ここだけの話、実は玲は猫舌…もとい熱いものを食べるのが苦手だ。中から熱い肉汁が溢れてくる小籠包はもちろん、ラーメンに鍋におでん、挙句の果てにはまれに、毎日食べる味噌汁ですら舌を火傷する。決してがっついている訳でもないのにこうも頻繁となると、不思議で仕方がない。けれど、普段からのほほんとしている玲らしいと言えば玲らしいか。
目の前で身体が少し揺れ、どうやらまた火傷をしたようだ。
「まーたやったのか?」
「う……、舌ビリビリする…大丈夫だと思ったのに…」
「ほんと熱いもの食べるのダメだよな」
本人は不本意そうだが、笑ってしまうのは許してほしい。だってこんなの、可愛すぎる。
それにしても…舌、やっぱり痛いんだ。そういえば火傷をした日のあとの行為では、こちらがせがんでもあまり唇を重ねたがらなかったっけ。確かその度大袈裟なくらい感じていたような…。
「碧月…?いい加減笑うのやめて、怒るよ」
「ごめんごめん、美味いうちに食べよ?」
また、恋人の愛らしい一面に気づいてしまった。諸々の事が一段落着いたら、さっそく仕掛けてみるか。
また一口、生姜焼きを頬張った。
お題:『物仕掛けと色仕掛け』
今日も今日とて、キッチンに立つ。作るのは白桃のフロマージュケーキ。少し手間はかかるが、チーズと白桃のさっぱりとした味わいはこの時期にもってこいだろう。
ビスケットを砕いた底生地にベイクド生地を乗せて焼き上げる。粗熱を取ったら白桃を混ぜ混んだムース生地を乗せて、冷やし固める。作る時はかなり集中していて気づけば日が暮れていくこともあるが、それでも最近得意になった事がある。飾り用のソースを作り終え、顔を上げる。
いつも美味しそうにスイーツを食べてくれるあの顔が見えるまで、3、2、1。
お題:『君の気配』
一つのものと一つのものがそこにあれば、必然的に二つになる。どれだけ小さな子どもに問うたところで、この答えは変わらない。
だがしかし、一人の人間が想像でもう一人と対面する時、果たしてどうなるだろうか。
消えてしまった存在。目を閉じれば温かさも声も目線も全て思い出せるのに、昨日まで触れられたのに、いなくなってしまった存在。
いつも並んで腰掛けていたベッドにはまだ温もりを残したくぼみがあると言うのに。まるで透明人間になっただけかのように、部屋には生々しさが残っているのに。
ねぇ青兄、俺、1+1も分からなくなっちゃったよ。貴方だけが、足りないよ。
お題:『1+1=1』
小雨のヴェールから抜け出したあとはおやつを食べて、今日も夕飯まで虹介と過ごす。
「また、来週ね」
と送り出したあとの部屋はひどく虚ろで。今日もあの子にとって有意義な時間だっただろうか、八つも年の離れた僕よりも、同い年の子との方が楽しいのではないか。そんな考えが脳裏をよぎる。
けれど。瞼を閉じれば、太陽のような無邪気な笑顔が残っている。ベッドに触れれば、柔らかな残り香。そして手のひらに残った虹介と自分の間の体温。それらが懸命に何より楽しかったと言っているのだから、信じて良いのだろう。
最期の日まで、あとどれ位君と僕の間を作っていけるだろうか。
お題:『君以上、僕未満』
今日も、巻き込まれた。それもこれもオレが可愛すぎるせいだとは思う。
学校ではほぼ日常茶飯事で最早テンプレートと化した声は、もう届かなくなってきた。『大丈夫?』『何よアイツら〜!』女子たちの声。『まーたやってる』『碧月も懲りないよな』遠巻きな男共の声。『いらっしゃい、今日はどこをやらかした〜?』呑気な先生の声。正直どれも聞き飽きて耳にタコができそうだ。けれど。
「今日も勝ってたな」
校門の傍で毎日聞くこの言葉だけは、何故かいつも真っ直ぐに届くから不思議だ。どんな罵詈雑言を浴びせられようとも、どれだけ怖くても、まだオレは立てる。立っていられる。それに見ていてくれた何よりの証拠だし、マズかったら止めに入れるぞという裏も見える。
「アイツらなんて大したことねぇよ!」
自分に言い聞かせるように、コイツ…玲が安心できるように"いつも通り"返す。
お題:『どんな言葉よりも』