一つのものと一つのものがそこにあれば、必然的に二つになる。どれだけ小さな子どもに問うたところで、この答えは変わらない。
だがしかし、一人の人間が想像でもう一人と対面する時、果たしてどうなるだろうか。
消えてしまった存在。目を閉じれば温かさも声も目線も全て思い出せるのに、昨日まで触れられたのに、いなくなってしまった存在。
いつも並んで腰掛けていたベッドにはまだ温もりを残したくぼみがあると言うのに。まるで透明人間になっただけかのように、部屋には生々しさが残っているのに。
ねぇ青兄、俺、1+1も分からなくなっちゃったよ。貴方だけが、足りないよ。
お題:『1+1=1』
小雨のヴェールから抜け出したあとはおやつを食べて、今日も夕飯まで虹介と過ごす。
「また、来週ね」
と送り出したあとの部屋はひどく虚ろで。今日もあの子にとって有意義な時間だっただろうか、八つも年の離れた僕よりも、同い年の子との方が楽しいのではないか。そんな考えが脳裏をよぎる。
けれど。瞼を閉じれば、太陽のような無邪気な笑顔が残っている。ベッドに触れれば、柔らかな残り香。そして手のひらに残った虹介と自分の間の体温。それらが懸命に何より楽しかったと言っているのだから、信じて良いのだろう。
最期の日まで、あとどれ位君と僕の間を作っていけるだろうか。
お題:『君以上、僕未満』
今日も、巻き込まれた。それもこれもオレが可愛すぎるせいだとは思う。
学校ではほぼ日常茶飯事で最早テンプレートと化した声は、もう届かなくなってきた。『大丈夫?』『何よアイツら〜!』女子たちの声。『まーたやってる』『碧月も懲りないよな』遠巻きな男共の声。『いらっしゃい、今日はどこをやらかした〜?』呑気な先生の声。正直どれも聞き飽きて耳にタコができそうだ。けれど。
「今日も勝ってたな」
校門の傍で毎日聞くこの言葉だけは、何故かいつも真っ直ぐに届くから不思議だ。どんな罵詈雑言を浴びせられようとも、どれだけ怖くても、まだオレは立てる。立っていられる。それに見ていてくれた何よりの証拠だし、マズかったら止めに入れるぞという裏も見える。
「アイツらなんて大したことねぇよ!」
自分に言い聞かせるように、コイツ…玲が安心できるように"いつも通り"返す。
お題:『どんな言葉よりも』
弓道場脇の藤棚の下。ここがいつもの待ち合わせ場所だ。薄紫の花びらが降り注ぐ今の時期はとても心地いい。
目の前をちらほらと部員らしき生徒が横切る。真澄が来るのももうそろそろだろうか。
「俺思ったんだけどさ、真澄ってマジでキレーな顔してるよな。イケメンとは別ベクトルのさ」
「わかるわ、てか時々同じ性別か疑いたくなる。指先まで綺麗とか何事?」
そう各々に話しながら通り過ぎていき、我が彼氏ながら鼻が高くなる。しかし…コロコロと変わる表情も愛嬌のある笑い方もするのにそれを知らないとは。知って欲しいような知って欲しく無いような、複雑な心境ではある。
「柊真(しゅうま)?ぼーっとしてどした?眼鏡もそのままにして」
「んぇ真澄?!いつの間に……」
別になんでもないと言えば、それ以上深堀はしてこなかった。
ただ、どんなに愛らしくても自分の唇を奪われるとは思ってもいなくて。今後も油断ならない真澄には気をつけなければ、いずれ手に負えなくなるかもしれない。
お題:『ただし、ご注意を』
『明後日会いに行く時、夜桜も見に行こう』そう連絡があった二日前。元々会う予定ではあったがもっと長く過ごせる事が嬉しくて、いつも以上に張り切ってしまった。そのツケが回ってくるとはつゆ知らずに。
彼-晴也(はるや)が来る日の朝、いつもより少し早く起きて部屋の片付けでもしようとしたが、なんだか体が重い。でも、そんなまさか。まだ間に合うだろうと軽く朝食を済ませ薬を飲み、再びベッドで一人うずくまる。軋むような痛みと秒針の音しかない中、罪悪感と情けなさに包まれる。
「……い、……なた、……ひなた」
焦った声で意識が浮上する。焦点の定まらない視界を動かせば晴也がいた。あぁ、そういえば合鍵を持っているからこちらから開けずとも入って来れるんだった。
「はる、や?ごめん、寝てた…」
そう言って起き上がっても、上手く体重を支えられず寄りかかる形になってしまった。
「動くな、でもって無理もするなよ、冷蔵庫の中にポカリがあって助かった…飲めるか?」
何か言っている事はわかるが、回らない頭では理解ができない。
「桜、行けなくなって…ごめん」
雫がこぼれ落ちていた。折角来てくれたのに何も出来なくて、約束まで狂わせた自分に嫌気がさしてどうしようもなくなって。
「謝らなくて良い、一人でよく頑張ったな」
そう言ってさする手が、匂いが、声が暖かくて。数日会っていなかっただけなのに無性に懐かしくて安心した。
その後は結局お互い月曜だけ欠勤し、半分程散ってしまった夜桜を見に行った。少し物足りなさはあったが、二人で過ごせたことが何より幸せだった。
お題:『桜と頭痛』