青く透き通った空。
白く高い雲。
青々と茂り稲穂がつき始めた田園。
白く厳しい陽射しが降り注ぎ忙しくなく蝉の声が聞こえる田舎道。
ラジオの向こうから名前の知らないアーティストの名前の知らない曲をBGMにしエアコンの付いていない軽トラックで走る。
陽炎に揺れる青い光は赤い光となり、僕らを止める。
「ふぅー。あっちぃ……今だにエアコンの付いていない車があるなんて信じられるかよ……」
窓の外に腕をだらんと垂らした彼が、タバコに火をつけ悪態をつく。
「ごめんね……こんな辺鄙なところに来ることになっちゃって……」
「大丈夫、一度は来なきゃ行けなかったんだろ?それにこればっかりはしょうがねぇーよ。」
ジュッ。飲みかけの缶コーヒーにタバコを入れ、また動き出す。
3日前、ゲリラ豪雨と共にその知らせは来た。
何年も連絡をとってなかった義姉からの電話だ。
「パパとママが……パパとママが死んじゃったの……」
ざまぁみろ……クソみたいな義父とクソみたいな母親が死んだ。
中学生の頃、シングルマザーだった母が義父を連れてきた。資産はあったが、愛に飢えていた義父は当時スナックで働いていた母とすぐ恋に落ちた。そして私の2つ上の義姉と一緒に家族になった。
それからはまぁ、よくある話だろ。
連れ子に手を出す義父。ある日から肉体的にも性的にも暴力をふられるようになった。
義父の暴力に耐えかね母に言った。だが義父のことしか頭にない母は助けることも守ることもなく見て見ぬふりをした。そんな記憶と共に心の奥底しまっておいた嘲罵と死んだという驚きが心を支配した。
だがそんな感情を出すことなく、義姉の要件を聞いた。
ひとつは、財産について。実業家だった義父はそれなりに資産もっていたのだろう。
もうひとつは、線香を上げろとのこと。
生きているうちに会うのは嫌ではあったが、死に顔くらいは拝んで縁を切ってやろう……
どんよりとした空気が車内に立ち込める。
田舎の実家。もう一生帰るつもりのなかった故郷。
寂れた何も無い、希望のないあの場所へもう着いてしまう。見覚えのある道と昔遊んだ家の近くの神社が教えてくれる。
「……ねぇ、あの神社によっていい?気分転換にお参りしたいの。」
「うん、休憩に丁度いいし行くか……」
2人で鳥居を潜り少し急な階段を上がる。===
最後の階段を登りきり、ふと振り返る。
眼前に広がる田園と鈍く銀色に輝く鉄塔。
さぁーーっと、田園を駆け抜けた青い風が汗ばんだ肌を撫でる。
「うーーーん、風が気持ちいい。
ちょっとだけ来てよかったなって思ったよ。」
「なんか、いい顔になったな。きっと神様が憑き物を取ってくれたんだろ。」
彼の言うとおり、ずっと心が軽くなった気がする。
ここには、暗く黒い記憶と封印していた遠い過去しかない。
「……本当にね、来たくなかった。あんな知らせがなかったらもう一生来る気もなかった。でも、これは私なりのケジメだし……あの時から変わらない私が踏み出す為に必要だと思えたから。連れてきてくれてありがとう。
さ、ちゃっちゃと用事済ませて、帰ろ。」
何も無い田舎道を走る軽トラ。
開け放った窓から流れ込む青い風 。
青々と光り輝く信号機は、これからの事を暗示するかのように、私達の行く手を阻むことは無い。
過去にもここにも私の居場所は無い。
未来も私の居場所は、きっと彼と共にある。
9/5/2025, 2:35:40 PM