しば犬

Open App
9/14/2025, 2:15:40 PM

夕立のあとは、爽やかな涼しい風が吹く。
そして、決まってその日の夜は晴れるのだ


リーンリンと踊るようになく鈴虫の声
近くの田んぼの横を流れる水路の音
標高の高い田舎の夜は涼しい上に心地よいBGMがしっとりと流れる
親戚が一堂に会するタイミング、久しぶりの帰郷
下の階の居間から聞こえる家族たちの談笑
俺は1人、元自室のベランダで酒を煽り煙草を吸う
酒は少人数で楽しみたいものだ。だがしかし下の階で飲むにはちときつい......
出来上がっている大人が何人もいるんだ、プライバシーもデリカシーもあったもんじゃない
トイレに行くついでに、新しい煙草と酒を買うことを決心し、歩いて20分の所にあるコンビニへ向かう。

よく晴れている訳では無いが、月の灯りが夜道を照らす
青い光が灯るコンビニの看板が俺を照らす
とりあえず、酒とツマミ......以外にあるんもんだなと感心しつつ
いつもの酒をとる。そして不意に横から声がした
「ねぇ、久しぶり!元気しとった?」
初恋の人の声だ。
ガキの頃からずーっと一緒で高校卒業するまでいつも隣にいた人
「......あ、久しぶり。酒買いに来たん?」
「うん!そっちこそー、いつこっち帰ってきたん?てか何買ったん?」
「うーん、ビールと甘いヤツー」
「昔から、甘いの好きだったね。私さ今暇だからさ一緒に飲まん?」
思いもよらない事で内心戸惑ったが暇を持て余していた俺からしたら最高の誘いだった
「......おう、いいよ。いつもの公園どう?」
「有り!てか覚えてたんやね......」
嬉しそうな、悲しそうな、入り交じった顔を彼女はした。
昔からわかりやすいやつではあったが、大人になって少し読みにくくなったものだと変化を感じる。

袋いっぱいに買った酒とツマミを持って、昔からある公園へと歩く。
近況報告を踏まえた話をひっそりと楽しく繰り広げる。
あぁ、安心するな......と心から思った。
都会の喧騒や要らないところにまで配慮しなければならない窮屈な生活をしていたからこそ分かる。

「やっぱ、楽しいねー。お酒もさこうやって二人で飲めるようになったやね。」
酒が入り上機嫌な彼女はそう呟く
「昔も良かった。今もいい。変化を感じて一緒の時間を過ごせるのがとっても幸せ!」
俺は、1人静かに頷き酒を飲む。
ふと、上に目を向け空を仰ぐ
「......?あー、今日は月が綺麗だね!」
俺の顔を見た後に同じく空を見上げた彼女が言う。
「あぁ、すごく綺麗だな。ありかもな......」
秘めていた思いが溢れそうになる。
「へへ、冗談でも行ったらあかんことあるんよ?」
分かってる。そう、何度も頷きガバガバと酒を飲む

あの日、高校最後のあの日。君と見上げる月があまりにも眩しくて、綺麗でずっとこのままの時間が止まってしまえばいいのにと思った。
だから今見上げる月が恋しくて切ないのだろう。

用事が済んだら、ちゃんと墓参りしに行くから
お前の分までちゃんと生きるから
だからまた、今日みたいに一緒に月を見上げてくれ

9/13/2025, 2:14:51 PM

......無い......無い、無い、無い!

無い!!!!!!




待ちに待ったこの日。
運命の1日
人生をかけたと言ってもいい日
3年間の成果がついに目に見てる形となって現れる
いつもより早く起き、クリーニングに出した戦闘服とも言える制服に手を通す。
期待と不安が胸を膨らませる。
空腹かストレスか、みぞおのち辺りがキリキリと痛む。
でも食べたい気持ちが箸を勧め、胃に食べ物を落とす。
忘れ物はない。受験番号の書かれた受験票、筆記用具。
お守り代わりのいつもの筆箱と筆記用具。
カバンの中に全てあることを確認し、発表会場へと向かう。
普段乗ることのない電車、拙い手で切符を買い乗り込む。
見慣れない景色が矢継ぎ早に通り過ぎる。
車窓から見えた景色の中に向かうべき場所が一瞬映り込む。
忘れかけていた不安が静かに心を蝕む。
緊張が身体を絡め取り、支配するかのような感覚に陥る。
視界が霞み白くぼやけ、周囲の音が徐々に小さくなっていく。
微かに聞こえるアナウンス。この路線には1つしかない濁点の入った駅名。
到着したのだ。アナウンスが僕を現実世界へと覚醒させた。

