『今まで、ありがとう』
親友はそう書き遺してこの世を去った。
あまりにも呆気ない最期だった。
何度も「死んでしまいたい」と呟く僕の親友。
その声を聞く事ももう無い。
誰よりも僕が一番彼を知っていたのに。
僕は勿論、彼自身だってこんな結末望んではいなかった。
それなのに、僕は彼を救い切れなかった。
数年前、僕は突如として彼の親友になった。
なった、というより、そうなるべくして生み出されたと言った方が正確だろう。
彼にしか見えない、彼にしか分からない、親友。
所謂イマジナリーフレンドだった。
彼が頭の中で作った、彼の為の“親友”。
それが僕だ。
それなのに、僕は彼を救えなかった。
彼を生かす為、彼の人生を少しでも長いものにする為、彼を幸せにする為、その為の僕が、救えなかった。
彼を殺してしまった。
「やるせないよ、僕は…」
よりにもよって僕は、やるせない気持ちを一番最初に感じる事になった。
自我を持つきっかけなら楽しい思い出が良かったのに。
「海、行きませんか」
「え?」
先輩は暫く目を丸くしていた。
夏休みだから、折角だし先輩とどこかに行って思い出を作りたいと思ったのだが。
俺の発言がそんなにおかしかったか、或いは予想外だったのか。
それとも海に対して何か特別な想いがあるのか。
「…先輩、海、嫌いでしたか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…」
言葉を濁しながら先輩は俺からの問いに答える。
歯切れの悪い返事を疑問に思いつつ、俺はいつ行くだとかどこの海だとかそもそも海じゃなくて良いんじゃないかとか言った。
「君、勉強大丈夫なの?まだ1年生だからって油断してたら終わりだよ」
「大丈夫です。それに夏休みのうちのたった1日ぐらい、先輩と居させてくださいよ」
「……誤解を生むような発言は控えて欲しいんだけど」
俺が柄にもなく甘えた声でお願いすると、先輩は押しに負けたようで、了承してくれた。
割と満更でも無さそうだったが、伝えたら海の約束を取り消されそうなので黙っておいた。
「言っておくけど、海の中には入らないよ。君すぐ溺れそうだし」
「えっ、溺れませんよ、俺高1ですよ」
「君はそう言って厄介事を引き起こすから心配なんだよ…本当は君と遊んだせいで留年しないかとか不安だ」
先輩は俺に対して過保護すぎる。
そんなに俺は子供に見えるのだろうか…?
「……あの、今年は海」「行かない」
2年後、先輩は大学生になり、さぞ素敵なキャンパスライフを送っている事だろう。
中学時代からの趣味らしかった百人一首を極める為に百人一首サークルに入ったらしく、充実した日々を過ごされているようで何よりだ。
俺はと言えば成績が絶望的で、再び高校2年生をやる事になった。
それに関してはまぁ色々あったのだが、ここでは割愛する。
そして今、また夏休みが来たので先輩を海に誘ったのだが、ご覧の通りこのザマだ。
「すみません、留年の事は本当に申し訳無かったです。じゃ、じゃあ先輩、海以外だったら検討してくれます?海以外だったら」
「駄目、今年は僕の家で勉強会だから」
「勉強………え、先輩の家!?先輩の家ですか!?ねぇ、今」
俺が吃驚して聞き返すと、既に電話は切られていた。
「でも来年は、海へ……行ける、かな……」
将来へのまだまだ不安は拭えない。
でも先輩が俺を気にかけてくれるうちは、努力を怠らない優秀な後輩になっていよう。
・以前執筆した『さよならを言う前に』の先輩と後輩
・一応両方男性ですが、どう解釈しても良いです。感じ取った事が正解
・先輩の方は「後輩(主人公)くんは僕の事恋愛的に好きなのか……??」と思っているが、後輩の方は普通に先輩として慕っているだけ
目の前に1枚の紙がある。
おそらくB5サイズのその紙は、真っ白で何も書かれていない。
『それは自分が何者か知る為の紙じゃ。裏返してみろ』
神様のような人はそう言ったが、僕は半信半疑だった。
こんな紙切れ1枚で自分が知れる?
そんな話あるわけ無い。
だが、そもそも神様の声を聞き、このような得体の知れない紙を前にすると、少し試してみたい気にもなってしまった。
僕は深呼吸をして、その紙を裏返そうとした。
でも、勇気が出ない。
例えるならそう、家に虫が出た時、飛ぶんじゃないかと思うと怖くて中々倒せないあの感覚みたいな。
自分が何者なのか、知りたいのに知りたくない。
知ってしまったら戻れない。
もし仮に『クズ』とか『社会不適合者』とか『無能』とか『ゴキブリにも土下座が必要なぐらいにゴミ』とか書いてあったとしたら?
