曖昧

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10/28/2024, 11:46:52 AM

「先輩、大丈夫ですか?いや、大丈夫じゃないから来たんですけど」

合鍵を使用して入ってきた俺に、先輩は何が何だか分からないという表情をしていた。

「…なに、それ?」

先輩はパンパンに詰め込まれて今にもレトルトカレーの箱の角によって破けそうなレジ袋を指さした。道中あったクリエイトで、お粥やらゼリーやらプリンやらを、適当に買って持ってきたのだ。
先輩はインフルエンザにかかってしまったらしい。電話越しの苦しそうな声に耐えかね、「うつすからこないで」とのメッセージを完全に無視してここまで来たわけだ。ちなみに上着の下はパジャマのままである。

「どうぞ、先輩」
「…ありがとう」

つっこむことにも疲れたのか、雑に感謝を述べたあと、先輩は寝返りをうって俺に背を向けた。
暫く沈黙が続き、しびれを切らした先輩が口を開く。

「なんで帰らないの?」
「なんで帰らないといけないんですか」
「君にインフルなんてうつしたら大変なことになるから」
「大変なことってなんですか」

俺のことなどどうでもいい、先輩が元気でいてくれるのが一番です、なんて言おうとしたら制止されてしまった。そしてまた沈黙が続き、俺は立ち上がった。もちろん、電気を消す為に。

「…なんで消したの、ていうか早く帰りなさい」
「先輩、やっぱり俺、病気は寝た方が治りやすいと思うんですよ」
「え?」

布団の中、先輩の横に侵入する。混乱している先輩に密着し、額に手を当ててみた。熱い。

「心配だったんです、俺。流行り病とか言って、突然死んじゃったらって思ったら怖くて」
「…それとこれは関係無いでしょ、離れて」
「嫌です。先輩が寂しくないように一緒に寝てあげますから、目瞑ってください」

先輩はもう言い返すことにも疲れを感じたのか、それから起きるまでは何も言葉を発さなかった。食欲が無いせいか、前会った時よりも細い気がする。思い返せば俺は、ずっと先輩に迷惑ばかりをかけていた。だからこんな時ぐらい、先輩の役に立ちたかったのに。
暗がりの中で密かにそう考えているうち、俺は眠ってしまった。


そして結局、俺と先輩は朝まで眠り、先輩のお父様とお母様にあらぬ誤解をされることとなってしまった。
先輩は数日後、無事に復活したが、案の定俺の方が今度は熱を出してしまった。先輩が叱りながらも看病してくれたので、まぁラッキーだった…?

10/19/2024, 1:30:51 PM

ちょっとしたすれ違いが負の感情を生むのなら、
いっそ誰とも関わらなければ良い。

それでも、
貴方の隣に居たいから。

一生同じ歩幅で居れば、
もしかしたら、
なんて思ってしまった。

10/8/2024, 12:22:31 PM

探偵事務所をやっている先生は、いつも忙しなく仕事をしている。
猫探しとか不倫調査とか、或いは盗難、殺人事件とか。
先生の天才的な頭脳が世間に広く知れ渡っているおかげで、依頼の電話は鳴り止まない…とまでは行かなくとも、すごい探偵である事は事実だし、助手として誇りに思う。

「先生、珈琲です」
「ありがとう。」

温かいマグカップの縁に口づけ、珈琲を召し上がる先生。
事件が一つ解決した時のルーティーンみたいなものだ。
とは言えこれも束の間の休息で、年中無休24時間営業の探偵事務所では、ゆっくり映画を観ている暇も無い。
仕事をしている先生はかっこいいけれど、寂しさも感じてしまう。

「次はアメリカだっけ?また忙しくなるね」
「はい。先生」

先生はいつの間にか珈琲を飲み干していた。
また、探偵の仕事が始まる。

10/3/2024, 12:30:56 PM

名前も顔も知らない貴方と、巡り会えたらいいのに。
貴方が隣に居てくれるだけで良いのに。
僕は貴方と電子の世界でしか繋がれない。
貴方が誰なのか分からない。
僕を肯定してくれる貴方を、知りたい。
現実世界で、巡り会えたら。

9/30/2024, 11:01:34 AM

「きっと明日も、会えるよね?」

僕は頷いた。
生と死が共存するこの場所で、彼女はもう何年も過ごしている。足を運ぶ度に衰弱しているようにも見える。終わりが近い事が分かった。
明日も会える確証は無かった。彼女の身体はかろうじて動き続けていた。医師曰く、それを先延ばしにする事は出来るが完治は絶望的だそうだ。日本の医療も所詮こんなものなのだと思い知らされた。

「私、ディズニー行きたいんだ。君が連れて行ってよ」

僕は頷いた。
夢の国など久しく行っていない。かかる金銭が現実的だからかもしれない。

「ユニバも行きたいんだよね。大阪って遠いのかな?」

僕は頷いた。
関西には行った事が無い。思えば関東にも行った事は無かった。

「まぁでも、一番最初に行きたいのは学校かな?トモダチとか作りたいんだ」

僕は頷いた。
明るい彼女の事だから、きっと友達が沢山できる。勉強も、学校から持ち帰ったプリントや教科書を使って僕が教えているけど、飲み込みが早い。不安は一切無いだろう。

「でもさ、私、無理だよね。お医者さんにも無理って言われちゃったし。」

彼女は乾いた笑いのまま続ける。

「よく飽きないよね。こんな何も無いとこに、いつ死ぬかも分からない私なんかに勉強教えたりして。」

「嫌じゃない、嬉しい。親も来ないから暇だし。一人は寂しいよ。でも、そうやって自分はどうでもいいですみたいな顔するのはやめて欲しいなって」

僕は頷けなかった。
ワイシャツのポケットからペンとメモ帳を取り出す。
書いた文字を見た彼女は怒ったような顔をした。

「やだなぁ、私は君と離れるつもりは無いんだから。責任取ってくれるんでしょ?最期まで添い遂げてくれるんでしょ?だから自分を大切にしろって言ってるの」

ごめん、という気持ちで頭を下げた。彼女にこうやって説教じみた事を言われるのは初めてではなかった。それでも、僕は自分を大切にしようなんて思えない。彼女に生きていてもらわないと困ってしまう。

「ディズニーもユニバも富士急も2人で行くからさ。早く声、治してよ」

目尻を下げてそう言われ、僕は喉仏を指で撫でる。
3年前、高い声を揶揄われて以来話す事が苦手になった。苦手からどんどん声を出さなくなって、気が付けばそれは出来ないに変わっていた。医師には精神的なものだと言われた。色々説明されたが、要約すれば、頑張れば治るという事だ。頑張らなかったからこうなっている。

「君の声、聞いてみたいよ。おしゃべりしたいよ」

僕は頷いた。多分、今日一小さい頷きだった。

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