Theme:忘れたくても忘れられない
※ 鬱病などメンタル疾患を治療中の方は、閲覧をお控えください ※
ものを覚えることは努力すればできるのに、忘れることはできないのは何故なんだろう。
立ち直ろう、新しい人生を歩もうと何度決意しても、忘れたい記憶は不意に顔を出す。
数年前、私は鬱病を患い、それまで10年以上勤めてきた会社を退職した。
半年程療養し、2年ほど就労移行支援(※1)センターに通い、ようやく世間では大企業と言われる会社の特例子会社(※2)に就職が決まった。
治療を続けながら自分と向き合う日々は、本当に辛かった。泣き明かした夜もあれば、部屋の家具を叩き壊したこともあった。
でも、それを乗り越えて再就職が決まったときには、これで全て終わったと思った。
私は新しい人生を生きる。そのスタートを切ったと思った。
しかし、現実はそんなに甘くなかった。
忘れたくても忘れられない過去がどこまでも追いかけてくる。
「昔はこの程度の仕事、難なくできたのに」
「どうして頑張ってはいけないの?私はずっとそうやって生きてきたのに」
「あの人が言ったように、私は使えない人間なんだ」
友人や家族は私が新しい人生を歩み出したことを祝福してくれる。
でも、その道は常に過去がついて回る茨の道だ。そんなことを考えるの贅沢なのだろうし、理解が得られるとも思えない。だから、私はなにも言えない。
忘れたいのに忘れられない記憶。恐らく、生涯消えることはないのだろう。
この記憶を昇華できる日はいつか来るのだろうか。
私が自分に誇りをもって、過去のことも語れる日は来るのだろうか。
※1 就労移行支援:障害者への職業訓練制度(鬱病は精神障害として扱われる)
※2 特例子会社:障害者の雇用において特別の配慮をする子会社
Theme:鋭い眼差し
狙撃の腕を買われて軍に入隊した俺の指導をしてくれることになったのは、軍内でも特に優秀なエーススナイパーの先輩だった。
話を聞いたときはどんな恐ろしい人物だろうと不安に思っていたが、実際に会ってみると明るい笑顔が印象的な優しい先輩だった。
「よろしく。早く一人前になって、俺を楽させてくれよ」と手を差し出してくれたことは今でも覚えている。
彼は面倒見がよく、いろいろなことを教えてくれた。休みには飲みに連れていってくれることもあった。
そんな彼は、一度戦場に出てライフルのスコープを覗き込むと表情が変わる。
獲物を狙う鷹のような鋭い眼差し。
最初の頃は非情さを秘めたその迫力に思わず気圧されてしまったが、慣れるにつれて彼のその眼差しが頼もしく思えた。
やがて、俺が一人前になって準エースと呼ばれるようになる頃、彼は突然姿を消した。
上官の話では、彼は敵軍に寝返ったという。
そして今、俺が覗いているスコープには彼の姿を捉えている。
俺も、今は彼のような鋭い眼差しをしているのだろうか。
そんなことをふと考えながら、トリガーを引いた。
Theme:高く高く
「自分の周りに壁を造っているんじゃない?」
唯一の親友から言われてドキリとした。流石、彼女の観察眼は鋭い。
自分で言うのも何だが、私は社交的で周囲に気を配るのが得意な方だ。
プライベートでも職場でも友人と呼んで差し支えない関係の人はたくさんいるし、周囲の人や雰囲気の変化にも敏感だ。
「新しいアクセサリー、可愛いね!」
「勘違いだったらごめんなさい。何か元気ないように見えたから…」
「会議も随分長くなってますし、一旦休憩しませんか?一息入れましょうよ!」
そんな私を慕ってくれる人はたくさんいる。
だけど、私は彼らに心を開いてはいない。友人以上の間柄には決して踏み込まないし踏み込ませない。
だって、信頼していた相手に裏切られるなんて経験は、もう二度としたくないから。
だから、高く高く、自分の周囲に壁を築いている。表向きの「社交性」という壁を。
唯一の親友は言う。
「人に裏切られるのは辛いよね。私はあなたの辛さを100%知ってる訳じゃないから軽々しく言うことじゃないかもしれないけど。でも、人といるときにはずっと高い壁を造っているって、疲れちゃうんじゃない?」
