桜の咲くこの時期は出会いと別れを連想させるし実際のところそうなのだろう
かくいう私もそのひとりなのだから
高校から付き合ってた彼とも先日別れた
大学生になった私と社会人になった彼
些細なすれ違いが喧嘩を呼び
余裕の無さが、そのズレをより大きくした
あの時こうしたら、あんなことを言わなければ
そんな後悔も今となっては取返しなんてつかないというのに。そんなもしもを考えては、布団に顔を埋める。
何も食べたくは無いが、お腹はすく。
冷蔵庫には何も無い、ストックしてある保存食もない
宛もなく、家を出た
気がつけば、スーパーでもコンビニでもなく
彼とよく行ったお店の前にいた
「いらっしゃいっ!!お?嬢ちゃん久しいね」
煩いくらい元気な声の挨拶
人の前に出るには不格好な私を見て何かを察したのだろう。気まずい様な顔をした店主にいつものを頼んだ
「特製ラーメン、ネギ増し味玉トッピングメンマ抜きお待ち!あとこれはサービスだよ。」
いつものラーメン。そしてラーメンに似合わない桜餅
「何があったか知らないけど、腹いっぱい食べな。」
暖かいスープが胃袋を潤し、細麺と桜餅が空っぽになった胃を満たしていく。心に空いた穴を埋める様な感覚がゆっくりと広がる。
気がつけば、店主に彼と別れたことを話していた。
「まぁ、なんだ......春ってそういうもんだよ。でもな雨が降ったら、次は晴れるんだよ。冬の後には春が来るんだ。辛くなったらまたおいで。ラーメンしか俺には作れないけどさ」
お店を出た私の前に遅咲きの桜の花びらがひとひら落ちる。
春の終わりを告げ、新緑を宿す桜が私の背中を押した気がした
『ひとひら』
「曇り空って嫌いなんだよねー」
隣の彼女は言う。理由を聞きくと空から僕に視線を移し
「なんでってそりゃー、青い空が見えない……から?」
疑問系で返すなよ……
「君にひとつ教えておこう!私はね、蒼が好き。晴れてれば、海も空も山でさえ青色に染まるんだよ。」
見てればわかる。いつも青い色を身につけているのだから
僕がこんなんじゃなければ、海も空も山ももっと色々な所に行って一緒に見れただろうに……
「私が1番好きなのは、ここで見る青い空。」
窓から心地のいいそよ風が、彼女の髪を撫ぜる。
「ねぇ、蒼?私はあなたが好き。いい加減気がついてよね?」
僕は鈍いなー……爽良も僕のこと好きだったなんて
ありがとう、ごめんなさい
誰も知らない、僕だけの場所
誰も入れない、僕だけの居場所
長らくひとりで居られる場所だった
でもそんな所に人が来るようになった
綺麗な黒髪の女性だ
僕しか知らないのにという感情もあったが
共有できる人が出来た嬉しさもあった
僕の小さな心の中にいる彼女の事が気になる
僕だけの秘密の場所じゃなくて
僕たちの秘密の場所だから
Question:貴方は彼女を愛せますか?
最悪だっ、クソ上司のおかげで推しの配信は見逃すし
犬のフンは、踏み抜くし
朝は、痴漢と間違えられるし
散々すぎる1日だ……
だが、そんなのはどうでもいい!!!
明日は、待ちに待った推しのライブなのだっっ!
あとは帰るだけ。
狭いエレベーターを10秒待てば、癒しの我が家に着く
目を閉じて浮遊感を感じ、いつものベルのような音が鳴る
はずだった……いつまで経っても鳴らない
テレビの中でしか見ない?聞かないエレベーターの到着音。
「はぁあ!!!なんで止まんのよ!?故障とか信じられない、デートに遅れるじゃん💢」
ドア近くにいた華奢な女性がギャーギャー喚いてる
イヤホン越しに聞こえるのだから、相当大きい声だろ。
煙い、独特な香りと白い煙が目の前を漂う。
タバコだ。信じられないがエレベーターの中でタバコを吸いやがった!?
ふと顔をを上げ、喚き散らしている女の顔を一瞥してやろうとしたが、前を向いていて後ろ姿しか分からない。
目の前の女性は、イライラしているようで頭を掻きむしる
揺れる髪の間から、うなじが一瞬見えた。推しと同じ場所にホクロがある。連なったホクロは、唯一だと思てっていたから信じられない。目の前の品のない女が推しだと!?
もっと信じられないのは、‘デート’だ。
推しは彼氏持ちかつ、タバコを吸い、挙句公共の場であることを弁えず、喚き散らすような女ということだ。
幻滅だ……これが蛙化現象というものか。
あ、でも推しと密室で同じ空気を吸える
タバコは嫌いだが、推しの吐いた煙を吸っている!?
混乱してぐちゃぐちゃの頭は、社畜からオタクモードになりつつ状況を整理する。
「てかさ〜さっきから、煩いんだけど?ぜぇはーぜぇーはーって喘息持ち?それとも閉所恐怖症?そんなんだったらエレベーター乗るなよ、クソがよ。」
見たことも聞いたこともない声と顔で、推しは悪態をつく
そして、目が合った。平凡な僕でも特徴というものがある。
目元のホクロだ。左目の目尻の下に2つ連なるようにホクロがあり、右目の目尻にもホクロがある。
ハッとするような彼女の顔を見れたのは僥倖だった。
「あっ……泣きボクロくん……!?いや、イヤイヤイヤさっきのは違くて、アイドルやってるとストレス凄いんです!たまに、貰った時だけ吸うんです!だから普段はこんなんじゃないんです!
でね、デートってのはメンバーの子と遊びに行くことを言うのね!ほら〜、気分だけでも味わいたいからなんです!」
慌てふためき、‘デート’、‘タバコ’を誤魔化す。
マネージャーから貰ったということを誤魔化す為か、鞄からタバコの箱を取りだした。
一緒に黒い正方形の個包装の何かが僕と彼女の間に落ちる
「「…………」」
沈黙が2人だけの空間を支配する。
‘チンッ’ベルの音が鳴る。エレベーター動いて
止まるはずだった階にとまる。
「この事を言いふらしたら、殺す」
彼女は、去り際にその言葉を残しエレベーターから出ていく。
今日は、オタク人生の中で最低で最高の日かもしない。
推しである彼女の一面を
他のファンは知らない一面を
僕しか知らないあの瞬間を
心に秘めて、今日もペンラを振る
僕の顔を見る度に、推しの顔が一瞬だけ歪む。
あー、なんて愛おしいんだろうか
雑草の中に咲く一輪の花
一際目立つその赤は何よりも輝いていた
だが、目立つということはそれだけ害ある蟲も寄ってくる
あからさまなやつ
煌びやかに飾っているやつ
誠実そうなやつ
無害そうなやつ
寄って集って、あの花の周りをうろつく
見ているだけで、怒りがわき起こる
だが、僕だけが知っている
あの花には毒があることを
寄り付く蟲を悉く死に至らしめることを
今日も可憐に咲く一輪の花
永遠に花を散らすことなく咲き続ける花
それは僕だけの華である