駅から歩いて行く、3分もしないうちに体はじっとり汗ばむ。
額にはたま粒の汗を滴らせ、息が上がる。
走っているわけでもない、真夏の昼間でもない。
歩いてい目的地向かう、まだ寒い3月の午前。

白亜の白い城壁のような校舎。
そこに続く、立派な銀杏の並木
その横に広がる、深い緑色をしたグラウンド
長い旅を終えたかのようにゆっくりと目的の場所へと歩みを進める。
着いた、着いてしまった。待ちに待っていたここに......

目の前に表示された、大きな白い看板には多くの数字が並ぶ。
大量の数字の羅列の中から見つけなければならない
4桁の数字を照らし合わせながら端から端へと目を配らせる。
「8500、この列か ......」
『8528』これが僕の数字だ。そして律儀なことにここの学校は、受験に落ちた人の場所を空け、合格者の数字を表示している方式らしい。

『8522』、『8523』、『......』、『......』、『8526』
飛ばされた数字を確認し、僕ではないという安堵と可哀想だなという同情が込み上げる。だが、すぐにでも自分の番号を見つけ心を落ち着けたい。
「えーと、『8527』、『......』、『8529』......?』
嘘だろ......冗談だろ?無いなんてことあるのか?
あるはずの、番号がそこに書かれていない
信じていた、僕の番号が、書かれてない!

終わりだ......終わった......もうダメだ

目の前の板は、僕に希望の未来を魅せるのではなく
この板とおなじ、何もかも書かれてもいない
そんな未来を僕に突きつけてきた......

空白の文字がいつか見えるのではないかとそんな浅はかなことしか今は思えない
膝から崩れ落ちたせいか、じんわりと暖かい感覚が膝に広がる......

途方もない喪失感が、心の中の空白を埋めるかのようにゆっくりと満ちていく

9/10/2025, 1:39:40 PM

世界はモノクロだ。
極彩色に彩られようとも嘘が混じれば、虚飾でしかない

うだるような暑さは、夜でも続く。
だが、ここの熱気は四季を通して、冷めることは無い。
ここは東京都新宿区歌舞伎町。
ネオンがギラつく不夜城。
見栄と虚飾と欲望に彩られた町。
そのハズレの雑居ビルにテナントを構えるガールズバー。
そこは、社会の鬱憤を晴らす癒しの場と言えよう。

僕はいつもと違う道を通って残業終わりの帰路に着く。
ただ、なんとなく酒が飲みたかった。
大衆居酒屋でも、キャバクラでもなく、
ガールズバーがいいと心が叫ぶ。
さらに、行ったことのない場所なら尚良いと。

蛍光色のネオンが照らす歌舞伎町。
だと言うのに、僕の目にはモノクロにしか映らない。煌々と輝く看板が目に入る。
『BAR Liberia』
バーもいいなと思い、雑居ビルの3階に足を進めた。

「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」
スーツを纏った一回り近く年下のバウンサーが声をかける。
小さく私は頷き、店内に案内される。一通りの説明を受け席に着いた。
色彩に彩られたのは、看板だけで内装も人もモノクロであった。
嘘にまみれていると、分かってしまう。
はぁ......とため息をついたが結果は変わらないので酒を飲む。
なにか変わればいいと、心の中の何かが変わればいいと足を運んだが
そんな事はそうそうないのだと、さらに酒を煽る。

「お......さん、お兄さん!なんだかつまらそうにしてますね!」
派手な赤い髪に青いドレス、緑の瞳が際立つ女の子が目の前にいた。
客は僕しかいないようで、暇なのか声をかけてきたみたいだ。
「あれ?私の顔、何か変ですか?もしかして、メイクとかへんですか!?」
色がある彼女が珍しく凝視していたらしい......
「......そんなことはない、とても色鮮やかで綺麗だ」
心から漏れ出す、感想。
「えへへ、ありがとうごさいます!一昨日染めたばかりなのでまだまだ綺麗ですよ!褒めて貰えて嬉しいです」
コロコロと変わる表情と声に僕は少しづつ惹かれてしまう。
「グラス、空いてますよ!次は何にしますか?同じのにします?」
「......オススメをお願いしようかな、任せるよ。」
「了解です!取っておきの美味しいやつ作りますね!」

