たぬたぬちゃがま

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7/28/2025, 4:51:58 AM

耳鳴りのようにしつこい蝉の声。
アスファルトから放たれる熱気。
ジリジリと熱し続ける太陽。
道路上ではミミズがこんがりと焼き上がっていた。
「あーーーーーーづい」
外を歩くだけで熱中症になりそうだ。
着信音が鳴りスマホを見れば『アイス買ってきて』の文字。
「こんなに暑いのにふざけんなよ……。」
言うことを聞くのは癪にさわるが、とにかく涼みたい。その一心で目に入ったコンビニへ足を踏み入れた。
コンビニに入るともう別世界のようだった。涼しい。ここに住みたい。漫画もお菓子もアイスもある。
イートインがあるコンビニだったので、チョコアイスを買ってそこで齧る。おいしい。涼しい。図書館も涼しいがあそこは飲食禁止だ。
「ここがオアシスか……。」
いずれは出なければいけないオアシス。居心地の良さに心を癒されながらも、帰るべきところはここではないと言う気持ちも湧いてくる。砂漠を旅する人たちも、オアシスから出る時同じことを思ったんだろう。
「少し休んだら帰るか……。」
ちょうどアイスを食べ終わったところで、スマホの画面に『まだ?』というせっかちな同居人からのメッセージが表示された。


「遅い!アイス!!」
「買ってきてもらっておいてぞんざいだな。チョコミントアイスにするんだったか?」
「それ、チョコミン党に失礼だぞ!私は違うけど!!」
同居人はアイスを取り出し、美味しそうに食べ始める。彼女の身体は、暑い暑いというわりに家にいたからか自分の体温より低そうだ。
「あっっつう!!」
抱きしめた途端あがる色気のない声。
「暑い!離れろ!!」
「俺を冷やしてくれよ、外暑かったんだよ……。」
「知らん!保冷剤抱えとけ!!」
なんと薄情なやつだ。オアシスの包容力を見習って欲しい。
抱き込まれてギャーギャー騒ぐ彼女を黙らせるために、買ってきたアイスをスプーンですくって彼女の口に押し込んだ。


【オアシス】

7/27/2025, 7:58:45 AM

泣き疲れてベッドで寝ている彼女を見た。まだ幼い、あどけない寝顔にとくりと胸がなる。
ただ、目尻に残る腫れた跡だけが高鳴る心と共に居心地の悪さを感じさせた。

欲しい、と言ったのは自分だった。
そばにいてと願ったのも自分だった。
そこに彼女の意思はなかったのに、彼女は泣きながら日々を過ごしている。自分のそばに、自分だけのものにしたかっただけだったんだ。

「……ごめんね。」
彼女がこの家に来て、何年も経つのに。
彼女が泣くくらい、指導は厳しいんだろう。
彼女が泣くくらい、親が恋しいんだろう。
でも、もう返せない。戻れない。還りたくない。
幼い頭で考えても、出てくるのは彼女への想いしかなくて。それは大人に対抗するにはあまりにもちっぽけなもので。
それでもどうしても捨てられないもので。
「ごめんね、だいすきなんだ。」
自分の目から流れたものは彼女の手を濡らした。どうか、どうかこのまま一緒に大人になって。
願いを込めてまなじりにしたキスをする。どうか想いが届きますようにと無責任に思いながら。


【涙の跡】

7/26/2025, 6:51:28 AM

ふと目を覚ましたら、何も身につけていない状態の彼女とベッドを共にしていた。

「えっ!はっ?えぇ??」
慌てて自分の下半身を確認する。下着はしていた。汚れていない。じゃあなぜ彼女は何も着ていないんだ。覚えていないだけでなにかあったのか。
こめかみをおさえて必死に昨晩のことを思い出す。
宅飲みをして、2人でしこたま飲んで、限界点に達した彼女が布団に潜り込んだからついていって……いやなんでだよ。なんでついていってんだよ。その後の記憶がどうしたってない。致したのか、致してないのか、それすらわからない。
「ん……。」
そうこうしている間に彼女が起きた。のっそりと起きるものだから口から心臓が出るくらい驚いた。
ぼんやりとした目でこちらをじーっと見ている。
「あの……おは、よう。」
「……寒い。服欲しい。」
焦点の合わない目で言われたものだから、おずおずと衣装ケースからTシャツを取り出して渡す。のそのそとゆっくりとした動きでそれを着ると、また夢の中へと旅立っていった。
明らかに彼女にあっていない服。襟ぐりから覗く鎖骨、ぶかぶかでお尻までギリギリカバーしている。なにも着てないよりそそる。なによりそれは自分の私服なのだ。
「……まずい、風呂入ってこよ。」
ひとまず落ち着かせるために風呂に入り、現実逃避することにした。
冷たいシャワーを浴びるが、彼女の自分のTシャツを着ている姿がぐるぐると頭から離れない。
しばらく頭を冷やし続け、やっと落ち着いたと脱衣所に出た瞬間、変な悲鳴が寝室からしたのが聞こえた。


【半袖】

7/25/2025, 7:56:41 AM

もしも過去へと行けるなら、いつに行く?

