Theme:大事にしたい
過労で身体を壊してから、よく言われる。
「もっと自分を大事にしなさい」って。
言われなくても、私だって自分を大事にしたい。
でも「自分を大事にする」ってどうすればいいんだかわからない。
物心ついた頃から親の顔色を伺い続けていた。
何と言えば親を喜ばせることができるのか、そればかり考えていた。
学校に行くようになってもそれは変わらず、気にする範囲が増えるだけだった。
先生の喜ぶような優等生に、クラスで浮かないように明るいキャラクターに。
就職後は形は変われど、本質は変わらなかった。
残業も休日出勤も厭わず、顧客に、会社に貢献することにすべてを捧げてきた。
そんな生活を続けていたら、ある日突然倒れてしまった。
休職することになり、医師にも、上司にも、家族にも言われた。
「もっと自分を大事にしなさい」って。
でも、ずっと周囲を大事にすることだけを考えて生きてきた私には、自分を大事にする方法がわからなかった。
それに気づいたとき、私は愕然とした。
どうしたら安心して休めるのか、何をすると楽しいのか、何に癒されるのか、まったくわからなかった。
自分のことを大事にしなかった代償は、あまりにも大きかった。
常に周囲の人のことを大事にして、自分を後回しにしてしまう優しいあなたへ。
どうか、あなたの大事な人にそうするように、自分のことも大事にしてあげてください。
あなたが本当は何を感じてどうしたいと思っているか、自分の本心に耳を傾けてあげてください。
自分の声が聴こえなくなってしまう前に。
Theme:時間よ止まれ
(時間よ。どうか止まってくれ。あと少し、ほんの少しでいいから…!)
傷口を押さえる両手が真っ赤に染まる。
必死に押さえているのに、あとからあとから赤色が溢れてくる。
「頑張れ!もう少しで医療班がくるから!」
大声で呼びかけるが、横たわる相棒には聞こえているのだろうか。
頷いてくれたのか、身を捩らせただけなのかもわからない。
(神様、どうかお願いします!医療班が来るまで相棒の時間を止めてください…!)
祈りながら必死に救命措置を試みる。1分1秒が酷く長く感じられた。
「医療班です!怪我人はどこですか!?」
待ちに待った医療班が到着したとき、俺は小さく首を横に振った。
相棒の時間は、既に永遠に止まってしまっていた。
医療班が相棒の身体を検めている。
俺は考えるともなくその様子を眺めていた。時間が酷くゆっくり流れているように感じられた。
(神様は意地悪だな。俺は、永遠に時間を止めて欲しかったわけじゃないのに)
医療班の班員が首を横に振る。
その瞬間、突如時間が動きだし、俺の目からは涙が溢れだした。
Theme:夜景
子供の頃、夜空に輝く星でネックレスを作るのが夢だった。
もっと大きくなって背が伸びたら、村の櫓から星を掴んでネックレスを作ろう。
君はきっと喜んでくれるだろう。
歳を重ねると、星ではネックレスを作れないことを知った。
更に歳を重ねて村から都市へ出ると、星が見えないことを知った。
眠らない都市では、星の代わりに眩しいほどの灯りがずっと輝いていた。
都市の夜景には、星はなかった。
それから更に時を経て、俺は都市で出会った女性にプロポーズした。
どんな灯りにも負けない輝きを放つダイヤモンドの指輪だ。
結婚を報告しに故郷の村に帰ると、君は素朴ながらも美しいパールのネックレスをしていた。
君の腕に抱かれた小さな男の子が、パールを掴もうと必死に手を伸ばしている。
満点の星空の下での淡い願い事を懐かしく思い出しながら、俺は妻となる女性の手を取った。
俺も君も違った夜景のもとで、それぞれの道を歩んでいく。
久しぶりに見た満点の星空は温かく、それでいてどこか寂しく思えた。
Theme:花畑
それでは、あまり怖くないですが私の体験談をお話しします。
気がつくと、私は花畑の中に寝そべっていました。
甘い香りが花をくすぐります。
真っ青な空、視界の縁を白やピンクの花が視界を彩っていました。
私は立ち上がって周囲を見渡してみました。
そこには色とりどりのカーネーション、真っ白なユリが咲き誇っています。
美しさに思わずため息をついたにを覚えています。
美しい風景にうっとりとしていた私だったが、ふと気がつきました。
「私はどうしてここいるんだろう?」
その瞬間、空がにわかにかき曇り、叩きつけるような雨が降りだしました。
雨粒が当たると、花は次々と花弁を散らしていきました。
猛烈な恐怖に襲われ、私は思わず叫び声を上げました。
「気がついた?大丈夫?」
「医者を呼んでくる」
ふと気がつくと、私は真っ白な天井を見上げていました。
傍らで必死に私に呼びかけているのは私の両親です。
もう、あの花畑はありませんでした。
母の話では、私は事故に遭い意識のない状態が続いていたそうです。
あの花畑は此岸と彼岸の中間に位置する場所だったのでしょうか。
もしあのまま花畑の美しさに身を任せていたら、目覚めることはなかったのかもしれません。
恐ろしいと思っていますが、生きて足を踏み入れることのない領域を垣間見たことを伝えなければと妙な使命感に駆られてもいるんです。
これで私の話は終わりです。
次の方、お願いします。
Theme:空が泣く
君と最後のお別れをする日。
枯れ果ててしまった僕の涙の代わりに、空が泣いてくれている。
今日のように、冬に降る冷たい雨のことを『氷雨』と呼ぶらしい。
君がいなくなって凍りついてしまいそうな僕の心にぴったりな空模様なのかもしれない。
雨が上がれば、虹が掛かるだろう。
虹を渡って行けば、君のところへいけるのだろうか。
君の葬儀から数日が過ぎたが、雨は降り続けている。
まるで虹をかけるのを拒むかのように。
もしかすると、これは空で君が泣いているのかもしれない。
「そんなこと言わないで」って。
心配かけてごめんね。
君がいる空が安心して泣き止めるように、今はまだ泣くのを許してほしい。