Theme:別れ際に
別れ際、いつも「またね」と私は言う。
また会える保証なんてどこにもないから、その不安を和らげたくて「またね」と言う。
昔、近所で変われているゴールデンレトリバーの子犬と毎日遊ばせてもらっていた。
昨日も遊んだし、今日も遊んだ。また明日も遊ぶのだろう。
ところが、その明日が来ることはなかった。
近所の方はパピーウォーカーをしていて、いつも一緒に遊んでくれた彼女は盲導犬になるべく訓練センターへ帰っていったのだった。
今考えればその事はきっと聞いていたんだろうし、喜ばしいことだったのだけど、今日と同じ明日が続くことを信じていた幼い私にとっては、信じられない出来事だった。
それから、私は別れ際に「またね」と言うようになった。
今日と同じ明日が来る保証なんてない。
でも、それでもまた次も貴方と会えることを願うおまじない。
「バイバイ!またね!」
Theme:通り雨
雨粒が激しく全身を打つ。熱いとすら感じていたので心地よく感じる。
身体を汚した血糊を洗い流してくれるのもありがたい。
でも、こうして雨に打たれ続けていると、今度は寒くなってきた。
「寒いよな。もう少しの辛抱だから」
肩を貸している相棒に語りかける。
何を訴えたかったのか、相棒は小さく首を横に振った。
濡れた石に足を滑らせてしまい、あっと思ったときには転倒してしまっていた。
咄嗟に相棒を抱き抱える。全身に更に鈍い痛みが走った。
起き上がろうと力を込めるが、それは叶わなかった。
「ごめん。これ以上、進めそうにないや」
腕の中の相棒に話しかける。
彼は小さく微笑み返してくれた。「寒いな」と小さく呟く。
雲の様子をみるに、これは通り雨だろう。すぐにカラッと晴れるはずだ。
そう伝えたかったが、寒くて歯の根が合わない。
それに、伝えたところでもう相棒には聞こえないだろう。
そうしているうちに雨が止んで、陽の光が雲の隙間から覗き始めた。
俺の寒さも随分和らいできた。痛みも雨と一緒に引いていくようだ。
せめて、最期に一緒に陽の光を見たかったな。もう少し待っててくれればよかったのに。
そんなことを考えながら、俺は静かに目を閉じた。
Theme:秋🍁
私にとって秋と言えば、食欲の秋が恒例だった。
脂の乗った秋刀魚、種々のキノコ、味の染みたナスの揚げ浸し、ほくほくの栗ご飯…。
自然の恵みを口一杯に含んで、家族との食事を楽しんでいた。
しかし、今年の秋は違う楽しみを探すことにした。
今年から一人暮らしを始めた私だが、料理が苦手で毎年の楽しみの栗ご飯も食べれない。
かといって秋を諦めてしまうのは勿体ない。
私はリサイクルショップでデジタルカメラを買い、写真家気分で自宅の回りを撮影して歩いた。
いつもはスマホで撮っている写真も十分に綺麗だが、ファインダー越しに臨む世界はどこか特別なものに思えた。
いつも歩く道路も、公園も、建物も、なんだか別の所に見える。
満足のいく写真がたくさん撮れたあと、私は実家に電話をかけた。
芸術の秋もいいけれど、私にはやはり食欲の秋が一番のようだ。
Theme:形の無いもの
例えるなら、彼は水のような人だった。
どんな状況にもすぐに適応し、柔軟な発想で切り抜けていった。
でも、その芯は常に変わらないようにみえた。
飄々として掴み所がなく、決して心の底を見せようとしなかった。
本心を探っても指の隙間からこぼれ落ちてしまうようだった。
皆にとって、そして私にとって、彼はなくてはならない存在だった。
思いきって、私は彼に想いを伝えることにした。
しかし、いつものように飄々とかわされてしまう。
「過去の思い出なんて、形の無いものにいつまで縛られているつもりですか」
私は思わず言ってしまった。今考えると、随分と酷いことを言ってしまったと思う。
彼の古くからの友人が仄めかした、亡くなった彼の幼馴染み。
存在もしていない彼女に敗北するのが悔しかった。
彼は困ったように頭を掻くと、諭すように言った
「形が無くなってしまったからこそ、大事にしてやりたいんだ」と。
その言葉を理解するには、そのときの私は若すぎた。
時は流れて、彼のことも思い出になってしまった。
今はその言葉の意味がわかるような気がする。
大事なことは、目の前から無くなってから、形が無くなってからようやく気付くのかもしれない。
Theme:秋恋
変わりやすいものの例えとして「女心と秋の空」とは言うけれど、この秋に見つけた小さな恋は、そう簡単に色褪せそうになさそうだ。
暑さも落ち着き始めた頃、窓から見える木にスズメが巣を作り始めた。
スズメの繁殖期は春先から初夏が多いと聞いたことがあるが、この2羽は少し変わった時期にマイホームを構えることにしたようだ。
2羽は毎日せっせと巣材を運んでくる。最初は「これが巣になるんだろうか?」と思っていた木の破片が、だんだんと家の形になっていく。
時には2羽は寄り添って羽繕いをし合い、時には庭仕事用の水場で仲良く水浴びをしている。
この時期の巣作りが繁殖期としての行動なのか、そもそもスズメに恋という概念はあるのか。
そんな疑問も霞んでしまうくらい、二羽のスズメは常に一緒にいる。
彼らの恋路の行く先を見守るのが、今年の秋恋になりそうだ。