あ、やっぱりここにいた。
私の部屋の机には、友人から誕生日にもらった小さい文具棚がある。下には引き出しがあり、上はペンやはさみを斜めに収納できるようになっている。
今私は、引き出しの中の隅っこに目を向けていた。
ここには基本、ホッチキスの替え芯や消しゴムの予備、シャーペンの芯などが入っている場所だ。
その隅っこに追いやられていた私の探し物は、小指の第一関節分くらいしかない、小さな巻き貝だった。
私には昔母からもらった愛用のバッグがあるのだが、日頃あまり荷物の中身をちゃんと出したりする方ではないので、整理する時に改めてひっくり返すと溶けた飴玉から1000円札まで、結構なものが出てきたりするようなタイプの人間だった。
あの日も確か、何の気無しにバッグの中身をひっくり返していたんだと思う。
ポケット部分に雑に手を突っ込んで中を探っていた時、不意に指先が小さな固いものに触れた気がした。小さい頃、近所で見つけたお気に入りの石を持ち帰る癖があったので、多分そのうちのどれかかもしれないと思いながらもう一度触れて掴み上げると、想像とはまるで違う、綺麗なねじれが目の前に現れた。
それはもういつ拾ったのかも思い出せなかった。
ただこれは、海を目の前にしてなお砂浜の石を吟味していた幼い私が、なんかこれもきれいだなぁくらいの気持ちで鞄に突っ込んで持って帰ってきたのだろうということだけは容易に想像できた。
それからというもの、成長と共に石集めの気持ちも収まり、手持ちの石もある程度自然へ返して身軽になっていた。
けれど、未だ返さずにいる子がいた。それがまさに、この巻き貝である。
私の地元は海無し県で、隣の県を突き抜けなければ海へはたどり着けない場所だった。
だから正直、この巻き貝をどうしてあげればいいのかわからなかった。特別思い入れがあるわけでもなく、とはいえその辺にポイしてしまうのも何だか忍びなくて、気づけば今までずっと私の世界の端っこで生き続けていた。
引っ越し前に一度断捨離をしたはずなのだが、なぜかこの子は私と共にあり続ける方へと転んでいた。
とはいえ、私にとってこの子が特別である理由はやはりない。日常生活の中でこの子が頭によぎることはまずないし、捨てろと言われれば多分捨てられる。その程度の関係値だ。
じゃあなぜわざわざこうして部屋の光に晒したのかというと、「貝殻」という単語を聞いて最初に自然と思い出したのがこの子で、それは文具棚の引き出しの中に入っているというところまで簡単に思い出すことができて、何となく久しぶりに見たいと思ったからだ。
こうして改めて考えてみると、これはとても不思議なことだと思う。特段大事にしているわけでもなく、明らかに適当に仕舞われていたはずなのに、なぜかそれはそこに居るという確信が私にはあった。
どうやら長年の付き合いによる勘というのは、人間に対しても貝殻に対しても、そんなに大差ないらしい。
貝殻ひとつ、されどそこに居る。
今日のテーマ「貝殻」
9/5/2023, 3:50:26 PM