それは神様からそういう駄目人間の烙印を押されたのと等しい。
そして長い時間格闘した末に、僕は目を瞑ったまま紙を裏返した。
軽い。
こんなものに怖がっていたのか、と思いつつ、目を開けた。
何も書かれていなかった。
鳥のように空を飛んでみたかった。
自由に羽ばたく鳥になりたかった。
人間として生まれた事を後悔し、通学路の途中で囀る小鳥に想いを馳せ、空飛べる日を夢見ていた。
僕は鳥になれなかった。
屋上からなら、僕は飛べるんじゃないかと思った。
結局落ちていくだけで、破裂音を聞いた。
自分の身体が壊れていくのが分かった。
何も見えない、聞こえない。
鳥になりたかったのに。
どうして神様は僕を人間としてこの世界に生み出したの?
鳥になりたかった、美しく空を飛び回る鳥に。
こんな身体要らない、飛べもしないこんな汚い人間の身体は嫌いだ。
僕は鳥になりたい。
もう誰にも見下されたくなかった。
人間のように色々な事をしてみたかった。
自由に生きる人間になりたかった。
鳥として生まれた事を後悔し、道行く人間に想いを馳せ、自由に生きられる日を夢見ていた。
僕は人間になれなかった。
「よだか」としてこの世界に生まれた僕は、常に蔑まれていた。
もう全てが嫌になって、どこに行けば良いのか尋ねて回ったけれど、結局誰も何も僕に道を示してくれはしなかった。
そしてついに、僕は星になった。
人間になりたかったのに。
どうして神様は僕を鳥としてこの世界に生み出したの?
人間になりたかった、美しくて個性豊かな人間に。
こんな身体要らない、醜くて誰にも好かれなかったこんな鳥の身体は嫌いだ。
僕は人間になりたい。
もう誰にも見下されたくなかった。
宮沢賢治『よだかの星』参考
「先輩!」
息を切らしながら呼び止める声に、先輩は振り向いた。人違いでは無かったと安堵するあまり、俺は盛大につまづいて転んだ。
「へ、平気!?怪我してない?」
「はい……平気です……」
先輩に手を差し伸べてもらい、起き上がる。幸い、制服だったおかげで無傷だった。そんな事より、ずっと俺達後輩を支えてくれた先輩が卒業なんて、信じたくもない。だが、これだけは伝えなくては。
「俺、先、輩に……つ、伝えたい、事、が……はぁ、はぁ…やばい死にそう……」
「だ、大丈夫?人呼ぼうか?」
先輩が心配そうに俺の顔を覗き込む。まずい、将来へと羽ばたく先輩にこんな顔をさせる訳には行かない。俺の事は心配無いと伝えなくては。
「せ、せん、せんぱい……俺は、大丈夫、です、から…っ」
「見るからに大丈夫じゃなさそうだよ…。ほら、呼吸を整えて…」
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……落ち着きました…」
先輩に合わせて深呼吸をする。すると息が苦しくなくなり、話をするのも楽になった。やっぱり先輩は凄い。学年が違う俺にも優しくしてくれて、部活が終わった後はいつも一緒に帰ってくれた。あの至福の時間が無くなってしまうのは寂しいが、それでも俺は先輩の夢を応援したいと思う。
「さよならを言う前に、どうしても伝えたくて……先輩が卒業するの寂しいですけど、俺も先輩と同じ大学行くって決めてますから…!!だから、これからも頑張ってください。俺、先輩の事ずっと……いや、これからも大好きです!!!!」
「声大きいよ…!恥ずかしいからそういうのは二人きりの時とかに言ってくれる…?」
気が付けば生徒達が俺と先輩を怪訝に見てきている。中にはクラスメイトも居る。またやらかしてしまった。先輩が卒業するというのに、俺という奴はどうしてこんなにも心配をかけるような事ばかりするんだ。
「…でも、嬉しいよ。あの、さ、もし君が来年、僕と同じ大学に受かったら……そしたら、二人でルームシェアとか…どうかな?」
先輩の言葉に、俺は目を輝かせ、そして落ち込んだ。
「僕、一人暮らしするんだ。大学から近いし、それに、君の事すごく心配だし……一年後、待ってるから、ね」
ああ、どうしよう。俺は先輩に申し訳無い気持ちでいっぱいだった。大変言いにくいのですが、と前置きをしてから。
「先輩、俺留年です」