ストック

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9/10/2023, 7:49:14 AM

Theme:世界にひとつだけ

「これ、よかったら貰って」
友人が手作りのストラップを贈ってくれた。
デザインから製作まですべて友人のお手製だ。
世界に同じものは2つとない、私のためだけに創ってくれたもの。

ストラップの飾りには、二人で共有した世界が詰まっていた。
他人から見たら普通のカラフルなマーブル模様だけど、ひとつひとつの色や流線形の模様達が私たちの思い出の象徴だ。


「それじゃあ、私からはこれ」
私は手作りの栞を渡した。
初めて子ども二人だけで遊びに行った、少し遠くの公園で拾った鮮やかな楓の葉。
拾ったときは鮮やかな朱色だったけど、押し葉にしたら鈍い蘇芳色になっていた。
紅葉が引き立つように、薄い青色の和紙を選んでラミネートする。
世界に同じものは2つとない、友人のために創ったもの。

読書が好きな友人のために、紐は平紐にした。
何色もの色を使って組んでいく。
他人から見たら普通の多色の紐だが、一色一色に私は友人と共有した時間を閉じ込めた。


二人の世界を表した贈り物を交換し合い、私たちは別々の道を歩いていく。
世界にひとつしかない、大切な思い出を胸に抱いて。

9/8/2023, 10:52:31 PM

Theme:胸の鼓動

私の主がベッドに横たわっている。
40代手前でまだまだ寿命には程遠いが、病気により余命幾ばくもない。
私は主の身の回りを世話をする。主が5歳の頃から、それがずっと私の仕事だ。

白湯を手渡すと、その手を彼が取る。
そのまま私の掌を自分の胸の上にそっと置く。
彼の体温と、静かに規則正しく胸の鼓動が続いている。
「どうなさったんですか?」
私が問うと、主は静かに言った。
「この心臓が止まって私が死んだら、私の妻と子供たちのことを頼むよ」
「かしこまりました。どちら様を新たな主とすれば宜しいでしょうか?」
彼は苦笑する。
「きっちり決まっていないと気が済まないのは、昔から変わらないな」
「申し訳ございません。しかし、私はロボットですから、明確な定義が必要なのです」
「解っているよ。では、私の死後は私の長男を新たな主にしてくれ」
「かしこまりました」

主は満足そうに頷くと白湯を一口含む。
「ロボットか…。私にとって君は幼い頃からずっと側にいる、かけがえのない存在だ」
「ありがとうございます。貴方のように私にも『心』があれば同じ想いを抱けるのでしょうか」
「心か。『君に心があるかどうか』は子供の頃からずっと議論してきたけど、決着がつかないままになりそうだ」
「貴方が『私に心がない』と認めてくだされば、すぐに決着がつきます」
「『心』をどう定義するか、それすら明確になっていないのに、認めるわけにはいかないな」

彼はそういうと、私の胸に手を当てる。
「私に心臓はございません」
「解っているよ。でも、こうして手を当てていると温かいし規則正しいモーターの振動が感じられる。外殻が違うだけで心があるのは一緒だと、私は信じたい」
「……貴方がそう言ってくだされば、十分でございます」
「珍しく、君から折れたね」
「こう言わないと、貴方はまた思考実験を始めてしまうでしょう。それではお体に障ります」
「心配してくれているのか」
「これまでのデータの蓄積から、最適解を見つけて実行しています」
「そういうところが君らしい。『個性』というのも『心』の表出とは思わないかい?」
「しかし……」

主は私の言葉を遮るように、再び私の胸に掌を当てる。
「『心』なんて不確かなものより、君の胸の鼓動がここにある事実。それが大事だと思わないかい?」
応えようとしたが、彼はそのまま眠ってしまったようだ。
私はブランケットを整えて、部屋を出る。

それから数週間後、主は亡くなった。
私に心はない。そんなものはプログラムされていない。
ただ、主の言った通り、私は確かに存在している。
私が欲する心よりも、それは大切なことなのだろうか。

「難しい命題を遺して逝かれましたね。貴方様」

9/6/2023, 8:39:54 AM

Theme:貝殻

子供の頃、「巻貝の貝殻に耳を当てると海の音がする」と聞いて試してみた。
確かに波の音がしたことをよく覚えている。
この貝殻の持ち主が故郷の海の記憶をしまっているのかなぁ…なんて思っていたけれど、実はちゃんとした仕組みがあるそうだ。

