ストック

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9/15/2023, 11:33:11 AM

Theme:君からのLINE

突然、君からLINEが届いた。
珍しい。LINEを送るのはいつも僕からなのに。

メッセージを見て更に驚いた。
「明日、横浜に行くんだけど、少し会えないか?」
用件だけのシンプルなメッセージはいつも通りだけど、まさか会うお誘いとは。
出不精な君が僕の自宅の近くに来ることだって珍しいのに、更に会おうだなんて。
とりあえず「いつでもいいよ!何時頃がいい?」と返事を返す。
用件はあえて聞かなかった。なんとなく聞くのが怖かったから。

久しぶりに見る君の顔は、以前にリモート飲み会をしたときと変わらないように見えた。
予約しておいた居酒屋に入って、しばらく当たり障りのない話をする。
…なんだろう、この緊張感は。
君は本題を切り出すタイミングを見計らってるように見えるし、僕は本題を聞き出す隙を伺っている。
一体、何の話なんだろう?聞くのがどんどん怖くなってくる。

「…ところでさ」
世間話が途切れたところで、君がおもむろに口を開いた。
(来た!)
僕は思わず姿勢を正す。緊張を誤魔化すためにビールを口に運ぶが、味がわからない。
宗教とかマルチの勧誘?生活環境に大きな変化があった?それともまさか…。
逃げ出したいような気分を必死に堪える。

君も同じくビールを一口飲むと、真顔になる。

「今度、こっちの方でやるイベントに行きたいんだけど、家に泊めてくれないか?」
「……はい?」

君はそういうと照れ臭そうに笑った。
「こっちの方にほとんど来たことがないから、今日は練習がてら来てみたんだ。交通費とは仕方ないにしてもホテル代が高くて…」
「…えーと、本題ってそれ?」
「うん、そうだけど?」

LINEが来てからずっと悶々と悩んでいたことは、こうしてあっさり氷解した。
自分の想像力の逞しさに呆れつつ、僕は快諾した。
君の嬉しそうな顔が見られてよかった。
それにしても我ながら心配性すぎる。今度、君が泊まりに来たときの笑い話にしよう。

9/14/2023, 12:26:53 PM

Theme:命が燃え尽きるまで

決して振り返らない。
貴方の望む世界を創るまでは。

どれだけ屍の山を築いたとしても。
どれだけ怨嗟の嵐が吹き荒れたとしても。

貴方の心が揺らいでしまわないように。
貴方の心が哀しみに沈んでしまわないように。

私は貴方の剣であり盾である。
貴方を阻み、悩ませる全てのものから護ってみせる。
この命が燃え尽きるまで。

だから貴方は振り返らないで、自分の信じた道を歩んで下さい。
貴方の望む世界を創って下さい。

9/13/2023, 12:23:47 PM

Theme:夜明け前

『この研究所はもうすぐ爆発する!急いで脱出するぞ!!』
主人公がヒロインの手を引いて走る。
パニックホラー映画でお決まりの展開だ。
ついでに、無事に脱出した後にだいたい夜明けが訪れているのもお約束だ。

もし私がこの映画の登場人物だったら…。
この手を映画を観ていると、ついつい考えてしまう。

私が登場人物だったら、おそらく真っ先に脱落するだろう。
「化け物だって?そんなものいるわけないじゃないか。でも彼女が不安そうにしてるから、ちょっと物音のした方を見てきてやるよ!」
これは最初に脱落した人物の台詞だが、私がこういう状況でいかにも言いそうである。

「化け物なんているはずがない」という理性と「もしいるなら見てみたい」というちょっとした好奇心。
そして「物音を確認してくるのは少し怖いけど、いいところを見せたい」といういくばくかの見栄。
…これらの性格から導き出され私の行動は「第一の被害者」と完全に一致する。