確かに彼女の言うとおりだ。私は彼女といるときか一人でいるときしか安心できない。
「月並みだけど『時間が癒せない傷はない』って言うし、辛さが癒えたら、壁を高くすることじゃなくて、少し低くすることに挑戦してみてもいいんじゃないかな」
今はまだ彼女の言葉に素直に頷くことは出来そうにない。
でもそのときが来たら、高く高く築いた壁を少し解体できたらいいなと思う。
Theme:放課後
次は私の番ですね。
では、小学生の頃の話をします。
放課後になると、私たち、A子、B美、それから唯一の男子のT男の4人は学校の怖い噂を検証していました。こっくりさん、理科室の人体模型、美術室の呪われた絵画…いろんな噂を検証していました。まあ、その中には本物はなかったんですけどね。
その日の放課後、私たちは「トイレの花子さん」の検証をしていました。いろんなパターンがあるそうですが、私の学校ではトイレに入って3回「花子さん、花子さん、いらっしゃいますか?」と尋ねます。誰もいないはずなのに「は~い」と返事が返って来て「遊びましょう」と提案してくるそうです。その提案を承諾しても断ってもどうなるか、話は一切伝わっていませんでした。それが余計に私たちを余計に燃え上がらせました。
まずはA子がトイレに入り、「花子さん、花子さん、いらっしゃいますか?」と尋ねました。返事はなかったそうです。次にB美がトイレに入りました。やがて何もなかったのか残念そうに出てきました。次にB美と交代してT男がトイレに入りました。出てきたときには青白く、怯えたような表情をしていました。「T男!花子さんの返事、聞こえた?」とA子が尋ねると、「声、返ってきた……」と真っ青な顔で答えてそのまま走って行ってしまいました。私たちは慌てて彼のあとを追いかけます。校門のところで追いついたので、私は彼に話かけましたが反応はありません。でもそこで見てしまったのです。彼の背後に、おかっぱの女の子が立っていたのを……。
結局、その日はそのまま解散しましたが、翌日から彼は学校に来なくなりました。そして数日後、A子の机に「花子さんに殺される」と書かれた手紙が届きました。私たちは怖くなって何も聞けませんでしたが、その数日後にはA子も学校に来なくなってしまいました。
T男の行方は結局分かりませんでした。今でも時々思い出しますね。あの時に見た女の子っていったい何だったんだろうと。花子さんだったのか、それとも別の何かだったのか…。
オチの無い話ですみません。
では、次の方お願いします。
Theme:カーテン
通勤中、いつも気になる家がある。
一見、なんの変哲もない一軒家だが、道路から見える小窓はいつもカーテンが閉まっている。
何か事件があったか、それとも特別な事情があるのか。
気になりつつも、そのまま通り過ぎる日々が続いていた。
そんな時、友人から面白い話を聞いた。
「ねえねえ、知ってる?あの家に住んでいる人って、魔女らしいよ」
最初はただの噂話だと思った。でも、気になって仕方がなかったため調査することにした。まず、あの家に誰か済んでいるのかどうか。そして、“魔女”とは何なのか。
近所の人に話を聞くが芳しい成果は得られなかった。
そんなある日、私は偶然あの家の敷地に入っていく人の姿を目撃した。
一瞬だったが間違いないだろうと思いそのまま尾行する。
すると、その人はポストに手紙を入れた後、そのままどこかへ行ってしまった。
俺は気になってそっとポストを覗いてみた。手紙を取り出すと開いてみる。
手紙には一言「○○を呪ってほしい」と書いてあった。
見てはいけないものを見てもらったような気がして、俺は慌てて手紙を元に戻した。
それから、それとなくその家を観察していたが、やはりなんの変化もなかった。
所詮、噂話か。
踵を返そうとしたとき、俺は気づいてしまった。
カーテンの隙間から、血走った目がこちらを見ていることに。