君と最後に会った日から何も変わらない。
息苦しさで心臓が止まることもなければ
悲しみで涙が止まらないこともなかった。
おまけに、君を追うことなどは考えもしなかった。
世界は丸いから端で泣く人はいないが、
それは主役で溢れているということだ。
そんな中で俺が目立って人気者になってとか、
もう子供じゃないから考えない。
「そんなの当たり前でしょう。
没個性な奴を認めてくれる人などはいなくて、
結局みんな自分が一番大事で、
心からの称賛も拍手もお世辞に聞こえる。
他人の腕毛を勝手に見て気持ち悪がっても、
自分の汚物からは目を背けるもんだろ。
そうやってお綺麗な自分様に浸ってるのは
まあ良くはないけど、生き易いよ。」
君の言葉は、やっぱり厳しい。
「お前が生きようが死のうが関係ない奴なんか
この世に腐るほどいるぞ。
飛び降りて死んだら、腹立つ奴がいる。
迷惑だと思う奴がいる。
でもそんな奴らよりもっとずっと多くの人間は
お前のことを知ることもないし腹も立たない。
あるだろ。身内が死んで、ああ悲しいってなっても
テレビでは有名人しか取り上げられないこと。
当たり前だけど腹が立つだろ。
こそこそ卑屈なことしてるやつじゃなくて
何より大切で優しかった奴が人庇って死んだとか、
人生不平等だって嘆きたくなるだろ。
でもそれもやっぱり、お前以外のやつにとって
そいつはどうでも良くて何も知らなくて、
窒素みたいなもんなんだよ。」
そうだな。
君も、俺も。
ありふれてて訳わかんなくて、
一個消えても平気な存在なんだろう。
君は特別でありたい?
世界が滅ぶほど強い力を持つ存在でありたい?
「別に。
今までのは他人の話だからな。
お生憎、自分が幸せならそれで良いんだ」
…はは、お前らしい。
強さも賢さも優しさも、全て君から享受した。
心からの笑顔、怒り方に泣き方まで、何もかも。
でもまだ足りない。
知恵が欲しい。
君を笑顔にできる術が欲しい。
弱々しく明らかな嘘を並べる君に贈る言葉が欲しい。
どこまでも醜い己が嫌いだ。
衝動に駆られない己の手が、憎い。
物じゃないなら何を与えれば良い?
命令を無視してまで優先すべきなのは何だ?
焦がれる胸の痛みが燻ったならどう止める?
古傷の痛みを飲み込んだ先に何が待つ?
君が死んだら、次はどうしたらいい?
俺に生きる価値が無かったら、何もかも無駄なら
君は、俺はどうすれば良い?
どうしたら良い。
答えは見つからない。
ただ闇雲に走り続ける。
君もこんな気持ちだっただろうか。
沸々と湧き上がるのは怒りだ。
俺をこんなにしやがった。
中途半端にほっぽり出した。
脳天気に笑われた。
一番必要な時、すぐそばにいてくれなかった。
冗談のような夢を笑わなかった。
そうやって俺を馬鹿にした。
何もかも煙に巻いて、掻き消えた。
こんな気持ちを抱かせた。
嫌いだ。
大嫌いだ。
君がいたから見れた夢も願いも、
所詮ただの綺麗事だったのに。
好きだ。
大好きだ。
君がいたから叶ったこと、助けられたこと
全て素直に受け止めるべきだったのに。
逃避行なんて僕らしくもない。
霞む視界と肩の温かな重みに脳を揺らしながら
そう思った。
世界の果てまで一緒にいられると思った。
救えない終わりも、君なら全部美しかった。
悲劇的な恋も、残酷で醜い嫉妬心も、
君には何1つ無いように見えた。
僕の神様だった。
君の1番になりたかった。
タッチダウンの差とか、魅力的な口説き文句とか、
そういうものじゃないと思う。
きっと必然的に僕は選ばれなくって、
顔も性格も知らない奴に向かって伸びた赤い糸は
切っても切れないほど硬い。
運命とはそういうものなんだろう。
それでも、それでも。
この歪み切った心が君に悟られなくて良かった。
君が君じゃなくならなくてよかった。
君以外のものにならなくてよかった。
純真な心のまま死にゆく、
その美しい姿を傍で見れてとても良かった。
車窓から見える夕焼けは海月のように
たくさんの色を含んでいて、君の肌に虹色を映した。
ぐらぐらして不安定に揺れる君の首を
そっと触って、僕の方に傾ける。
もう2度と離さないように。
凍えても。
燃え尽きても。
彷徨っても。
溶けても。
また同じ棺で、咲き誇る沈丁花を
胸いっぱいに抱えながらみずみずしい香りと
君の瞳に心躍らせ、見つめ合えるように。
君の笑顔にどれほど救われたか、
愛が伝わるように丁寧に言葉を紡げるように。
そうして君と、骨になるまで傍にいられるように。
たくましい君が好きだった。
いつだって僕の前を歩く君。
半分こでは多い方をくれる君。
行列はいつも僕に前を譲る君。
何にも怯まず、僕を守ってくれる君。
大口を開けて笑う、豪快な君。
そんな君が戦争に行って、ようやく帰ってきた。
背中には浴びたように銃痕が残っていて、
燦燦と降り注ぐ太陽に照らされた君の顔は
より青白く、くすんで見えた。
辛かったのかな。
怖かったのかな。
逃げたいと思ったのかな。
懐かしさで死にそうになっただろうか?
温かい布団。
みんなと過ごした狭い畳。
代々使い古された二輪車。
どれも当たっていそうで、当たっていなそうで。
君は死に際、何を思ったんだろう。
いつまでも続くはずだった。
いつまでも続いてほしかった。
濃緑の軍服は擦れ、錆びている。
綺麗だったあの眼差しは、もう見れない。
それでも、進まなければ。
響くケロイドは、君の証だ。
戦争を生き抜いた、僕のタトゥーだ。
今世の別れなんて、もう味わいたくない。
声が出ない。
いつも、声が出ない。
優しいあの子に言いたいこと。
棚越しに目が合えば、ふっと微笑むところが好き。
黒板を見る時、目がきゅっと細くなるのが好き。
大きく伸びをする時に出る声が好き。
笑った時のくしゃっとした顔が好き。
全部言いたい。
数学の問題はわかんないけど、
君を記述する国語の問題ならいくらでも解ける。
それなのに、言えないんだ。
溢れた気持ちはくしゃくしゃの塊になって
苦しい僕はごく、と飲み込んでしまう。
そんな僕にも春は来るのか。
きっとそうであるって信じたい。
今はまだ、散った桜の上を歩いてる。
いつか僕もその道を抜けて、
大きな声で君を呼びたい。
叫びたいんだ。
君への愛を、僕が出せるとびきりの声で。