hashiba

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4/19/2024, 2:15:26 AM

目立つことを嫌い、いつなんときも影であろうとする。彼はそういう人だった。そんな人が自分に気を許し気ままに振る舞う。今もこの家で、ソファに行儀悪くごろ寝している。こうなるよう仕向けたのは間違いなく自分なのだが、思った以上に心にくるものがある。影というものはいつでも光を連れているのだと、この期に及んでよくよく思い知った。時々ひどく眩しくて目が開けられず、触れることさえ躊躇われるのだ。


(題:無色の世界)

4/18/2024, 5:42:19 AM

新緑が風にさわさわと揺られる。花は散り見物客もいなくなり、並木通りは平穏な週末を取り戻していた。隣で一緒に歩くこの人と、少し前に花見に来たのだ。今回はたまたま通りがかっただけだが、何故だろう。あのときと同じくらい嬉しそうにそわそわしている。どうしたのか尋ねたら「今日はずっと手を繋いでくれているから」だそう。別に手くらい普通に繋ぐのだが、改めて言われると何だか無性に恥ずかしい。他に人通りもないのに振り解きたくなって、しかしがっちり掴んで離してくれない。意味もなく頬が熱い。赤面を隠してくれそうな花もとっくにない。覗き込もうとする顔を何とかして避けながら、並木通りを早足で駆け抜けていった。


(題:桜散る)

4/17/2024, 1:56:33 AM

好き勝手に生きてきた。何度他人と衝突したかわからない。この歳になってようやく分別というものが身についた、と自分では思っていたのだけれど。「晩ご飯用意してます」なんてメッセージがふいに届く。ああ、家に来ているのか、合鍵を渡したからそれはそうか、でも来てくれたのか、というかこちらの都合も聞かずに食事まで。たった九文字の伝言に頭は混乱、心臓は大暴れ。もう、全部壊す勢いで踏み込んで捕らえてしまいたい。擡げる欲を心の奥に押し込もうと、しばし深呼吸でやり過ごす。


(題:夢見る心)

4/16/2024, 3:36:30 AM

聞き分け良くこちらの手を離すくせに、名残惜しげに見つめて後ろ髪は引きまくる。会える時間も頻度も限られるなか、別れ際までそうやって執着をあらわにする。とっくに覚悟は決まっているのだろう。自分も、おそらくこの人も。それでも好きに生きてきた大人二人、懐に潜り込むには覚悟の他に足りないものが多すぎた。この手の中にあるその手を思いっきり引き寄せ、全てを捨てて連れ出したらどうなるだろう。そんな空想を宙に飛ばし、今日も離れていく指先をただ見送っていた。


(題:届かぬ思い)

4/15/2024, 1:16:47 AM

「明日は大事な用があるから」などと言って彼は大盛りのカツ丼をとても美味しそうに掻き込んでいる。験担ぎといえばそうなのだろうが、ただ単に食べたいだけにしか見えなかった。しかし、腹が減っては何とやら。図らずしも成就に最も近い道を採っている。勝利の神がもしいるとすれば、今頃きっと苦笑いだろう。その強さに少しだけあやかるような気持ちで、自分も運ばれてきた膳に手を合わせる。食べて生きていなければ、神にもできることがない。


(題:神様へ)

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