ストック

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10/10/2023, 10:21:28 AM

Theme:涙の理由

いつからだろう。泣き虫だった貴方が涙を見せなくなった。
父である先王が崩御されたときも、剣術を習った騎士団長が戦死したときも、
貴方は僅かに俯いた後、感情の籠らない声音で淡々と次の指示を出すようになった。

貴方が幼い頃からずっと付き人兼護衛をしている私は、思いきって聞いてみた。
「泣かないんですね」と。
貴方はこちらを見ずに静かに答えた。
「我が国は戦争の只中だ。誰かのために涙するなら、戦でこの世を去ったすべての者のために涙しなければならない」と。

貴方は王として立派に育ってくれた。しかし、私は胸が締め付けられるように感じた。
正当な理由がないと、涙を流すことも出来なくなった貴方。
「私は、ずっとお側におります。貴方を置いては逝きません」
そんな言葉が、思わず口をついて出た。

「…期待している」
そう呟いた貴方の目元が僅かに濡れていたのは、気のせいだろうか。

10/8/2023, 1:30:16 PM

Theme:束の間の休息

残業の合間、先輩のお使いでコンビニに向かった。
外に出るにはちょっと寒いけど、ギスギスした雰囲気から逃がしてくれたとも言える。
「お釣りで好きなもの買ってきていいよ」って言われたし、肉まんでも買って帰ろうかな。
頼まれた皆の分のコーヒーと肉まんを買って、コンビニを出る。

会社の入り口まで戻ってくると、先輩が一服していた。
「お。おかえり。ごめんね、お使い頼んじゃって」
「いえいえ!お安い御用です」
「…今、戻ると面倒だから、もうちょっとお使いに行ってることにしとけ」
「…はい」

先輩の横にちょこんと座る。目の下に隈ができているのがわかった。
肉まんを半分にして、先輩に渡す。
「先輩、よかったらどうぞ!」
「いいのか?お前の夜食だろ?」
「もちろんです!ていうか、先輩のお金ですから!」
「じゃあ、ありがたく。いただきます」

毎日毎日忙しい日々の、束の間の休息。
いつも頼りになる先輩が美味しそうに肉まんにかぶりついている姿は、何だか微笑ましく思えた。

「先輩、いつも大変ですよね。お疲れ様です」
「どうしたんだ、急に?……でも、ありがとうな」
先輩は立ち上がると、近くの自販機でカフェオレを買って放ってくれた。
「俺はそろそろ戻るけど、もう少しゆっくりしてから戻ってこいよ」
「はい、ありがとうございます!」

先輩は後ろ手に手を振って戻っていった。
役に立てるかわからないけど、休憩時間くらい先輩を笑顔にする役に立ちたい。
そんな風に思う。

10/5/2023, 11:47:58 AM

Theme:星座

「あそこに見えるのがくじら座。そっちに見えるのがアンドロメダ座。それで、あれが魚座だよ」

秋の澄んだ夜空の下、私たちは星を見上げていた。
星が大好きな彼は、空を指差しながら説明してくれる。

熱心に説明してくれる彼には申し訳ないが、指差す先を見ても私にはただ光が無秩序に散らばっているようにしか見えない。

「アンドロメダにはこんな話があってね……」
彼の話は止まらない。熱く語る瞳は、星のようにキラキラと輝いている。

無秩序な光の群れから物語を紡げるなんて、星々を紐付けて物語を造った人はきっと彼のようにロマンチストだったんだろう。

彼は私の論理的なところをすごいと言うけれど、私は彼の豊かな感受性が羨ましい。
二人一緒なら、きっとお互いのいいところを引き出し合えるだろう。
そういえば、魚座は2匹の魚がリボンで繋がっている姿だって彼が言ってたっけ。
そんな風に私たちもずっと一緒にいられたらいいな。
柄にもなく、そんなことを思った。

10/2/2023, 11:00:58 AM

Theme:奇跡をもう一度

最初の奇跡は、お前に出会えたことだ
この広い世界でお前に出会えた。ライバルになって、いつしかかけがえのない戦友になった。
俺の背中を任せられるのは、お前しかいない。
そんなお前に出会えたことが、俺の人生で一番の奇跡だったと思う。

ただ、神様にわがままをいうなら、もう一度だけ奇跡がほしい。
孤立無援になった戦場で、俺とお前は背中合わせに剣を構えている。

神様。どうか俺たちがここで朽ち果てても、また次の世で出会わせてほしい。
もう一度だけ、そんな奇跡を願ってもいいだろうか。

10/1/2023, 3:11:19 PM

Theme:たそがれ

日が落ちて空から赤みが消えるまでの短い時間だけ、いつも同じところに佇んでいる女性がいた。
公園の時計台の前で、まるで誰かを待っているように。
いわゆる黄昏時というのだろうか。彼女がいるのはその時間帯だけだった。

そのことと関係あるのかわからないけれど、10年以上前にその公園の近くで交通事故があったと聞いた。
一人の女性が亡くなったという。事故があったのは、ちょうど黄昏時だったらしい。

ねえ。あなたは誰かを待っているの?
どれくらいの間、待っているの?
あなたは誰なの?

いつもの疑問を飲み込んだまま、今日も私は彼女が佇む公園を横切っていく。

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