「終わり、また初まる」
長かった受験生生活も、ひとまず終わった。
完全に、燃え尽きてしまったような感覚。
春からの新生活の準備を進めなければならないが、その気にはなれない。
しばらくして春の暖かい日差しに誘われ、私はこの故郷を散策することにした。
遊歩道、公園、学校、ショッピングセンター、
歩きながらその景色を眺めていると、自分を俯瞰しているような感覚になる。
自分の原点はここだったと気づく。
初心にかえると、本当に自分の歩んできた道が合っているのか分からなくなる。
少し前までは、この選択しかありえないと思っていたのに、今更不安を感じる。
…次の"初めまして"まであと少し。
その不安も自分の大切な一部として、丁寧に段ボールに詰めていく。
「未来の記憶」
今思えば、自分は未来の記憶を辿っているような気がする。
小学生の頃の将来の夢は、表向きではパティシエだとか地方公務員だとか、そんなことを言っていた。けれども、いつも心の中では、ぼんやりと、やりたいこと…というより、将来やっているであろうと思うことがあった。
中学でも、ぼんやりとした夢は変わらなかった。
高校に入ってから、自問自答して、やはりこれはそういう運命なのだろうと思った。一気に具現化していった。
きっと、未来の自分が、今の自分に"記憶"として残しているのだろう。
そうでなければ、自分はこの道を進んでいない。
もっと遡れば、我々は生まれたときから、おおよその未来は決まっているのだと思う。
決まってはいるが、その時々の微妙な要素や過程は、今の自分が決められる。
それが、未来の記憶を辿るのに必要な"栄養"となっている…
少なくとも、自分はそう思っている。
「星に願って」
眠りにつこうとすると、ふと何だか外の暗闇に包まれたくなるときがたまにある。
虚無感、というのだろうか、語彙に乏しいからあまり的確な表現はできないのだが、そういう感じに浸れるから好きだったりする。
自然に涙が流れる。特に意味もなく。自分が暗闇に包まれて何を願いたいのかは自分でもわからない。わからない、というよりは、思うことが大体矛盾している。
死にたくないから生きたくない
なんて何回思ったことか。
でも、無の状態で何回も思うということは、やはりそれが自分の本心であり、矛盾していてもちゃんとした願いなのかもしれない。
入試や大会の前では、能動的にカーテンを開け、上手くいきますように、と必ず願う。
叶わないときももちろんあるが、星はきちんと見守ってくれているのだろうか、大体なんとなく上手くいっていた。
だから馬鹿馬鹿しいけれど、矛盾した思いも、能動的に星に打ち明ければ、受け入れてくれるのかもしれない。
…でも、そんなことは恐らく今後の人生でしないだろう。
不思議で絶妙な人間味を感じたいから。