帰り道、いつもの川路を歩く。犬の散歩をする人、買い物に行く人、幼い子を自転車に乗せて走る母。それから-何やら騒々しい声。あまり関わらずに帰ろう、そう思っていた。群衆の中心に碧月を見つけるまでは。
団を抜け出してランドセルを放り傍に近付くと「覚えてろよな!」と捨て台詞を吐き、去っていった。
「大丈夫?」
「別に、いつもの事だしキッチリやり返したし。どうせ、アイツが最近気になる女子とオレが仲良くしてるのが気に食わなかったんだろ」
ま、オレ女子力あるし?そう言って"いつも通り"に振る舞うが、本当は。少し震えた声、ぐしゃぐしゃになった髪、所々汚れたお気に入りの服、擦り傷。強がっている事は目に見えている。そもそもここは碧月の通学路とは大きく外れているし、ここまで来るのも随分気を張っただろうに。しかしそれを指摘すれば余計に隠そうとする訳で。
「な、すぐそこの商店街寄り道しない?お使い頼まれてるから手伝って」
「えー、けが人をこき使う気?」
「その程度じゃ大したことないんでしょ」
絆創膏を渡し、髪を整えて、服を叩く。少しはマシになったかな。そして仕上げに……
「行かないの?」
手をにぎって問う。不安な人には信頼できる人の体温が効くって本に書いてあった。
「行くし!」
ようやっと、本当の"いつも通り"に戻った。嘘と強がりを解く方法は、俺だけが知っている。
お題:『嘘を掬いとる』
ぱらぱらと降っては止みを繰り返し、もう何度目だろうか。小雨が降る今日みたいな日は微睡みの海に漂うのが特に心地いい。カーテンと窓を開け涼しい風と雨音を誘い込むと、眠気が再びやってきた。もうすこしだけ、と意識をさざ波に手放した。
ふと、ベッドが少し沈んだ気がして意識が浮上する。頭に……何か触れているような。気だるげな瞼を持ち上げると、どういう訳か視界いっぱいに虹介がいた。寝顔を思いっきり見られた事が、何故だか気恥しい。
「青にいおはよ」
「ん、おはよ。起こしてくれても良かったのに」
「んーん、きれいだったから起こしたくなかった」
花嫁さんみたい。そう言われて頭に触れているのがレースカーテンだということに気づく。
「そういう事は将来の大事な人に言いな?」
軽く頭を小突いてそう言う。
「さて、今日は何をしようか」
「一緒にお昼寝する!」
額に柔らかいものが触れた。え、まさか。
その後小雨のヴェールに包まれた中すやすやと眠る虹介の横で、与えられた祝福について一人悶々と悩むのであった。
お題:『祝福と小雨』
あいつの事は、大体分かっているつもりだ。ずーっと昔から家族ぐるみの付き合いがあるのもそうだが、それ以前に分かりやすすぎる。
好きなお弁当は卵焼きである事、物理が何より苦手な事、そして、多分俺の事が好きな事。
試しに聞けばほら、また時計の針が止まったかのように固まる。そして段々と朝焼けの空の如く紅く染まる。分かりきっていることを聞くのは中々にタチが悪いと我ながらに思うが、この反応ばかりは可愛くて仕方がないので許して貰いたい。
固まってしまった手を引いて、いつもとは少し違う眺めの中帰路に着く。
お題:『時計がとまったかのように』
きっかけは本当に些細なことだった。それが、こんな結果になるとは思いもしなかった。
結論から言えば、喧嘩をしてしまったのだ。それも、同居中のアイツと初めて。アイツが飛び出して行ってから全身が凍りつくように血の気が引き、自分が口走った内容だけが鮮明に蘇る。
元はと言えば自分の勘違いが原因だった。明日が記念日であることはお互いに分かっていたし、アイツが口下手な事は分かりきっていたはずなのに。だと言うのに、なぜ捲し立てる様な事を。
気づけばもう空が紅く染まっていた。夕飯、用意しないと。冷蔵庫の中には明日使う予定の食材達が鎮座しているが、使い道は変わってしまうかもしれない。二人を繋ぐものは、切れてしまったかもしれないのだから。
手をかけたのと同時に、部屋にアイツの「ごめんっ!」と言う声が木霊する。その声にひどく安堵し、へたりこんでしまった。
お題: 『悔ゆるものと昏』
桜祭りの縁日が畳まれた道を、1人歩く。川沿いで毎年行われる祭りは例年通り賑やかで。でもそんな中行く気には到底なれない僕は、こうして夜に一人桜祭りを実行している。
去年は彼と一緒に歩いて、花灯を満喫して、他愛のない話をして。懐かしいな。左手を桜を乗せた風がなぞり、少し寂しくなる。遠距離にさえならなければ、こんな思いはしないはずだったのになぁ。ま、仕方ない仕方ない。
満月がよく映える今宵はこの世の情景とは思えないほど美しく、ふわりと外界と境界ができる。
彼奴の元にも、この桜風が届けばいい。そして、少しくらい寂しい思いをすればいいと八つ当たりをする。
お題:『桜風を貴方に』