「貴方には、分かりませんよね」
目の前の白衣の男が、冷めた声でそう言った。視線は俺の目より僅か下を向いている。俺を直視する事すら躊躇われる程なのだろう。
「もう何もかも手遅れだ、貴方がこんな事さえしなければ」
彼は溜息を吐いた。思えば、俺は何度も彼にそうさせていた。微かに震えた指先も、怒りを孕んだ声音も、苦しそうに時折伏せる目も、全て俺がしてしまった事の結果をとてもよく表していた。
「貴方の所為で何人が死んだと思っているんですか?貴方の軽率な判断の所為で、僕も皆も、何もかも失ってしまった」
現場は正に惨状、という感じであった。仲間達…いや、もう既にそう呼ぶ資格も無いぐらい…の遺体が、誰が誰かも分からないぐらい熔け合って滲み出している。床は赤黒い液体に浸され、靴を汚す事を余儀なくされた。
「もう、どうしたら良いんですか、僕は、祖国に何を言えば良いんですか?“戦争”は終わったけれど、貴方を除いて誰一人守れずに、僕はどこに帰れば良いんですか」
彼はAI技術に携わる研究者だった。凄まじい才能で、仲間と共にアンドロイドを創り上げ、各国に兵器として“配布”した。だが、或る一つの国が使い方を間違え、暴走させてしまった。別にただの機械、壊してしまえばなんとも無い。しかし、これは兵器だ。人間は次々と無差別に惨殺され、開発チームの俺達が対処に来た訳だ。そしてその結果がこれだ。
「僕の気持ちが、貴方には分からないですよね」
いつの間にか彼は泣き出していた。大嫌いな俺の、今はもう赤黒く染まった白衣に顔を埋めて。
「アンドロイドが暴走した時、僕はもう死ぬかと思いました。使い方を間違えた相手が悪いなんてとても言えなかった、数え切れない程の批判を受けて、各国の偉い人達に意味の分からない言語で責められて、頭がおかしくなりそうでした」
兵器の暴走が国内ニュースでも大々的に取り上げられた時には、彼は呼吸をする事も出来ていなかった。鬱になっていたのかも知れない。まぁどうだって良い。どっちみち彼は死ぬのだから。
「どうして、貴方はアンドロイドに暴走を学習させたんですか?人間への反逆や暴行は禁止だと分かっていたでしょう?」
怒り、というよりも悲しみの方が的確か。俺の腕に抱擁されて、彼はそっと此方の目を見た。濡れた眼が何よりも愛しかった。
「……お前を、殺したかったから」
「え、?ッう、ぐぁ゙ッ!?な、なにして…ッ」
「ずっとこうしたかったんだよ」
「やめ゙ッ、はなして…息できな、い」
俺は彼の首を絞めた。アンドロイドに殺してもらう予定だったが、どうやら生き延びてしまったので俺が直々に手を下そう。
「は、ぁ……ッ、ひゅ…ぅ……」
案外早く息を引き取ったらしい彼の目を閉ざしてやる。アンドロイドなんて玩具に執着して、国に貢献しようだなんて馬鹿馬鹿しい。俺を差し置いて“仲間”なんてものと戯れる彼なんてらしくない。俺は親友だ。お前等とは違う、親友だ。やっぱり俺が殺せて良かった、軽々しく触れるなんて許さない。美しい人形となった彼は、俺だけのものだ。盗んだ技術でAIとして復活させて、生身の身体は思う存分使わせて貰おうか。他の奴等とは違う、綺麗なままで死体になった彼は、星よりも花よりもずっとずっと、きらめいていた。
9/4/2024, 2:42:12 PM