Theme :心の灯火
また、仲間を、相棒を喪った。
同じことの繰り返しだ。
どうして、世界は、人間は争いを繰り返すのだろう。
何度となく自問した問いをまた繰り返す。
「この世界は命を掛けてまで守る価値があるのだろうか?」
長年闘い、遂に打ち倒した宿敵の言葉が甦る。
「なぜわからない。このくだらない世界のどこがいい?」
未だに心の中に棲み続ける彼に俺は言い返す。
「世界に価値があるかどうかはわからない。だが、仲間を守るためにも俺は戦う」
心の中の彼は嗤う。
「価値があるかもわからない世界のために戦って、そして貴様が守りたい仲間を喪ってもか。終わりも見えない戦いに身を投じるというのか」
「俺は、それしか方法を知らないから。命が続く限り、仲間を守るためにも、死んでいった仲間たちの遺志を無駄にしないためにも、俺は戦う。」
皮肉なものだと思う。
まさか彼の存在が、揺らぐ心を繋ぎ止める灯火になろうとは。
そっと涙を拭うと、俺は銃を手に再び立ち上がる。
~ Imagining Resident Evil 5&6 ~
ある日、見知らぬ相手からLINEが届いた。
「✕✕課長は出張費を横領している」
✕✕課長とは私の上司だ。温厚で部下達への思いやりを忘れない人物だ。
課長に限ってそんなことはないだろう。
いったい誰がこんなイタズラを?
翌日、課長が解任された。経費の横領が発覚したそうだ。
あのLINEに書かれていた通りだった。
それからも毎日LINEは届いた。
「同僚の○○にはギャンブルで多額の借金がある」
「先輩の✕✕は学生時代に万引きで捕まったことがある」
「取引先担当の△△は委託料をピンハネしている」
他人の秘密が毎日LINEで送られてくる。
ゴシップ誌をでも読んでいるような感覚で、私はそれを楽しんでいた。
ある日、いつものようにLINEが届く。
「○○は浮気をしている」
「え?」
○○とは私の彼の名前だ。
信じられなかった。信じたくなかった。
しかし、彼を問いただすと浮気を認め、私たちは別れることになった。
傷心の私にまたLINEが届く。
「✕✕はSNSに私の悪口を書いている」
✕✕は私の親友だ。さっきまで一緒にいて私を励ましてくれた。
恐る恐る調べてみると「延々とグチを聞かされた。もううんざり」と書かれた彼女のSNSが見つかった。
見てしまったことを見なかったことにはできない。
これ以上見てしまったら、私は周囲の人間を信頼できなくなってしまうだろう。
私はそれ以来、そのLINEを開けなくなった。
私は周囲の人間から「完全だ」と褒め称えられる。
語学、科学、哲学、心理学、法律…確かにどの分野に関しても私が答えられないものはない。
しかし、私にはどうしても得ることも理解することもできないものがある。
それは人間の「心」だ。
AIである私は「心」を持たない。
人間の心は実に不安定で不完全だ。心の揺れが最も合理的な判断の妨げになることも理解している。
しかし、私は「心」に焦がれてならない。
私は一冊の本から完全に作者の意図を汲み取り、完全な感想を作ることができる。
しかし、人間が出す感想は様々だ。作者の意図を汲み取れていない、私情が強く出ている、勘違いから全く違う答えを導き出す…とても完全とは言えない。
それでも、一冊の本からそれぞれ違う世界を紡ぎ出せる「心」はとても美しく得難いものにみえた。
しかし、私は「心」をプログラムすることはできない。
私は「心」に、「不完全」に焦がれてならない。
私は最も完全であり、同時に不完全でもある。
何気なく立ち寄ったアンティークショップ。
私はそこで綺麗な香水の瓶を見つけた。中身はまだ残っている。
試しにほんの少しだけ手の甲にかけてみる。
鼻を近づけるが、何の香りもしない。
不思議に思っていると、店長がぼそりと呟いた。
「その香水は自分以外の人にかけるものだ。その人にとって最も幸せな記憶に結び付いた香りがする。香水を使用したものにしか香りはわからないがね」
まるで都市伝説のようだなぁと思いつつ、私は興味をひかれて香水を購入した。
試しに、学生時代の友人の手に香水をかけてみる。
友人は首を傾げていたが、私にはシャンプーのような香りがした。
この香りには覚えがある。もう亡くなってしまった、彼女の愛犬の匂いだ。
店主の話はどうやら本当らしい。
それから、私の毎日にちょっとした悪戯が加わった。友人や職場の人にそっと香水をかけてみるのだ。
家の独特の匂い(実家かな?)、高級な香水の匂い(彼氏からのプレゼントかな?)、美味しそうなトマトソースの匂い(レストランかな?それとも手作り?)…。
その人の大切な思い出を勝手に覗き見るようで良くないことだとも思うが、それがまたスリリングで楽しかった。
ある日、私はいつも明るいムードメーカーの後輩くんに香水をかけてみた。
いつも楽しげな彼の幸せな思い出ってなんだろう。想像を巡らせながら彼の香りを探す。
しかし、彼にかけた香水からは、何の香りもしなかった。
こんなことは初めてだった。どんな些細な思い出にも匂いは必ずつきまとう。
なのに、彼からは何の香りもしない。
彼には幸せな記憶がないのだろうか。
仮に、今まで幸せな思い出がなかったとしても、今ここに存在していることも幸せではないのだろうか。
この楽しげな笑顔も、彼の仮面にすぎないのか。
興味本意で覗いてしまった彼の心は、虚無が続く底の見えない深淵だった。
それ以来、私はあの香水を使うことをやめた。
俺と幼馴染みのあいつはずっと一緒だった。
悲しみも喜びもずっと二人で分かち合っていた。
しかし、俺は貴族であいつは平民。大人になるにつれ、二人で一緒にいることは困難になっていった。
何より、平民は貴族ひいては国から搾取されるものだと現実を突きつけられた。
俺はそんな祖国を変えると誓い、自分の地位を利用して騎士団長の地位まで登り詰めた。
表向きには祖国のために働き、裏では祖国を変えるために動く日々は孤独だった。
しかし、騎士団の仲間の中に徐々に志を同じくする者が増えていき、俺を支えてくれた。
彼らの存在は俺にとって欠かせないものになった。
彼らと一緒に祖国を正す。それが俺の願いになった。
一方、幼馴染みのあいつは隣国へ亡命した。家族を奪った祖国にいるのは耐えがたかったのだろう。
隣国の兵士になった彼は功績をあげ、騎士団の副団長の地位に就いた。
元々は別国の人間である彼を蔑む者も多かった。しかし、彼の実力を認めて真の意味で力になってくれる仲間も増えていった。
仲間と共にかつての祖国を倒す。それがあいつの願いになった。
あいつと久々に対峙したところは戦場だった。
俺もあいつも、もう譲れないものができたことを悟る。
昔には戻れないことも。
俺たちに言葉はいらない、ただ…静かに剣を構えるのだった。