「行かない。」
ハイボール缶を片手に、彼女はきっぱりと断言した。
「ほう、どうして?」
てっきり任意の数字を選ぶ宝くじの高額当選番号を暗記してから行く、と夢もへったくれもないことを言われるかと思ったから意外だった。
「もう一回高校受験受けるのやだ、センター試験受けるのやだ、就職試験受けるのやだ、お祈りメールもらうのやだ、深夜残業実績が消えるのやだ。クソ上司に頭下げる回数リセットとかもう尊厳破壊。」
指折り数えてからハイボール缶をグッとあおる。
「ずいぶん後ろ向きな理由だな……。」
同僚の彼女は上司とそりが合わないらしく、日に日に死んだ目をするようになった。居酒屋で愚痴を聞き慰め、今は二次会も兼ねて部屋飲み中だ。
「未来に希望を見出す年齢は過ぎましたので。」
「おい20代。」
「ゆうてアラサーだもの。彼氏いないもの。結婚……結婚かぁ……。」
女性の名前をぶつぶつ言い始めた。居酒屋で言っていた、最近結婚したらしい高校からの親友の名前だ。
「そんなに好きなら高校時代に戻ればいいのでは?」
「あの素晴らしい青春をリセットとか愚の骨頂。」
カシュ、と音を立て、新しい酒を煽る。今度はレモンハイだ。
「私が望むのは、彼女の幸せだけだよーん。」
とろんとした目でつぶやく。彼女が見えているものはドレスを着た親友で、隣にいるのはきっと。
「まわる。」
「は?」
こてん、と横になりケラケラと笑い出した。
「ぐるぐるぐる世田谷〜。」
「酔ってんな。このレモンハイ9度あるもんな。」
「それはチェイサーっていうんだよ!」
「こんなチューハイ9度がチェイサーであってたまるか酔っ払い。」
ふふふ、と彼女は笑い続けている。
「過去に行けるなら、どこに行く?」
彼女がつぶやく。とろんとした口調だった。
「今の状況を良しとした俺を殴りに行く。」
俺の言葉が聞こえているのかいないのか、そのまま目を瞑り寝息が聞こえてきた。
「……無防備すぎるだろ、ばか。」
過去に行きたい自分と、行きたくない彼女。
線が交わるには、もう一歩なにかが足りないのかもしれないと思った。


【もしも過去へと行けるなら】

7/24/2025, 8:59:44 AM

きらきらと、薬指の根元が光る。
「えへへへへへ……。」
だらしないとわかっていても、にやけた顔を止めることはできなかった。
「嬉しそうね。」
友人が呆れながらに言う。そんな友人の指にも光るもの。デザインは違うが、用途は同じもの。
「そっちだって嬉しそうなの、わかりますよ!手持ち無沙汰になるたび撫でてますもん!」
見てますよ!と手で双眼鏡を作ると、ふわりと友人は笑う。滅多に笑うことのない、彼女の笑顔は相変わらず綺麗。
「苦労して攫ったんだもの。感無量よ。」
「わあ、台詞だけ聞いたら悪い人。」
実際は相思相愛らしいが、いつまでも煮え切らない相手に友人が実力行使に出たらしい。クールな彼女にそこまでさせる人がどんな人か気になるが、まだ紹介してもらえていない。
「もう少し囲って、彼に『あなたは私の』って覚えさせてからね。」
「それ、よそで言っちゃダメですよ。捕まっちゃいそう。」
私の言葉を聞いて、ふふ、と笑う友人は美しい。
「私は自分に正直なだけよ。あんたの彼と違ってね。」
「……? 私は囲われてませんが……。」
何も制限されてない。友人のように独占欲で縛りつけたりされたりもしない。
「気付かないのも幸せでいいかもね。」
「何の話をしているんですか?」
いまいち噛み合わない会話に、友人は頭を撫でてくる。彼女はたまに難しい話をしてくる。
むぅ。と不貞腐れてるとさらに頭を撫でられた。
「ほら、あんたの王子様から着信よ。」
チカチカと光る携帯電話に、慌てて友人に一言言って外に出る。

「飽きっぽいあいつがここまで執着してるのに気づかないんだもんね。」
大好きな人との会話に夢中だった私にの耳に、友人の呟きは入らなかった。


【True love】

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