「二人ぼっち」
その日はお客さんが多く、厨房内はかなり厳しい状況だった。
ラストオーダーの時間を迎え、溜まっていたオーダーも次第に減っていく。
10分程して全て捌き終わった。
ただ、この時間で上がる人もいるため、厨房内は自分ともう一人だけになってしまった。
…何も締め作業が進んでいないのに。
お互い会話をすることなく、黙々と作業を進める。
そこからどれだけの時間がかかったのかはあまり覚えていないが、普段は厨房よりも締めに時間がかかるホールが、こちらより早く締め終わったらしい。
…そう、ついに私たちは二人ぼっちになった。
定時から1時間遅れでようやく締め終わり、二人でその日の労働を労った。
その人は自分よりも2年程先輩で、自分が業務関連以外では無言を貫いてきた新人時代に、心を開くきっかけになった人である。
正直この方がいなかったら、自分はここを既に辞めていただろう。
二人で他愛もない話をする時間。
他者と関わるのが苦手な自分でも、楽しいと思える。
色々話をしている途中で突然、その方が
「連絡先交換しません?」
という趣旨のことを言ってきた。
驚いた。
けど嬉しかった。
仕事ではあまりお役に立てていない自分でも、受け入れてくれた感じがした。
連絡先を交換してその日は帰宅した。
これだけでも個人的には満足だった。
―しかし、それだけでは終わらなかった。
帰宅して約30分後だろうか、その方から連絡が来た。
驚きと、こんなに自分に構ってくれているという事実とで、よく分からない感情になった。
なぜだろう。
その時、止まっていた人生の歯車が、また動き出したような気がした。
漠然と、"何か"が起こる気がする。
仕事は大変になるが、二人ぼっちも悪くないな。
…ありがとう。
「冬へ」
日差しの温もりと冷ややかな風。
季節の移ろいを肌で感じながら、いつも通りの日常を送る。
夏と比べると大分空が薄く、儚い色になった。
夕空のグラデーションが、より一層儚さを増す。
一年の中でもこの時期は、様々な意味で転換期なのだろう。
人間関係、勉学、業績、空、気温…
自分も昨日、とある人間関係に一度終止符を打ったばかりである。
この気候とともに冷え込み、奥深くまで隠れて眠っていく。
しかし、自分が眠りに吸い込まれるのはまだ早い。
"冷たさ"を乗り越えられるだけの栄養を蓄えなければ。
いつか暖かい空気で起こされるときを夢見ながら。
白い息を吐いて、冬へと向かう。
「愛する、それ故に」
自分の交友関係は比較的狭い方だろう。
というのも、訳あって自ら人と関わることを避けているから。
その"訳"というのも色々含まれているのだが…1番は、自分はこの世に生きてよい存在ではない、ということだ。
自分は、過去に大きな過ちを犯した。
世間一般的に、許されない過ち。
ネットの投稿を眺めても、「死ぬべき」とされているのははっきりと分かる。
だからなるべく人との関わりを薄くして、誰からも必要とされなくなったら消えようと思っている。
しかしそんな自分に対してでも、関わってくれる人は少なからずいる。
…自分を偽っているからだけれども。
そればかりか、自分を支えてくれている感じがする。
こんな自分でも関わってくれる人たちを、幸せにしたい。
もう、誰も傷つけたくない。
関わってくれるみんなに、同じように尽くしたい。
けれども、みんなに尽くす…みんな同じくらい平等に愛するが故に、誰かを傷つけてしまうことになるのなら、、、
―自分は何のためにこの世に存在するのか、
も う わ か ら な い 。
「フィルター」
自分は自分であるが、自分ではない。
誰かと話すとき、自動的に自分にフィルターがかかる。
例え親友であっても、家族であっても。
意識的にやっている訳ではない。
関わる対象が変われば、フィルターも変わる。
自分のはずなのに、自分ではない。
明るく振る舞う自分、頼られるような自分…
暗くて、無気力で、残酷。それが本来の自分。
独りのときは全て負の要素で構成されている。
社会から拒絶されるのがきっと怖いのだろう。
環境に適応するために、フィルターが負の要素を内へ留め、同時に美化する。
元の自分を受け入れてくれる人なんて実際いるのか。
本当は、そんな自分に触れて、受け入れてほしい。
このままでは、フィルターの自分が偽りの自分となる。
そうなれば、自分は何かの操り人形だ。
…苦しみと葛藤の渦に溺れて、"自分"はこの世に溶けていく。
「Midnight Blue」
バイトの締め作業を終え、1人静けさの漂う駐輪場へ向かう。
その日は客が多く、上がりが遅くなっていた。
気がつけばあともう少しで日付が変わる。
ジャケットに手を通し、メロンソーダを片手にシート上で一息つく。
疲れた身体に沁みていく。
メロンソーダを飲み干したら、後は帰路につくのみ。
ちょっと重いヘルメットを被り、相棒…原付を走らせる。
アルバイトの過程で自分が1番楽しみにしているのが、この帰る時間である。
風を切って、日中は渋滞している道路をも颯爽と駆け抜ける。
カーブのない一本道だからか、綺麗に整備された街並みが背景となり、夜空を引き立てる。
黒のはずなのに、ただの黒ではない。
黒の中に青が混じり、深みが増している。
藍色とも言えない、全てを飲み込みそうな色。
…美しい。
―再び吸い込まれるため、今日もまた相棒と。