虚飾の中にも真実はある。
モノクロの中だからこそ輝く色彩。

疲弊した心がほんの少しだけ癒されるようなそんな気がした。
これでいい、このくらいでいい。

9/5/2025, 2:35:40 PM

青く透き通った空。
白く高い雲。
青々と茂り稲穂がつき始めた田園。
白く厳しい陽射しが降り注ぎ忙しくなく蝉の声が聞こえる田舎道。
ラジオの向こうから名前の知らないアーティストの名前の知らない曲をBGMにしエアコンの付いていない軽トラックで走る。

陽炎に揺れる青い光は赤い光となり、僕らを止める。
「ふぅー。あっちぃ……今だにエアコンの付いていない車があるなんて信じられるかよ……」
窓の外に腕をだらんと垂らした彼が、タバコに火をつけ悪態をつく。
「ごめんね……こんな辺鄙なところに来ることになっちゃって……」
「大丈夫、一度は来なきゃ行けなかったんだろ?それにこればっかりはしょうがねぇーよ。」
ジュッ。飲みかけの缶コーヒーにタバコを入れ、また動き出す。

3日前、ゲリラ豪雨と共にその知らせは来た。
何年も連絡をとってなかった義姉からの電話だ。
「パパとママが……パパとママが死んじゃったの……」
ざまぁみろ……クソみたいな義父とクソみたいな母親が死んだ。
中学生の頃、シングルマザーだった母が義父を連れてきた。資産はあったが、愛に飢えていた義父は当時スナックで働いていた母とすぐ恋に落ちた。そして私の2つ上の義姉と一緒に家族になった。

それからはまぁ、よくある話だろ。
連れ子に手を出す義父。ある日から肉体的にも性的にも暴力をふられるようになった。
義父の暴力に耐えかね母に言った。だが義父のことしか頭にない母は助けることも守ることもなく見て見ぬふりをした。そんな記憶と共に心の奥底しまっておいた嘲罵と死んだという驚きが心を支配した。
だがそんな感情を出すことなく、義姉の要件を聞いた。
ひとつは、財産について。実業家だった義父はそれなりに資産もっていたのだろう。
もうひとつは、線香を上げろとのこと。
生きているうちに会うのは嫌ではあったが、死に顔くらいは拝んで縁を切ってやろう……

どんよりとした空気が車内に立ち込める。
田舎の実家。もう一生帰るつもりのなかった故郷。
寂れた何も無い、希望のないあの場所へもう着いてしまう。見覚えのある道と昔遊んだ家の近くの神社が教えてくれる。
「……ねぇ、あの神社によっていい?気分転換にお参りしたいの。」
「うん、休憩に丁度いいし行くか……」
2人で鳥居を潜り少し急な階段を上がる。===
最後の階段を登りきり、ふと振り返る。
眼前に広がる田園と鈍く銀色に輝く鉄塔。
さぁーーっと、田園を駆け抜けた青い風が汗ばんだ肌を撫でる。
「うーーーん、風が気持ちいい。
ちょっとだけ来てよかったなって思ったよ。」
「なんか、いい顔になったな。きっと神様が憑き物を取ってくれたんだろ。」
彼の言うとおり、ずっと心が軽くなった気がする。
ここには、暗く黒い記憶と封印していた遠い過去しかない。
「……本当にね、来たくなかった。あんな知らせがなかったらもう一生来る気もなかった。でも、これは私なりのケジメだし……あの時から変わらない私が踏み出す為に必要だと思えたから。連れてきてくれてありがとう。
さ、ちゃっちゃと用事済ませて、帰ろ。」


何も無い田舎道を走る軽トラ。
開け放った窓から流れ込む青い風 。
青々と光り輝く信号機は、これからの事を暗示するかのように、私達の行く手を阻むことは無い。

過去にもここにも私の居場所は無い。
未来も私の居場所は、きっと彼と共にある。

9/4/2025, 12:52:40 PM

言い出せなかった「愛してる」



......ありがとう。幸せだったし楽しかった
僕はさ、ずぼらだし面倒くさがりだったけど
君がいたから頑張れたし
君がいたから沢山やりたいことが出来た
君がいたから今の僕がある

君ともっと同じ時間を歩みたかったよ......
君がもっと隣で笑ってて欲しかったな......
君の隣に行けるのはもう少し先だから......
いつもみたいに待たせちゃうね。

最後くらいビシッと決めたかったけど無理だった。
情けなくてごめんね。
愛してる、今までもこれからも

Next