私たちの周りには常に何かしらの「音」がある。
図書館や自室などどんなに静かな空間にも、機械の駆動音や外を走る車の音、風の音など様々な音が存在している。
それらの音の高低が貝殻の中で共鳴し、耳に届く大きな音となって帰ってくる。
その音は周囲の環境と貝殻が造り出した音であり、それが「海の音」に聞こえるのはいわば思い込みなのだそうだ。

種明かしを見てしまうと「なーんだ」と少しガッカリするが、今の私には別の疑問が沸き上がる。

「じゃあもしも『海』を知る前のずっと幼い私が貝殻を耳に当てたら、何の音に聞こえるんだろう?」

風の音?ただの雑音?あるいは産まれる前に聞いていた音かもしれない。
分かりようもないのだけれど、だからこそワクワクしてしまう。

9/4/2023, 11:12:55 PM

Theme:きらめき

昨夜の雨とは一転して、今朝は朝日が射し込んでいる。
窓の外に見える木の葉から落ちる雫が陽光を受けて宝石のように輝いている。

ベッドに横になったままその光景に見とれていると、君が僕の顔を覗き込む。
目に溜まった涙が一筋、朝日を受けてキラキラ輝いている。
握られた手を握り返そうとするが、力が入らない。

やがて、周囲が段々と暗くなっていく。
彼女が叫ぶように僕の名前を呼び、周囲がバタバタと騒がしくなる。
その音も君の声も、段々と遠くなっていく。

知らなかったよ。世界がこんなに煌めきで溢れていたなんて。
神様からの最後のプレゼントかな。

9/4/2023, 9:04:30 AM

Theme:些細なことでも

「塵も積もれば山となる」という言葉があるが、例え些細なことでも積み重ねていけば、やがて実るものなんだなぁ。
私は、オーダーメイドのペンダントトップを眺めていた。

ちょうど去年から、私はほんのちょっとした貯金を始めていた。
1日100円、財布から取り出して貯金箱に入れる。
代わりに、それまで毎日のおやつの量を半分にした。
「1日100円、1年で36,500円?大したことないんじゃない?」
周囲の人はそう言うが、決して高い給与ではない身にとって、毎日のおやつは大きな楽しみ。私にとっては断腸の思いだ。

何度も誘惑に負けそうになりそうにながらも、私は周囲からすれば些細な貯金を続けていた。

そして1年後、ハンドメイドのアクセサリーを創っているお店で、私はオーダーメイドの小さなペンダントトップを創ってもらった。
節約のために、チェーンは別のお店で買ってきた。
これできっかり36,500円を遣いきった。

これくらいの値段のアクセサリーは、世間的にはそこまで高額なものではないだろう。
でも、事故に遭い身体に障害を抱えてしまった私には、自分のためのアクセサリーなんて贅沢品だ。

事故にあって自分の一部を失ってから、ずっと無力感に苛まれてきた。
就ける仕事も限られており、給与も半分以下になった。
今までは忙しいが仕事にやりがいを感じていた私にとって、今までできていたことができなくなってしまったことは本当に辛かった。
自分に自信が持てなくて、何もかもが嫌になって。
そんなときだった。このハンドメイドのアクセサリーショップと出会ったのは。

蒼が美しいラピスラズリのペンダント。オーダーメイドで加工もしてくれるらしい。
お値段は35,000円
昔の私ならすぐに購入していただろう。でも、そのときはとても手が届かなかった。
それが悔しくて、悲しくて、私は改めて自分の境遇を呪った。

でも、同じ障害を抱える知人に話したらこう言ってくれた。
「時間はかかるかもしれないけど、無理のない範囲で貯金すれば買えるよ。私たちだって、欲しいものを手に入れることができるんだよ」

その言葉に勇気をもらった私は貯金を始め、ペンダントをついに手に入れた。
他人から見ればほんの些細なこと。
でも、このペンダントは、私が障害と共に人生を歩んでいくための力をくれる。

「私にだって、できるんだ」
ラピスラズリが肯定するように静かに輝いていた。

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