Theme:形の無いもの
例えるなら、彼は水のような人だった。
どんな状況にもすぐに適応し、柔軟な発想で切り抜けていった。
でも、その芯は常に変わらないようにみえた。
飄々として掴み所がなく、決して心の底を見せようとしなかった。
本心を探っても指の隙間からこぼれ落ちてしまうようだった。
皆にとって、そして私にとって、彼はなくてはならない存在だった。
思いきって、私は彼に想いを伝えることにした。
しかし、いつものように飄々とかわされてしまう。
「過去の思い出なんて、形の無いものにいつまで縛られているつもりですか」
私は思わず言ってしまった。今考えると、随分と酷いことを言ってしまったと思う。
彼の古くからの友人が仄めかした、亡くなった彼の幼馴染み。
存在もしていない彼女に敗北するのが悔しかった。
彼は困ったように頭を掻くと、諭すように言った
「形が無くなってしまったからこそ、大事にしてやりたいんだ」と。
その言葉を理解するには、そのときの私は若すぎた。
時は流れて、彼のことも思い出になってしまった。
今はその言葉の意味がわかるような気がする。
大事なことは、目の前から無くなってから、形が無くなってからようやく気付くのかもしれない。
9/24/2023, 3:24:32 PM