─はじめまして─
『…えっと…?』
突然の出来事だった。目覚めたのは病室。
日の当たる窓際のベッドで、
いつも通り同じ感じで目覚めたつもりだった。
俺を見た看護師さんが慌てて出ていって、医者が来て説明された。
どうやら事故にあったらしい。
脳に強い衝撃を受けたせいで、記憶に障害があるのだと。
数日間眠り続けていたらしく、窓のそとに咲く桃色が、
いつのまにか春が訪れていたことを知った。
桜の咲く瞬間が見られなかったことが少し残念だ。
風で靡く桃色に、見惚れていたのかぼーっとしていると、
病室の扉が音を立てて開いた。そこには素敵な女性。
「っ…!!」
その美しい女性は俺を見て、悔しそうな、嬉しそうな顔をして涙を目に溜めていた。
『…はじめまして?』
その女性の大きく開いた瞳から、綺麗な雫が一粒溢れた。
息を吸い込んだその女性は、決心したように目を合わせて言った。
「…はじめまして!」
─たくさんの想い出─
えー、今日は少し身の上話でもしましょうかねぇ。
実は私、死ぬ前は嫁さん…まぁ、伴侶が居たんですよ。
あはは、こんな私でも伴侶が出来るなんて、世も末ってものですよねぇ。
…おっと、話がずれてましたね。
で…えーと?あぁ、そうです。私の嫁さんの話でしたね。
私の嫁さんですね、これはまぁ立派な顔立ちでして。
私には勿体無いくらいの美人さんだったんですよ。
二人で山の麓に住んでましてね、そこにはたくさんの想い出が詰まってるんですよ。
一番はまぁ、山の桜でしょうかね。
春になれば二人で歩いてね、
上も下も桃色に染まった世界で…嫁さんがより美人に見えましたよ。
死んでしまった今じゃあもう見れないですけどね、それが私の幸せだったんです。
…ん?心残り、ですか?いやぁ、特に思い付くものはないですがねぇ…。
…唯一あるとしたら、嫁さん残してこっちに来てしまったことが、一番の心残りですかね。
あんな美人さんもらっておいて、
置いて先に逝ってしまうなんて…最低と罵られても、言い返せませんね。
私のことを忘れて、他の人と幸せになってと言ったものの…そこだけは頑固でね。
別れ際、ずっと忘れないから、なんて…私よりも格好いいことを言ってましたよ。
そんな嫁さんが…今でも、忘れられない程愛しいのです。
─夜明け前─
スマホの画面には君の名前とLINEアイコン。
…嗚呼、また夜を更かしてしまったのか。
もう何回目かわからない通話。
夜明け前の、淡い青空になるくらいまで通話することもしばしば。
なんでこんなに電話するようになったんだっけ。
…あ、そうそう。君が控えめな僕に何故か話しかけてくれて。
アニメの話とかで盛り上がって、LINEも交換して。
通話を通していくうちに、なんでも話せる仲になって。
君も、僕のことを心から信用できるやつだって言ってくれて。
でも…たまに。本当にたまに、君を殺してしまいたくなる。
いつか君が…僕のことを裏切って、嗤う日が来てしまうんじゃないかって。
今までの思い出が、すべて演技だと突きつけられるんじゃないかって。
そんな日がいつかくるのかと、話す度に怖くなって。
だからそんな日がくる前に、君を殺してしまいたい。
…きっと僕を信用してるのは本心なんだろう。
けど疑ってしまう。怖くなってしまう。
そんな僕を、君は友達と呼べるかい?
─1件のLINE─
相棒と、喧嘩した。
その相棒ってのは一緒にシェアハウスしている、俺の中で一番仲の良い奴だった。
喧嘩のきっかけは些細なことだったと思う。
そこで謝ればいかったものの、ムカついてたせいか昔のミスを指摘したんだ。
そこから段々エスカレートしてって、今までで一番大きな喧嘩になった。
自分でも、過去の話を持ち出すなんてださいって分かってた。
でも、疲れが溜まってたんだと思う。俺も、あいつも。
それから3日間、相棒は帰ってこなかった。
流石に心配になって、ずっと無視していたLINEを見た。
そこには「3日前:世界一の相棒!からの1件の通知」と示されていた。
嗚呼…たしかふざけてこんな名前にしたんだっけ。
そんなことを考えながら、その1件のLINEを見る。
そこには「○○病院 305号室」とだけ残されていた。
俺は嫌な予感がして、急いでその病院へ向かった。
一瞬、なにかの悪戯なんかじゃないかと思った。
305号室。3月5日と捉えると、俺の誕生日だった。
だから、やり返すためのドッキリだと、何処かで信じていた。
しかし現実は残酷で、そんな理想は呆気なく壊された。
病室にはベッドに横たわって、管がたくさんついた相棒の姿。
見ているだけで痛々しい相棒の姿を見て、俺は後悔した。
なにも出来ずに突っ立っていると、医師らしき人が入ってきて、
一瞬驚いた様子をしながら、別室に案内された。
相棒は、3日前。つまり、喧嘩した日に、事故にあったと。
なんでも、手にはコンビニの袋を持っていたからコンビニ帰りらしい。
「その袋を一応」と渡されたが、その中には俺と相棒が好きなアイスが1本ずつ入っていた。
同じ袋には手紙も入っていて、「ごめんな 世界一の相棒へ」と書いてあった。
─日常─
朝、雨音で目覚めた。
枕元の時計は6:00を示している。
嗚呼、そうだ。昨日は寝落ちしたんだっけ。
窓を開けっ放しにして、ベッドの上で本を読んでいたんだ。
回りを見渡すと床に落ちた数冊の本。
窓も開いているため、雨の音がしっかりと聞こえてくる。
そういえば、もうここも梅雨入りしたんだっけ。
窓の外から聞こえる、雨がトタン屋根に落ちる音、
蛙の鳴き声、木々のざわめき、車の過ぎてく音、跳ねる水溜まりの音。
早く窓を閉めないと、雨が入ってきちゃうな。
もっとこの音に耳を傾けていたいけど、これからこの音が日常になるのだから。
窓を閉めるくらい、惜しくないことだ。
さぁ、目を開けて、朝食を食べようか。