのに結局またスマホに舞い戻っているのでは昨日のことがパァじゃないかと、少々がっくりしていた。

























その後シャワーを浴びた私は、ひとり暮らし以降初めて綺麗に畳まれて用意された着替えを見て、でもやっぱり人生ってこれなんだろうなと感じたのだった。






今日のテーマ「きらめき」

9/2/2023, 3:46:51 PM

中学生の頃、愛してやまなかった人たちがいた。
彼らはいつも画面の中にいて、いつだって整った歌声を披露してくれて、幼い私の病み心をはんぶんもらってくれた。
そのおかげで私の命は繋がれていたと言っても過言ではなかっただろう。

それはいわゆる“推し”だった。
最近では「推し活は万病に効く」なんて言葉もたまに聞くが、当時はまさにその通りだった。

しかし、中学生時代という名の思春期を過ぎた頃、少しずつ私の熱もおさまり、だんだん彼らの声を聞くことはなくなった。

そうして月日は流れ、私は大学生になった。一人暮らしが始まり、初めてのバイトをやり始めた。
バイト先では、変に膨れ上がっていた自信がボロボロに崩れ落ちたり、上下関係の経験の無さから自分の未熟さや軽率さなどを思い知ったりしていた。
特別何かを話せる人はいないまま、静かに一喜一憂を繰り返していた。

そんなある日、私はとても自信を失っていた。
理由は単純で、前回のシフトの時、帰省から帰った後の自分の仕事がまるで目も当てられないほど退化していたからだ。
この日は流石にメモを読み直してから行ったので、二の舞RTAだけは避けられた。
だが、この後休みを挟んでまた同じことをやったらそれこそクビになるかもしれないので、仕事中殆ど仕事のことを考えていた。まあ文字に起こすと当たり前だが...。

そうこうしていると、人の流れが少しずつ落ち着いてきた。するとどうやら、バイトの先輩たちが好きなアーティストのライブの話をしているのが耳に入った。それぞれ好きな人は違うようだったが、片方の先輩が発していた単語はやけに聞き覚えがあった。

______わ。

私はその時、ゆるやかに心の温度が上がっていくのを感じた。
実はこの時期、己のあまりのコミュ障度合いに心が折れて、バイト先での人間関係は半ば諦めかけていたところだった。

そんな私の耳の中に転がってきた言葉は、あの頃死ぬほど好きだった彼らを指す名前。

その後はちょうどその先輩と2人になるタイミングがあった。しれっとスマホのロック画面も盗み見ることにも成功し、私は完全に外堀を埋めることができた。
最初は雑談から入り、共通のゲームの話題になり、会話の流れが完璧にお膳立てされた状態が来て、私はいった。





「あの、先輩ってもしかして_____」






あの日の彼らが、数年の時を超えて、また私の心に火を灯してくれたのだった。












今日のテーマ「心の灯火」

9/1/2023, 11:55:33 AM

ピロン

大学の夏休みも中盤にさしかかった夜、私はひとり部屋でスマホをいじっていた。私は殆どの時間をこうして過ごしていたため、その音がいつ鳴ろうと瞬時に確認できる状態だった。

もしこの通知音になんの心当たりもなかったら、きっと音が響くと同時に通知の文章に目を通していたことだろう。

けれど今の私には、心当たりしなかった。

というのも、それは引き受けた仕事の納期を守れていなかったことだ。現在進行形で。

この通知は、おそらくこの仕事___サークルでの出し物で使うビジュアルのデザイン___を振ってくれた企画責任者、”Aちゃん”たちからのLINEだろう。

これは先人からの受け売りだが、『期日を守ることは信頼と同値であり、それを破ることは信用を失うことと同意義である。』

なぜ私は今も通知に目を伏せながら、元からありもしない信頼を削り捨てて、部屋の床に這いつくばっているのだろうか。

なんてわざとらしく問いかけるが、おそらく答えはもう自分の中に最初からある。

正直本当は今すぐLINEを返せば事態は前に進むし、今以上に以上悪くはならないだろう。それなのにできないのはなぜか。

一から話せば長くなるが、手短にまとめよう。
要は、先延ばし癖とコミュニケーションへの自信喪失から、本来作る役目だったものを期限内に提出できず、とはいえそれは“Fちゃん”のデザインで統一するという話なので勝手にどこまで手を出していいのか不安になり、どう言えばいいのかわからないまま、連絡もできず面目と自信がなくなった状態で彷徨っているのだ。

商品のデザインや店の看板の話が宙に浮いたまま会話がストップしてしまい、その後なんて返せばいいのかわからなくなってしまった。

とりあえず、まずはLINEを開くところから始めようと思う。不安になりすぎて変な緊張と冷や汗と動悸がすごいが、きっと話せば案外大丈夫ってもんなのだろう。









今日のテーマ「開けないLINE」

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