この手の映画は好きだが、私はどうやら夜明け前まで生き残れそうにない。

でも、登場人物たちの中で一番最初に化け物、もとい恐怖の正体を見ることができるのは、ある意味最初の被害者の特権ではないだろうか。少なくとも好奇心は満たされるだろう。仲間への注意を促すという意味でも、彼の存在と退場には意義があるのだ。

…と考えてはみるものの、やはりこのポジションは所謂「噛ませ犬」なんだよなぁ。
そう考えながら、私は同作の2作目に手を伸ばすのだった。

9/13/2023, 6:32:24 AM

Theme:本気の恋

生涯に愛する人は一人だけ。
生まれてまもなく実母から引き離されて育った私は、子どもの頃からそう言い聞かせられて育ってきた。
「あなたを愛し、あなたも生涯を共にしたいと思う人が必ず現れるから」
育ての親はことあるごとにそう言っていた。

ある日、私は彼女と出会った。
「運命だと思った」とは、後に彼女から聞いた言葉だ。
出会いから程なくして、私と彼女は一緒になった。

彼女は、天涯孤独の身だった。
内気な彼女は、友達もほとんどいなかった。
「あなたと暮らすことにしたのは、寂しかったからかもしれない」
彼女は私を抱きしめながら、不安そうにそう言う。
どんな理由でも構わなかった。私が本気で愛する人は彼女だけなのだから。

私の誘いで彼女は外に出るようになり、私を介して友人や知人もできた。
男友達もできた。彼女はその人と結婚した。
彼女が幸せでいるのが私にとっての幸せだから、私が一番でなくなっても構わなかった。

彼女は彼と家庭を持ち、子どもも二人生まれた。
私と彼女の関係は、それでも変わらなかった。
「あなたはいつも私に幸せをくれるね」と彼女は言う。
私こそ、彼女からたくさんの幸せを貰っている。
お互い様だよ、と私は言う。

これは恋ではないのかもしれない。
そもそも私と彼女との間に恋愛は成立しないと言う人も多くいる。
でも、私にとって、彼女は最愛の恋人であり、伴侶であり、愛する人だ。
生涯にたった一人だけの、私の愛する人。

私と彼女とでは時間の流れ方が違う。
私はベッドに横たわっていた。
涙ぐむ彼女とそれを支える彼女の夫が、私を見守っている。
「大好きだよ、出会ってから今までずっと。あなたと出逢えてよかった」
そう言って私の頭を優しく撫でてくれる。
私もだよ。
尻尾を振ってそう答えたが、泣いている彼女には見えただろうか。

生涯に愛する人は一人だけ。
そんな人に出会えた私は幸運だったと思う。
ずっとずっと先、彼女と再び会える日が来るまで待っているから。
だから泣かないでほしい。
虹の橋の畔で、待ってるから。

9/11/2023, 1:14:12 AM

Theme:喪失感

すぐには信じられなかった。
俺たちの上司が敵側の人間だなんて。
倒れている仲間たち。無表情で銃口を向ける彼。
悪い夢だと思いたかった。

でも、これが現実だと理解してしまったとき、
俺の心に最初に浮かんだのは、騙されていた悲しみでも、仲間を撃たれた怒りでもなかった。
彼と同じ道を歩むことができないという喪失感。
こんな感情を抱くのが、自分でも酷く意外だった。

多少は秘密主義めいたところはあったけれど、いつでも冷静で頼りになる彼。
決して付き合いはよい方ではなかったけれど、仲間として過ごした日々は彼にとってはすべて偽りの姿に過ぎなかったのだろうか。
彼のことを少なからず信頼し、一緒に任務に臨んだ日々が酷く遠い過去のことに思える。

動揺を隠しきれない俺に対し、彼は銃を向ける。
その表情からは何も読み取れない。

やがて彼は銃を下ろすと、俺に背を向けて去っていった。

罵ることも、問い詰めることも、追い縋ることもできず、
俺はその背中を見送りながら、もう戻らない日々が頭のなかを巡るに任せていた。

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