8月31日、午後5時。
僕は知らない天井を見上げ、そして長い眠りから起きたのである。
白い天井、白いカーテンが周りを覆う、白いベッドと
心臓の音を知らせる電子音。
わかってしまった病院のベッドの上だということを
声を出そうにも手を動かそうにも、どうにも身体が言うことを聞いてくれないのだ......
「......ぁ......ぅあ゛」
声にならない声がか細く部屋にこだまする。
つたない手で、ナースコールを押した。
そのうち看護師が来る、だがその前に記憶の整理がしたい。
僕は瞼を閉じて、最後の記憶を辿る。
あれはそう6月31日午後のことだ。
夏の始まりを楽しみにいつもの道を自転車で走っていた。
日が延び西日がきつくなった夕方のことである。
視界の聞きづらい住宅街の四つ角。
僕は、不運なことに車の目の前に飛び出てしまった。
強い衝撃と頭にじんわりと暖かさを感じた。
これが僕の最後の記憶。
ナースが来たのだろう仕切りに僕の名前を呼ぶ。
一応返事はしているつもりだった。
だが、どうにもうまくナースの声が聞き取れない。
まだ明るい空との鳴き声が僕の五感を刺激してやまないのだ。
窓の外からふと会話が聞こえる?
「......おい、今日がなんの日か知っているか?明日は9月1日だろ?だから今日は夏の最後の1日だよ」
はぁ?8月31日?嘘だろだって、今日は6月31日じゃないか。つまり、僕は2ヶ月......2ヶ月も眠っていたのか?!
僕の夏は?始まってすらいないのに終わるのかよ......
ねぇ、あなたはだあれ?
なんでわたしのなかにいるの?
ぼくは、きみだよ。
うまれたときから......
ねぇ、あなたはだれ?
なんで私の中にいるの?
僕は君、君は僕。
今までどおり、一緒だよ
ねぇ、貴方は私なの?
あぁ、君は僕なんだよ
生まれた時から、ずーーっと一緒
そしてこれからもずーーっと一緒
私は貴方で、僕は君。
ふたりで1つ。ふたりでひとり
心の中の風景は...真っ暗だった
遡ること1週間前。
僕はついに御百度参りをやり遂げた。
家の近くの寂れた小さな神社
学校の帰りにふらっと立ち寄ったあの日
何故か呼ばれたような感覚に陥った。
鳥居の前に立つとおいでと言わんばかりに風が背中を押した。
境内には鬱蒼と生い茂る雑草と手入れが行き届いてない社。それでも妙に綺麗な御神木のしめ縄とお賽銭箱。
なんだか願いが叶う気がした。
身に余る幸せや、大金が舞い込んでくる願いも浮かんだ。突拍子もない夢を形にするのもいいと思った
あの子の気持ちがしりたい......入学してからずっと気になっているクラスのあの子の思っていること、心の中が知りたいと思った。
「どうか、どうか神さまお願いです。クラスの気になっているあの子の気持ちや思っていることがわかるようにしてください」
そして今、あの子の気持ちが分かるとワクワクしてたまらない。
「おはよう、昨日の課題大変じゃなかった?」
と僕は他愛のない話で切り出した。
どんなレスポンスになるんだ?脳内に聞こえる系か?気持ちとか、思ってることが吹き出しになる系か?シンプルに直感でわかるやつか?
「そう?好きな教科だったからそんなに大変じゃなかったかなー」
といつも通りの明るい笑顔で返答してくれた。
そのあともいつもみたいな話をしていると予鈴が鳴る
......何も起こらない。本音を喋ってるなら特に変化がないってことか???
