たぬたぬちゃがま

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10/5/2025, 9:50:05 AM

「私の!限定チョコエクレア!!!」
「わざとじゃない、つい」
「限定!!チョコエクレアッッッ!!!!!!」
「……ごめんなさい」
ぼろぼろと泣く彼女には敵わない。謝罪の言葉を聞いた彼女は泣いた顔を拭きもせずに寝室に駆け込んでいった。後を追ってそっと扉を開けると、時折鼻を啜る音と泣いて引き攣ったような声が部屋を満たしていた。
じんわりと罪悪感が腹を埋めていく。
「……ほんと、ごめん」
「……いや。話したくない」
「あの、買い直すから」
「数量限定。もう無い。ほっといて」
それ以上話しかけてくれるなと彼女の背中が言う。もう近づくことも難しいだろう。それでも、泣いている彼女は放っておくなと自分の頭は叫んでいる。
「これ、代わりといっちゃなんだけど」
スマホで先ほど予約した画面を見せる。有名なショコラティエの店だ。ツテとコネは使えるだけ使った。
「…………」
彼女の沈黙が痛い。許すも許さないも決めるのは彼女だが、悪いのは俺だが、わかってはいるのだが。
「……今日だけ、許して」
ぽつりとつぶやいた言葉に、彼女は目を真っ赤にさせてこちらを向いた。

「予約日の翌日になったら許す」
「ありがとうございます」



【今日だけ許して】

10/4/2025, 9:18:59 AM

後ろを見ても誰もいない。
でも、気配がする。
なんの気配?

「幽霊では」
「そういうと思った」
かつん、と音を立ててカップを置く。カフェではマナー違反とわかりつつもそうなってしまったものは仕方ない。
「他に違和感とかあるんですか」
「ふとした時に、俺こんなところにこんなの置いたっけみたいなのは」
そう、違和感みたいなのはちらほらあった。
でも1番の違和感は、
「誰かに見られてる気がすんだよなあ」
「怖いですねえ」
盛大についたため息に対し、あっけらかんと答える彼女。さぞ美味しいであろうカフェオレを笑顔で飲んでいる。
「ホラーだと屋根裏に人が住んでるってやつですよね」
「やめろよマジで……」
「生きてる方がいいですよ、警察が捕まえてくれますから」
「いいのかそれ……?」
彼女はごくんとカフェオレを飲み干すと、にっこりと笑った。
「じゃあうちに泊まりましょ!怖いなら仕方ないですよね!」
「怖いとは言ってねえ!!」
あれよあれよと彼女は泊まりに必要なアメニティグッズを揃えると手を引いた。
「バルサンも買っといた!!いるのはゴキブリかもしれないし!!」


翌日、不審者が俺の家で捕まった。
俺は即引っ越しをした。



【誰か】

10/3/2025, 10:08:23 AM

足音がする。
ててて、と翔ける音は幼い子供のようだ。すぐそばではない。でも、確かに聞こえる。
そんな不思議な存在が、昔から我が家にはいた。

「座敷童ってやつ?」
「宝くじに当たったことはないけどね」
お茶を飲む。彼も飲む。机の上にはお菓子の集まりが三つ。
「で、これも座敷童用のか?」
「ご家庭ローカルルールってやつね」
ぴり、とお菓子を開けて食べる。彼も食べる。残る集まりの中からクッキーの小袋を開けてやった。
「相変わらず摩訶不思議ハウスだよな」
「同級生の悪ガキにカンタの真似っ子をよくされた」
おまえんち、おっばけやーしきー
幼い頃、そう言われて怒って殴り込みに行き、逆に親が彼らに頭を下げたのは今でも覚えている。悔しくて仕方なかったが、押し入れに閉じこもっていたらぱらぱらとお菓子が降ってきたのを見て、自分は間違ってなかったと思えたんだった。同級生はそのあとなぜか高熱を出したらしい。復帰した後謝ってきた。
「お、減ってる」
いつの間にか先ほどあけたクッキーが半分ほどになっている。彼は全く焦りもせずにもうひとつのクッキーをあけた。そっちはチョコ味だ。
「こっちも美味いぞ〜」
「餌付けしないで?」
彼と続いているのは、こういうところがあるからかもしない。クスクス、と笑う声がどこからか聞こえた。



【遠い足音】

10/2/2025, 8:45:37 AM

「寒い」
「暑い」
ピッピッと鳴るのはエアコン。一昔前のテレビ争奪戦のように、エアコンのリモコンが取られてはボタンを押される。
「まだ蒸すだろ。暑い。除湿。」
「やだ。寒い。凍える。切って。」
不毛だった。なんともくだらない不毛な争いだった。しかし引くわけにはいかない。喉は痛めたし朝は凍えるしでろくな目にあっていないのだ。
秋という季節は日中は過ごしやすいのに朝晩の冷え込みはとてもつらい。冬も冬で寒いのだが。
「だから除湿機あるじゃん、個別のやつ!」
「めんどくさ……」
必死の訴えもすぐに却下される。なんだこいつ。なんだこいつ。せっせと持ってきても絶対使わないやつだ。
「寒いのにー!!」
「はいはい、インスタントスープ入れてやるよ」
彼は恩を売るかのように卵スープの素を見せつけてきた。まだエアコン争奪戦は終わらないようだ。



【秋の訪れ】

10/1/2025, 9:43:53 AM

きゅ、と地図にバツ印をつける。だいぶバツの範囲が増えてきた。行った街、過ごした場所をバツをつけ始めてどれほどの時間が経っただろう。
「遠くに来たなあ」
故郷から現在地までバツ印が足跡のように記されている。チリも積もれば山となるように、バツも埋め尽くせば真っ黒になる日が来るのだろう。
「さて、次はどこに行こうかな」
前回は棒が倒れた方角へ。前々回は目に入った鳥が羽ばたいた方向へ。今回は葉っぱを落として吹かれていった方へ向かおう。
「次はどんな街かなー」
よいしょと荷物を担いで、足元にあった葉っぱに手を伸ばした。




【旅は続く】

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