曖昧

Open App

「きっと明日も、会えるよね?」

僕は頷いた。
生と死が共存するこの場所で、彼女はもう何年も過ごしている。足を運ぶ度に衰弱しているようにも見える。終わりが近い事が分かった。
明日も会える確証は無かった。彼女の身体はかろうじて動き続けていた。医師曰く、それを先延ばしにする事は出来るが完治は絶望的だそうだ。日本の医療も所詮こんなものなのだと思い知らされた。

「私、ディズニー行きたいんだ。君が連れて行ってよ」

僕は頷いた。
夢の国など久しく行っていない。かかる金銭が現実的だからかもしれない。

「ユニバも行きたいんだよね。大阪って遠いのかな?」

僕は頷いた。
関西には行った事が無い。思えば関東にも行った事は無かった。

「まぁでも、一番最初に行きたいのは学校かな?トモダチとか作りたいんだ」

僕は頷いた。
明るい彼女の事だから、きっと友達が沢山できる。勉強も、学校から持ち帰ったプリントや教科書を使って僕が教えているけど、飲み込みが早い。不安は一切無いだろう。

「でもさ、私、無理だよね。お医者さんにも無理って言われちゃったし。」

彼女は乾いた笑いのまま続ける。

「よく飽きないよね。こんな何も無いとこに、いつ死ぬかも分からない私なんかに勉強教えたりして。」

「嫌じゃない、嬉しい。親も来ないから暇だし。一人は寂しいよ。でも、そうやって自分はどうでもいいですみたいな顔するのはやめて欲しいなって」

僕は頷けなかった。
ワイシャツのポケットからペンとメモ帳を取り出す。
書いた文字を見た彼女は怒ったような顔をした。

「やだなぁ、私は君と離れるつもりは無いんだから。責任取ってくれるんでしょ?最期まで添い遂げてくれるんでしょ?だから自分を大切にしろって言ってるの」

ごめん、という気持ちで頭を下げた。彼女にこうやって説教じみた事を言われるのは初めてではなかった。それでも、僕は自分を大切にしようなんて思えない。彼女に生きていてもらわないと困ってしまう。

「ディズニーもユニバも富士急も2人で行くからさ。早く声、治してよ」

目尻を下げてそう言われ、僕は喉仏を指で撫でる。
3年前、高い声を揶揄われて以来話す事が苦手になった。苦手からどんどん声を出さなくなって、気が付けばそれは出来ないに変わっていた。医師には精神的なものだと言われた。色々説明されたが、要約すれば、頑張れば治るという事だ。頑張らなかったからこうなっている。

「君の声、聞いてみたいよ。おしゃべりしたいよ」

僕は頷いた。多分、今日一小さい頷きだった。

9/30/2024, 11:01:34 AM