授業中も、お昼も、帰り際も特になし。
......やっぱり、御百度参りしても願いなんて叶わないんだろうな〜。あの時感じた直感も気の所為だったんだな。
結局何も無い1日が過ぎ、僕はねた。
......目が覚めた。何時だ?と時計を探すがない。スマホも見当たらない。ただ、目が覚めたという実感はあるが体の感覚が一切ない。視覚的情報も聴覚的情報すらない。
分かった。わかってしまった、僕はまだ夢の中だと。
そしてここは、あの子の心の世界だと。
足はないが、歩いてみる。ひたすら真っ直ぐに。
どこまで行っても、暗い暗い何も無い空間が続く。
あの子に会えるかもしれないという淡い思いはすぐに打ち砕かれた。
ただ、真っ暗な何もない世界が広がっていた。
明るく照らされことない世界が。
もう諦めようとした時、光が差す場所が見えた。
そこには、小さいあの子と大きな人かいた。
小さなあの子は自分を守るように小さくうずくまっていた。
そして、その後ろに立つ大きな人は本能的な嫌悪感を抱かせる視線をあの子に注いでいる。
うわ......と心の底から思ってしまった。
憶測が混じり気持ちの悪い妄想が止まらない。
それと同時にそんな状態でもあの子はいつも明るいのか......
これは見なかったことにしよう。あの子の心中の風景は「......真っ暗で何も無いって思って終わりにするんだ。」
頭上から聞こえたあの子の声はいつもと違う低く重い声だった。
「いいよ、それで。こんなところにきた理由は聞かないけど、幻滅したでしょ?」
幻滅というより、驚きかな
「......驚き、ねぇ〜。まぁあいいや、また明日。」
ジリリリーーーーンと煩い目覚ましの音で現実世界で起きた。
聞きたいと思うし、いつも通りでいたいと思うし、勝手人の心の中に入ったのだから救いたいとも思う。
いつも通りに学校に行く。足取りは重く、心も複雑。
ただ、いつも通りの毎日を過ごさなくては行けないという謎めいた使命感がここにある。
「おはよう......今日もいい日だね」といつも通りに挨拶をする。
「うん、おはよう。」
昨日のことがあったばっかりに、気まずい......
「気まずいって思わないで。」
!?......なんで?口に出していないのに。
「聞こえてるし、わかるよ。......だって昨日私の中にきてくたでしょ?」
と僕の耳元で囁く。
早くなる鼓動と昨日の出来事が単なる夢ではなかったのだという事実が筆舌に尽くし難い心境にした。
「まだ、私のことが気になる???」
この世にもしもなんてことは無い。
時間、場所、人、天気、どれをとっても戻ることは無い。
だから悔いのない選択をしなければならない。
でも思ってしまう......
「もしも......」と
もしも君があと10歳若かったら
もしも君が同じ町に住んでいたなら
もしも君と出会うことがなかったら
もしも君がこの世界に存在しなかったら......
きっと僕はこんなに苦しまなくて済んだのに
きっと僕はこんなに幸せを感じることはなかっただろう
だから、もしもと思わずにいられない
はぁ、今日で三十路......
1年がすぎるのは早いなぁ笑
夢も希望も彼氏もなーんもない
いつかを願って、いつかを信じて、いつかに希望を抱いていたのに
もう、そんな力は私には残ってない
いや、そもそもそんな気力があったかさえも怪しい......
通例でやっている誕生日に意味なんてない
もう、誰も私の誕生日を祝ってくれない......
でもこれを辞めたら本当に何も無くなってしまう
そんなよく分かんない不安がある
だから、現状維持は心地がいい
新しいのは、変化は......怖い
あの日夢見ていた少女は、未来を恐れる大人になってしまった。
空に憧れていた幼虫は、蛹になった。
希望を内包した蛹は年を経て、蝶へと孵化をした。
翅の寄れた醜い蝶は、夢見ていた空を舞うことはない。
ただ、地に伏せその身を這いずる。
......私は何をしたらいいの?
......私は何にすがればいいの?
きっと、あの時から全てが狂ったんだ
そう言い聞かせないと、無理だ
救いのないという事実が心を支配する。
死こそ救いと言ったのは誰だったろうか。
はぁ、時間だ......仕事に行かなくちゃ......
ずーっと夢を見る少女でありたかったなー