踊るように彼女はナタを振り回す。
正に「踊るように」だった。扉の隙間から姿を確認したが、あれは人間ではない。快楽殺人鬼。化け物。人の命を奪う事に躊躇が無い。
狂気じみた笑い声としなやかな動き。一見美しくも見える殺戮舞踊。あんなに愉しそうに何百人も殺したのか。やっぱり駆除対象である事は間違いない。幸い、彼女は密室にいる。姿を見られまいと窓の無い部屋に入ったのが唯一の救いだ。だが…
彼女は舞う。それでいて出鱈目。見切る事も出来なさそうだ。当たり前だ、手当たり次第に殺めているのだから。予知能力でも無い限り、いやあったとしても、彼女の手から逃れる事は不可能だろう。
そんな事を考えていたら、もう彼女は一人きりで踊り続けていた。俺達以外はもうほとんど殺されてしまった。なら、いっその事あたって文字通り砕けてくる方が幸せだろうか?
「ねぇねぇ、さっさと来なよ〜。わたし、退屈なの。貴方達みたいに強い人達が来てくれたから準備運動してたのに、全然わたしと戦いに来ないからこっちから来ちゃったよ?」
甘ったるい声。後ろに彼女がい
「じゃあね〜」
観衆は騒ぎ声をあげる。眉をつり上げつつ指先を、足を震わせる彼女の気持ちなど露知らず、観衆と一括りにされた馬鹿共は面白がっている。
僕の仕事は王女を処刑すること。人間の感情を捨て、理不尽に国の為に尽くしてくださった麗しき王女を殺すこと。大丈夫、一瞬で終わること。ただこの縄から手を離せ、極悪非道な処刑人としてこのくだらない国を終わらせろ。
「早くしろ、いつまで待たせている」
傍若無人な政治家改めクソジジイが声を荒げた。観衆もそれに乗じるように僕を責める。どうして、彼女は何も悪くないだろう。自分の都合に悪い人間は処刑?ふざけるな。
だが、そうもいかないのが現実だ。王子も暗殺され、国王も幽閉状態。今やこの国の王族は破滅寸前、いやもう既に破滅している。全てはこの国を侵略したクソジジイ共の所為で。
「早くしろ!出来ないならお前も殺すぞ!!」
貴方達の所為で、僕が愛した美しい国は穢れてしまった。
自分の計画に賛同しない人間は無差別に殺害して、その血で乾杯するような奴等に、王女は殺させたくなかった。
「さぁ早く!処刑の時を告げよ!!」
「Yes」か「はい」しかないような命令だ。
王女様、ごめんなさい。僕は貴方を助ける為ならなんだってします。
起爆スイッチを押した瞬間、彼女は笑ったような気がした。
「さぁ王女様、美しい国を取り戻しましょう」
「…えぇ。やはり貴方を信じていて良かった。」
四肢が飛び散り雨が降ったみたいな景色の中で、彼女の手を取った。
ふと、彼女と貝殻を拾った海辺に行きたくなった。長い髪が特徴的な美人の彼女は、ピンク色に煌めく宝石のようなそれを嬉々として私に見せてきた。
彼女の存在は私の支えだ。私は彼女が居ないと生きていけない。幸い、彼女自身も私が居ないと生きていけないのだから、別に困りはしないのだけれど。
「ねぇ、また貝殻拾おうよ。綺麗な海、見に行こうよ」
私が呼びかけると、彼女は嬉しそうに擦り寄ってきた。そして、離れて俯く。どうやら乗り気では無いようだ。彼女が喜んだ素振りを見せたのは私が話しかけたからで、海は嫌いなようだ。
「……行きたくないの?海」
「なんで、知ってるよね…?私が、海、苦手な事」
少し意地悪をしすぎたかもしれない。彼女は震えている。私は彼女の頭を優しく撫でて言った。
「ごめんね、冗談だよ。今日はゆっくりお家で過ごそうね」
「…私、心配だよ、二人で沈めた“もの”が、見つからないか」
「貴方には、分かりませんよね」
目の前の白衣の男が、冷めた声でそう言った。視線は俺の目より僅か下を向いている。俺を直視する事すら躊躇われる程なのだろう。
「もう何もかも手遅れだ、貴方がこんな事さえしなければ」
彼は溜息を吐いた。思えば、俺は何度も彼にそうさせていた。微かに震えた指先も、怒りを孕んだ声音も、苦しそうに時折伏せる目も、全て俺がしてしまった事の結果をとてもよく表していた。
「貴方の所為で何人が死んだと思っているんですか?貴方の軽率な判断の所為で、僕も皆も、何もかも失ってしまった」
現場は正に惨状、という感じであった。仲間達…いや、もう既にそう呼ぶ資格も無いぐらい…の遺体が、誰が誰かも分からないぐらい熔け合って滲み出している。床は赤黒い液体に浸され、靴を汚す事を余儀なくされた。
「もう、どうしたら良いんですか、僕は、祖国に何を言えば良いんですか?“戦争”は終わったけれど、貴方を除いて誰一人守れずに、僕はどこに帰れば良いんですか」
彼はAI技術に携わる研究者だった。凄まじい才能で、仲間と共にアンドロイドを創り上げ、各国に兵器として“配布”した。だが、或る一つの国が使い方を間違え、暴走させてしまった。別にただの機械、壊してしまえばなんとも無い。しかし、これは兵器だ。人間は次々と無差別に惨殺され、開発チームの俺達が対処に来た訳だ。そしてその結果がこれだ。
「僕の気持ちが、貴方には分からないですよね」
いつの間にか彼は泣き出していた。大嫌いな俺の、今はもう赤黒く染まった白衣に顔を埋めて。
「アンドロイドが暴走した時、僕はもう死ぬかと思いました。使い方を間違えた相手が悪いなんてとても言えなかった、数え切れない程の批判を受けて、各国の偉い人達に意味の分からない言語で責められて、頭がおかしくなりそうでした」
兵器の暴走が国内ニュースでも大々的に取り上げられた時には、彼は呼吸をする事も出来ていなかった。鬱になっていたのかも知れない。まぁどうだって良い。どっちみち彼は死ぬのだから。
「どうして、貴方はアンドロイドに暴走を学習させたんですか?人間への反逆や暴行は禁止だと分かっていたでしょう?」
怒り、というよりも悲しみの方が的確か。俺の腕に抱擁されて、彼はそっと此方の目を見た。濡れた眼が何よりも愛しかった。
「……お前を、殺したかったから」
「え、?ッう、ぐぁ゙ッ!?な、なにして…ッ」
「ずっとこうしたかったんだよ」
「やめ゙ッ、はなして…息できな、い」
俺は彼の首を絞めた。アンドロイドに殺してもらう予定だったが、どうやら生き延びてしまったので俺が直々に手を下そう。
「は、ぁ……ッ、ひゅ…ぅ……」
案外早く息を引き取ったらしい彼の目を閉ざしてやる。アンドロイドなんて玩具に執着して、国に貢献しようだなんて馬鹿馬鹿しい。俺を差し置いて“仲間”なんてものと戯れる彼なんてらしくない。俺は親友だ。お前等とは違う、親友だ。やっぱり俺が殺せて良かった、軽々しく触れるなんて許さない。美しい人形となった彼は、俺だけのものだ。盗んだ技術でAIとして復活させて、生身の身体は思う存分使わせて貰おうか。他の奴等とは違う、綺麗なままで死体になった彼は、星よりも花よりもずっとずっと、きらめいていた。
スマホ画面と格闘して3日。LINEが開けない。
心当たりは特に無いのだが、開こうとするとアプリアイコンが表示された後にすぐにホーム画面に戻されてしまうのだ。他のアプリは問題無く使える。調べたが、LINEが開けないという現象に悩まされているのは俺だけのようだった。LINE側にも問題は無いらしい。
俺はどうにかして、3日前に送られている『日並』からのメッセージを見たかった。通知は来ているのに、読めないから困ってしまう。『日並』は俺の中学時代の親友で、最近は全くと言っていい程連絡を取り合っていなかった。だから突然彼からLINEが来た時は、すぐにメッセージを見て、返信しようとした。
何度も再起動したが同じだ。どうも、ただの不具合とは思えない。
そこで俺は、ある事を思い付いた。母親は確か日並の親の連絡先を知っていた筈だ。俺は微かな望みを持って、実家へ帰った。
「もしもし、あの、日並のお母さんですか……?」
『あ、はい…もしかして木更津くん?』
母親から教えてもらった電話番号にかけると、案外すぐに繋がった。聞き覚えのある元気の無さそうな女性の声。俺の名字を言えるなら間違いなくお母さんだ。
「実は、日並からLINEが来てたんですけど開けなくて返信が出来なかったんです。だから本人に繋いで欲しくて……」
『え…?それっていつ?』
「3日前ですけど…」
『嘘…本当に伊月からなの?』
彼女は暫く唸ってから、重いトーンで言った。
『伊月は…3年前に亡くなったのよ』